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正気の沙汰じゃない
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「は? 既婚者? ヒロインが……嘘……」
「あの、前にも私のことをそう呼びましたよね? 何なんですかその“ヒロイン”というのは。意味が分からないんですけど?」
「分からないですって!? 嘘仰い! 貴女も記憶があるんでしょう? 自分がヒロインで、攻略対象全員と恋に落ちると知っているはずよ!」
「は? 記憶……? いったい何のことですか? それに”攻略対象”とは誰のことです? 意味分かりませんが、私は夫一筋です。それ以外の方と恋に落ちるなんてこれっぽっちも望んでいませんから!」
きっぱりとアイリスが言い切ると、スピナー公爵令嬢は青白い顔で俯いて「うそよ……ヒロインが結婚しているなんて……」とぶつぶつ呟いていた。
先ほどから“ヒロイン”だの“記憶”だの”攻略対象”だの……彼女はいったい何を言っているのだろう?
意味が分からない。
クリスフォード様も宰相の子息もそんなスピナー公爵令嬢の異様な様に若干引いている。
彼等はこんな頭の可笑しな女性の何が良かったんだろうか……。
「とにかくもうお帰りください! あなた方皆、二度とこの店には来ないで!」
「何だと! 平民風情が生意気な……!」
アイリスの言葉に激高したクリスフォード様が警備員の手を振り払い、彼女に掴みかかろうとする。
だが寸前でその間に割って入った人物が、彼の体をいとも簡単に床に転がした。
「僕の妻に何する気ですか? いくら貴族といえども横暴が過ぎますよ!」
「あなたっ! 来てくれたのね!」
クリスフォード様をなぎ倒し、アイリスを背に庇ったのは彼女の夫だった。
国一番の商会、レブンス商会の長である彼は愛して止まない妻を心配して駆け付けたのだろう。
何にせよ彼女が害されずに済んでよかったとホッとしたのも束の間、再び訳の分からない言葉を吐いたスピナー公爵令嬢によって場が乱される。
「貴方は大商人の息子、ネイサン……! すでにヒロインに篭絡されていたのね!? なんてことっ!」
「は? なんで僕の名を知ってるんです? それに“ヒロイン”というのは何なのですか?」
アイリスの夫、ネイサンは妻を侮辱されたことに憤り、地を這うような低い声でスピナー公爵令嬢に問いかける。
圧力が凄いその声に情けなくも宰相子息は顔面蒼白となるが、スピナー公爵令嬢は臆すことなく答えた。
「貴方は自分よりも出来のいい弟に嫉妬し、腐っていたところをヒロインに慰められて絆されたんでしょう? でも、そんなの口先だけのまやかしよ! 騙されないで!」
「はあ……? 弟? うちの弟はまだ10歳ですけど、僕はそんな幼子に嫉妬するんですか? ……有り得ないでしょう。馬鹿馬鹿しい……」
「え……? 弟が10歳? そんな……ゲームではそんなのどこにも書かれてなかったし……」
また俯いてぶつぶつ言いだすスピナー公爵令嬢に私やサリー、そしてアイリス夫妻は異様な者を見るような目を向けた。
彼女は気が触れているのか。そう思わない方がおかしいほどに、彼女の言動は理解の範疇を超えている。
ヒロイン? ゲーム?
何なのだろうそれは。
改めて思うがカサンドラ・スピナーという人物の言動は正気の沙汰ではない。
「……これ以上狂人を相手にしていると頭がおかしくなりそうだ。もういい、出て行ってくれ」
「なっ!? 貴様! 平民の分際で公爵家に盾突くつもりか!」
「公爵家? あなた方は貴族なのか? なら、今日を限りに我がレブンス商会は貴方がたの家と取引を一切中止する。愛する妻に全く根拠のない言いがかりをつけるような連中の家とは付き合いたくないのでね!」
「はあ!? そんなこと出来るわけがないだろう! たかが商会風情が高位貴族と取引を無くすだと? どうかしている!」
「どうかしているのはあなた達の方ですよ。大勢で押しかけて意味の分からない暴言を妻に吐くなんてどうかしてます。それにたかが商会風情と言いますが……今のご時世にそんな台詞を言う方がまだいるなんて驚きだ」
「なっ……! どういう意味だ!」
クリスフォード様は訳が分からないという顔をしているが、それは私も同じ。
国内の流通の大部分を占めているレブンス商会を、たかが商会風情と侮辱するその神経に。
「分からないならそれで結構。妻を侮辱するような連中に懇切丁寧に説明してやる義理などないのでね。……おい、お客様がお帰りだ」
ネイサンが警備兵に向かってそう告げると、彼等は問答無用でクリスフォード様達を外に押し出す。
ギャアギャアと何かを喚いていた彼等だが、周囲の通行人からの訝し気な視線を恥じ、逃げるように馬車に乗って去っていった。
「あの、前にも私のことをそう呼びましたよね? 何なんですかその“ヒロイン”というのは。意味が分からないんですけど?」
「分からないですって!? 嘘仰い! 貴女も記憶があるんでしょう? 自分がヒロインで、攻略対象全員と恋に落ちると知っているはずよ!」
「は? 記憶……? いったい何のことですか? それに”攻略対象”とは誰のことです? 意味分かりませんが、私は夫一筋です。それ以外の方と恋に落ちるなんてこれっぽっちも望んでいませんから!」
きっぱりとアイリスが言い切ると、スピナー公爵令嬢は青白い顔で俯いて「うそよ……ヒロインが結婚しているなんて……」とぶつぶつ呟いていた。
先ほどから“ヒロイン”だの“記憶”だの”攻略対象”だの……彼女はいったい何を言っているのだろう?
意味が分からない。
クリスフォード様も宰相の子息もそんなスピナー公爵令嬢の異様な様に若干引いている。
彼等はこんな頭の可笑しな女性の何が良かったんだろうか……。
「とにかくもうお帰りください! あなた方皆、二度とこの店には来ないで!」
「何だと! 平民風情が生意気な……!」
アイリスの言葉に激高したクリスフォード様が警備員の手を振り払い、彼女に掴みかかろうとする。
だが寸前でその間に割って入った人物が、彼の体をいとも簡単に床に転がした。
「僕の妻に何する気ですか? いくら貴族といえども横暴が過ぎますよ!」
「あなたっ! 来てくれたのね!」
クリスフォード様をなぎ倒し、アイリスを背に庇ったのは彼女の夫だった。
国一番の商会、レブンス商会の長である彼は愛して止まない妻を心配して駆け付けたのだろう。
何にせよ彼女が害されずに済んでよかったとホッとしたのも束の間、再び訳の分からない言葉を吐いたスピナー公爵令嬢によって場が乱される。
「貴方は大商人の息子、ネイサン……! すでにヒロインに篭絡されていたのね!? なんてことっ!」
「は? なんで僕の名を知ってるんです? それに“ヒロイン”というのは何なのですか?」
アイリスの夫、ネイサンは妻を侮辱されたことに憤り、地を這うような低い声でスピナー公爵令嬢に問いかける。
圧力が凄いその声に情けなくも宰相子息は顔面蒼白となるが、スピナー公爵令嬢は臆すことなく答えた。
「貴方は自分よりも出来のいい弟に嫉妬し、腐っていたところをヒロインに慰められて絆されたんでしょう? でも、そんなの口先だけのまやかしよ! 騙されないで!」
「はあ……? 弟? うちの弟はまだ10歳ですけど、僕はそんな幼子に嫉妬するんですか? ……有り得ないでしょう。馬鹿馬鹿しい……」
「え……? 弟が10歳? そんな……ゲームではそんなのどこにも書かれてなかったし……」
また俯いてぶつぶつ言いだすスピナー公爵令嬢に私やサリー、そしてアイリス夫妻は異様な者を見るような目を向けた。
彼女は気が触れているのか。そう思わない方がおかしいほどに、彼女の言動は理解の範疇を超えている。
ヒロイン? ゲーム?
何なのだろうそれは。
改めて思うがカサンドラ・スピナーという人物の言動は正気の沙汰ではない。
「……これ以上狂人を相手にしていると頭がおかしくなりそうだ。もういい、出て行ってくれ」
「なっ!? 貴様! 平民の分際で公爵家に盾突くつもりか!」
「公爵家? あなた方は貴族なのか? なら、今日を限りに我がレブンス商会は貴方がたの家と取引を一切中止する。愛する妻に全く根拠のない言いがかりをつけるような連中の家とは付き合いたくないのでね!」
「はあ!? そんなこと出来るわけがないだろう! たかが商会風情が高位貴族と取引を無くすだと? どうかしている!」
「どうかしているのはあなた達の方ですよ。大勢で押しかけて意味の分からない暴言を妻に吐くなんてどうかしてます。それにたかが商会風情と言いますが……今のご時世にそんな台詞を言う方がまだいるなんて驚きだ」
「なっ……! どういう意味だ!」
クリスフォード様は訳が分からないという顔をしているが、それは私も同じ。
国内の流通の大部分を占めているレブンス商会を、たかが商会風情と侮辱するその神経に。
「分からないならそれで結構。妻を侮辱するような連中に懇切丁寧に説明してやる義理などないのでね。……おい、お客様がお帰りだ」
ネイサンが警備兵に向かってそう告げると、彼等は問答無用でクリスフォード様達を外に押し出す。
ギャアギャアと何かを喚いていた彼等だが、周囲の通行人からの訝し気な視線を恥じ、逃げるように馬車に乗って去っていった。
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