貴方といると、お茶が不味い

わらびもち

文字の大きさ
上 下
16 / 49

こんなものは燃やしてしまいましょう

しおりを挟む
「お嬢様……先触れのないお客様から取次が……」

 ある晴れた日の朝、当家の執事が苦虫をかみ潰したような顔でそう告げてきた。

「あら? どちら様なの?」

「それが……お嬢様の婚約者のロバス公爵子息でして……」

「まあ……! 今更何なのかしら? 不愉快だから取り次がないでちょうだい」

 先日王家より正式に婚約が破棄されたとの報せが届いた。
 クリスフォード様の用件もそれ関連であろうことは分かっている。

 だが最早赤の他人。こちらから話すことなど何もない。

 やっと切れた縁に清々し、晴れやかな気持ちで一日を迎えたというのにこれでは台無しだ。

「女々しい男ですね。婚約が破棄された途端縋り付いてくるなんて!」

 クリスフォード様が追い返された後、サリーはわざわざ門前に塩を撒いてきたようだ。
 左腕に塩壺を抱え、もう片方には手紙の載ったトレイを持っている。

「サリー、その手紙は何?」

「あの女々しい男からの手紙です……。お嬢様に会えぬのならせめて手紙を、と門番に無理矢理渡してきたようですよ? どうします? 燃やします?」

「うーん……そうね。一応中身は読んでみるわ。内容によっては燃やすかもしれないけど……」

 ここしばらく彼からの手紙は全てスピナー公爵令嬢について書かれたものばかりだった。
 私の誕生日ですら無関係の令嬢のことばかり書いてきた彼にはうんざりしたものだ。

 この手紙には何と書かれているのか……。
 恐る恐る私は中身を読み始めた。

「へえ……クリスフォード、いえロバス子息が嫡男の座から外れるようよ? それで彼の代わりに妹君が跡継ぎとなるみたい」

「ああ確か……隣国の難しい入試に合格した妹君ですよね?」

「そうそう、その聡明な方。……あら、手紙の続きにはその妹君を悪し様に罵る内容が延々と書かれているわ」

 便箋数枚に及ぶほどの妹への誹謗中傷。
 まあよくもここまでの悪口を並べ立てられるものだ。彼女のことを紹介すらされていない私に。

「会ったこともない元婚約者の妹への悪口を書かれても困りません? だからどうしてって感じですし」

「ええ、全く。きっと彼の中ではわたくしが『まあ! 妹君はなんて酷い女なの!? そんな女よりもクリスフォード様の方が次期当主に相応しいわ!』と訴えてくれると信じているのでしょうね……」

「あの女々しい男はお嬢様をそんなウザッたい女だと思ってるんですか!? あの阿婆擦れ公爵令嬢のことと間違えてません?」

「ああ……確かにスピナー公爵令嬢ならそう言いそうね? ロバス子息の中でのわたくしは、彼女と同じなのでしょう……。だって、彼はわたくしのことを何も知らないもの」

 婚約期間中に彼が最も親しく過ごした相手は私でなくスピナー公爵令嬢だろう。
 だからだろうか、この手紙には彼女と私を同一視するような文言が見受けられる。

「『また一緒に君の好きな薔薇を見よう』や『君が好きなチョコレートを毎日手土産に持っていくよ』とあるのだけど、わたくしどちらもそこまで好きじゃないわ。それを好んでいたのはスピナー公爵令嬢よ」

「うわっ、キモッ……。アイリスが言ったようにやっばい男ですね!? お嬢様がそんな不良物件と縁が切れてほんとうによかったです……!」

 こうして私の気持ちに寄り添ってくれるサリーが傍にいてくれるから、この呪いのような手紙も笑い飛ばせる。

 そうでなければ人知れず涙を流していたかもしれない。あまりにも自分が惨めで……。

 恋い慕うことはなかったが寄り添う努力は重ねてきた。
 公爵夫人に相応しい淑女となれるよう常より厳しい教育にも耐えてきたのに、その結果がこれではあまりにも惨めではないか。

 よりにもよって婚約を壊した女性と同一視されていたなんて……。

「サリー、読み終わったからもうこの手紙燃やしちゃいましょう。ついでに今まで彼から貰った手紙も全て処分するわ」

 この惨めな気持ちも悔しさも、手紙と共に火にくべてしまおう。

 自分以外の女性を褒め称えた手紙も全て。

 私にはもう必要のないものだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】愛することはないと告げられ、最悪の新婚生活が始まりました

紫崎 藍華
恋愛
結婚式で誓われた愛は嘘だった。 初夜を迎える前に夫は別の女性の事が好きだと打ち明けた。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

処理中です...