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横槍

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「陛下に今回の件を報告し、レオナとクリスフォード君との婚約解消まであと一歩というところで横槍が入った」

 王城から帰った父はひどく憔悴していた。
 それはまるであと一歩というところで敵将を逃がしてしまった将軍のような顔をしている。

「お父様、横槍とはいったい何が?」

「ロバス公爵だよ。よほどこの婚約を解消されたくないのか、陛下の御前で床に額ずいてまで継続を願ったんだ」

「え!? 公爵閣下は隣国にいるのでは?」

「家令から報せを受けて飛んで帰ってきたのだろう。陛下の御前だというのに草臥れた姿をしておった。……せっかく婚約解消でまとまりかけたのに、余計なことを。それにスピナー公爵からも謝罪されてしまった……」

「まあ! スピナー公爵閣下まで王城に?」

「ああ、ご令嬢の愚行を詫びられたよ。陛下の御前で国の重鎮である二公爵から謝罪され、受けぬというわけにはいかないからな。両者とも自分の子供すら躾けられないくせに謝罪で済まそうなどと……全く忌々しい」

「スピナー公爵閣下がご息女の婚約を解消したくないというのは分かりますが、何故ロバス公爵閣下まで? いくら国益の為の婚約とはいえそこまでしますか?」

「この婚約が解消されれば困るのはロバス公爵だからな。陛下は婚約を破棄するならロバス家の有責だ、と仰った。そうなると損害は全てロバス家が支払うこととなる。そうなればあちらの家は間違いなく傾くだろうからな……」

 私達の婚約は国の事業が絡む。
 両家で国の事業を受注し、互いに資金と技術を提供し合い進めるという契約になっている。

 だがこの比重は我がミンティ家の方が多く、その差を埋めるために私がロバス家に嫁ぐこととなった。

 なので暗黙の了解でロバス家は私を大切に扱うということが前提となっている。
 陛下も直々に両家関係者全員の前で「ミンティ侯爵令嬢を大切にせよ」とロバス公爵に告げた。その場にはもちろんクリスフォード様もいたはず。覚えているかどうかは不明だが。

「ああ、なるほど。ロバス家は私を蔑ろにしているので有責側ですね。公爵夫妻は大切にしてくれましたけど、クリスフォード様があれでは何の意味もありませんから。しかしそうなると……わたくしの婚約はこのまま継続するのですね……」

 目の前で別の女性を優先する男と結婚し、子まで産まねばならない。
 それが貴族の義務だと分かっているが、どうしてあちらは何の我慢もしないのに、こちらだけが我慢せねばならないのか。それが納得いかない。

「いや、流石にそんな理不尽を承諾なぞしない。誓約は交わしてきた」

「誓約? それはどういう?」

「婚約者が目の前で別の女と乳繰り合うことを我慢する義理はない、と陛下の御前でロバス公爵に告げたら、それを聞いた陛下も『それはそうだな』と同意してくだった。そして『今後、ロバス子息がスピナー公爵令嬢と逢瀬を二度交わしたら婚約は破棄するものとする』という誓約を陛下立ち合いのもと交わさせてもらったよ。もちろんスピナー公爵もだ。陛下との間に似たような文言の誓約を交わしておった」

「まあ! 流石はお父様! ……あら、ですがどうして“二度”なのですか?」

 二度、ということは一度は許すということ。
 すでに何度も逢瀬を繰り返しているのだし、一度たりとも許してはいけないのでは?

「それは私も指摘したのだがな、情けないことに両公爵は『間違って行ってしまうこともあるかもしれない』と……」

「子供じゃないんですから、もう間違うことすら許されないのでは……?」

「ああ、私もそう思ったさ。陛下など塵を見るような目を二人に向けておったからな。だが両公爵に泣いて頭を下げられては無下にもできない」

「え? 泣いていたんですか?」

 いい大人が。しかも公爵家の当主が人前で泣くなんて……。

「泣いてる暇があるなら自分の子供くらいきちんと教育しろ、と言いたかったがな。まあこれで後腐れなく婚約を破棄できるならそれでいい。賠償もロバス家が支払ってくれるからな」

「あら、お父様はクリスフォード様が誓約を破るとお思いで?」

「破るだろう。あれは自分の考えが一番正しいと思っているような男だ。親である公爵だって甘いし、歯止めになる者がいない」

「まあ……王命ですのに?」

「貴族が皆、王命を遵守するわけではないということが今回の件でよく分かったよ。そんな奴に娘を嫁がせずに済みそうでよかった。……レオナ、辛い想いをさせて本当に済まなかったな」

「いえ、お父様のせいではありませんわ。あんな方がいるとは想像もしていませんでしたし……」

 初めの頃はあんな非常識なことをしてくるような人だとは少しも思っていなかった。
 それとも私が気付かなかっただけだろうか。

 それに紹介されなかった妹君のことも気になる。
 まるでわざと妹という存在を隠していたかのような……。

 気にはなったが、もう尋ねる機会はないだろう。
 そう思っていた。この時までは―――。
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