貴方といると、お茶が不味い

わらびもち

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スピナー公爵の後悔

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 こうしてレブンス商会より正式に取引中止を通告された三家だが、それぞれの当主達にとってそれはまさしく寝耳に水の出来事だった。

 商会より送られた書状によると、スピナー公爵令嬢がレブンス商会長夫人に意味不明な暴言を浴びせ、ロバス公爵子息と宰相の子息がそれに加担したという。

 全く意味が分からない書状は勿論のこと、レブンス商会から取引を中止されるという事態に各家の当主は全身から血の気が引いた。かの商会から見放されては、如何に高位貴族といえども終わりなのだから。



「何だこの書状は!? おい、誰か! カサンドラを呼べ! 今すぐだ!」

 スピナー公爵家では書状を読み終えた当主の怒号が邸内に響いた。
 それを聞き慌てた様子の執事が急いでカサンドラを呼びに向かう。

「もう、何ですのお父様、こんな朝早くから……。わたくしまだ朝食もとっていないんですのよ?」

 のんびりした様子の娘に当主は激高した。
 書状によれば原因となったのはこの娘なはずなのに、この態度は何なのかと。

「そんな場合か! いったいこれはどういうことだ、カサンドラ!?」

 寝惚け眼をこすり、のんびりやって来た娘に公爵はレブンス商会からの手紙を投げつけた。
 それをその場にいた使用人が拾い、彼女の前に広げる。

「レブンス商会からの取引中止? うそ……ネイサンったらヒロインに騙されてここまでするの……!?」

「嘘だと言いたいのはこっちの方だ! お前、この商会長の奥方に意味不明な暴言を浴びせたとはどういうことだ? いったい何を言った!?」

「何って……彼女がとんでもない悪女でネイサンは騙されていると言ったんです」

「奥方が悪女だと!? どういうことだ? 商会長の奥方が悪女なんて噂は聞いたことないぞ?」

「いいえ、お父様! 彼女は王太子殿下や高位貴族の令息を誑かすとんでもない悪女なのです! ネイサンだってその被害者の一人なのよ! わたくしをそれを忠告してあげただけなのに……こんなことするなんて酷いわ!」

「奥方が王太子殿下や高位貴族の令息を誑かす……? 商人の妻がどうやって殿下や高位貴族の令息と知り合えるというんだ? それにそんな話があるなら儂の耳に入らないはずがない。お前はいったいどこでその情報を得たというんだ?」

「それは…………えっと、その、前世の記憶で……」

「は? 前世だと……? 何を言っているんだ?」

「あ、いえ……その、そうじゃなくて……。そうそう、夢よ! 夢のお告げがあったのよ! ヒロインであるアイリスが国の重鎮の子息を誑かすって! だからわたくしは……」

 顔を上げたカサンドラはそのまま口を噤んだ。
 何故なら彼女の父親が、ひどく蔑んだ目でこちらを見ていたから。

 それは道端に落ちている生ゴミに向けるような嫌悪に満ちた視線。

 溺愛されて育った彼女が父親からそのような目を向けられたことは一度もない。

「お、お父様……。ほんとなの……信じて……」

「……儂はお前を甘やかすべきではなかったな。そして王太子殿下の婚約者にお前を推すべきではなかった。王家からもミンティ侯爵家からも抗議された時点でもっとお前を叱るべきだった……」
 
 失望した、と言わんばかりの父親の態度にカサンドラはその場で固まった。
 自分は正しいことをしているはずなのに、どうしてそんな態度をとられなければならないのか分からない。

「お前がいったい何をしたいかが分からない……。王太子殿下の婚約者に選ばれるという名誉を受けておいて、その殿下の信頼を裏切るような真似ばかり……。おまけにミンティ侯爵令嬢の婚約者に擦り寄って婚約を壊し、レブンス商会長の奥方に暴言まで吐くとは……。もういい、お前はしばらく部屋から出るな」

 娘を完全に見限ったスピナー公爵は、彼女を邸内にある貴族牢へと収監した。
 そこは一見普通の部屋のように見えるが、窓は無く部屋の外側から鍵がかけられる仕様となっている。

「お父様! ここから出して!」

「うるさい! お前のような問題ばかり起こすふしだらな女など、もはや儂の娘ではないわ! 処分が決まるまで大人しくしとれ!」

「処分ですって!? わたくしをどうするつもりなの! お父様? お父様ってば!!」

 力の限りに扉を叩くカサンドラだが、それに応える者は誰もいない。
 固く鈍い音と彼女の叫ぶ声だけが虚しく廊下を鳴り響いた。
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