貴方といると、お茶が不味い

わらびもち

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王家に報告を

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「何だと? 茶会の席にスピナー公爵令嬢が?」

「婚約者の交流に割って入るようなはしたない真似を二度もするなんて……! あちらの家ではご息女にどういう教育を施しているのかしら!? いえ、それはロバス家も同じね。旦那様、今一度あちらに抗議を。あまりにもレオナと当家を馬鹿にしておりますわ……!」

「……そうだな。いくら国益の為の婚約とはいえここまで蔑ろにされて黙ってはおれん」

 邸に戻ると私はすぐに両親に今日のことを話した。

 一度こちらが抗議したことをまた繰り返すだなんて、余りにも私と我が家を馬鹿にしている。

 クリスフォード様は政略結婚の意味をちっとも理解していない。
 私達が互いをどのように扱うかは、互いの家をどのように見ているかに繋がるのに。

 彼が私を蔑ろにすればするほど、ロバス家はミンティ家を馬鹿にしていると捉えられる。度を超すような行為はそのまま家門同士の亀裂に繋がると、何故分からないのだろう。

 
 二度目になるロバス家への抗議の手紙を出し、数日経った頃に何故か公爵夫妻ではなく邸の家令が当家へとやってきた。

「この度は当家の若様がお嬢様にとんだ無礼を……」

 青褪めた顔の家令が頭を下げ謝罪の言葉を述べるも、父はそれを片手で制した。

「貴殿に謝罪してもらっても意味がない。ご当主はどうしたのだ?」

「それが……旦那様は数日前から隣国に滞在しておりまして……」

「は? 隣国に? ……夫人もか?」

「はい、奥様もご一緒に……。お嬢様の入学を祝うためです」

 家令の話によると、クリスフォード様の妹君が隣国の難関ともいえる学園の入学試験に合格し、夫妻はそれを祝うためにそちらに滞在しているとのこと。

「クリスフォード様に妹君がいらっしゃったなんて……初耳だわ」

 顔合わせでも、邸に招かれた際にも妹と思しき令嬢を見たことがない。
 もちろん彼からもその話は聞いたことはない。まあ会話もろくに交わせていないのだが。

「お嬢様は幼い頃より隣国の親戚の家で暮らしておりますので……。その、少々事情がありまして……」

 その事情とやらは話しにくいことなのだろう。
 彼の顔色が先ほどよりも悪く見える。
 
 気にはなるが、婚姻前に他家の事情に首を突っ込むのもよろしくない。
 父もそのことには触れず、話を進めた。

「夫妻が隣国に行っていることは分かった。……もしかしてそれでか? クリスフォード君がスピナー公爵令嬢を邸に連れてきたのは……」

「は、はい……仰る通りです。旦那様は出発前に、若様に『レオナ嬢との外出にスピナー公爵令嬢を連れていくことは許さん』ときつく厳命したのですが……何を血迷われたのか、邸に連れてくるなどという暴挙に出まして……。ご両親が不在となり羽目を外したとしか思えません。わたくし共もこのような無礼な行動は如何なものかと思うのですが……なにぶん相手は筆頭公爵家の令嬢、しかも王太子殿下の婚約者。使用人でしかないわたくし共が阻止する行動わけにもいかず……」

 家令の言い分は正しい。ましてや家人が招いた客なら尚更拒否することは不可能だ。
 クリスフォード様もそれが分かっているからこそ、当主夫妻がいない時を狙ってスピナー公爵令嬢を邸に招いたのだろう。

 だが、どうしてわざわざ私が来る日に合わせるのだろう?

 何も別の日に会えば誰の目にも晒されないで済むのに。
 いちいち私の目に晒し、私を不快にさせる意味が分からない。

「クリスフォード様はいったい何がしたいのでしょう? 何故、わざわざ私が来る日にスピナー公爵令嬢を招待するのか……意味が分かりません」

「ああ、全く。わざわざレオナにスピナー公爵令嬢を会わせる意味がない。何がしたいんだ彼は……」

 クリスフォード様の行動もそうだが、スピナー公爵令嬢の行動も意味不明だ。
 二人がいったい私に何を求めて、どうしたいのか分からない。

 とにかく当主夫妻にはご子息の奇行を知らせるようにしてくれ、と父がロバス家の家令に告げる。
 家令は何度も頭を下げ、必ず伝えると約束し、帰っていった。

「ここまで奇怪な行動をとられると、何だか怒りよりも気味の悪さが勝るわね……。旦那様、当主夫妻が戻るまでレオナはあちらに伺わなくてもいいんじゃなくて? わざわざ嫌な思いをしに行く義理はないでしょう?」

「それもそうだな。しかし……こうなってくるともう、当主夫妻が戻るまでという問題でもない。もうあちらとは早々に縁を切った方がよいかもしれんな……」

 父の発言に私と母はひどく驚いた。
 婚約を破棄すると言うならまだ分かる。だがまさか縁を切るとまでいくとは思ってもみなかったからだ。

「ですがお父様、わたくし達の婚約は国益の為ですよ?」

「ああ、だが今のままでは益どころか害にしかならない。クリスフォード君はスピナー公爵令嬢を邸に招く程の仲で、しかもレオナが帰ったあと二人きりで過ごしたことになる。これは世間的には不貞と見做される行為だ。王太子殿下の婚約者と不貞を働く彼を黙認していたとなればこちらも罪を問われかねない。最悪の場合、王家への反逆行為と疑われ一族皆処罰を受ける事態になることも考えられる」

 王家への反逆行為、と聞いて私は思わず喉がヒュッと鳴った。

 確かに、王太子殿下の婚約者とは国王陛下が王命で定めた存在。
 今のクリスフォード様の行いはその王命に横槍を入れるような行為だ。
 不敬を通り越してもはや反逆と言ってもいい。
 
 そこまで考えが至らなかったこと自分が未熟で恥ずかしい。
 言っても無駄と諦めるのではなく、きちんとクリスフォード様を諫めるべきだった。

「……わたくし、クリスフォード様を諫めるべきでしたのに、それをせずに放置してしまいましたわ。なんて情けない……」

「いいえ、レオナがそんなことを気に病む必要なくってよ。あちらは貴女より年齢も身分も上、諫めるよりも自分で気づかなくてどうするの。それにどうもプライドが高そうだから、貴女が諫めたところで聞く耳なんて持たないわよ」

 母がそう言って私を慰める。
 それを聞いて父も私の頭に大きな手の平を乗せた。

「そうだぞレオナ。王太子殿下の婚約者と必要以上に親睦を深めている、という非常識さを自覚していないクリスフォード君に問題がある。それにお前はこうやってきちんと私達に報告してくれるから助かるぞ。自分一人が耐えればよいと我慢されてはこちらも後手に回ってしまいかねないからな」

「ええ、本当に。当家が反逆罪の疑いをかけられては王妃殿下にも類が及んでしまいます。そうなればご子息である王太子殿下の地位も危ぶまれかねません」

 王太子殿下の地位までも!?

 よかった。逐一報告しておいて……。
 王妃殿下は勿論のこと、あの方にまで類が及ぶなんてそちらの方が耐えられない。

「王家はこのことを御存知なのでしょうか……?」

「知らぬことはないと思うが、どうなのだろうな……。一度陛下とも相談すべきかもしれん。当家の婚約も王命だしな」

 そう言って父はすぐに使用人に王城へと先触れを出すよう命じる。

 話し合いによっては貴族間の権力が変わるな、と零す父は当主の顔をしていた。

 私を想う親の顔から、一族を統べる当主の顔へ。
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