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そういうところだぞ
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村長の家は他の住民の家に比べて大きく立派だ。
中も広く、部屋もいくつもあり使用人までいる。
ライアスは子供の頃、こんな広く大きな家に住みたいと願ったことを思い出した。
その願いが叶い、村長の家よりも広く立派な邸に住めたのに、自業自得で台無しになったことにまた落ち込んだ。
「奥の客間で話すか。着いてきてくれ」
村長に促され、ライアスは彼の後を着いていき、廊下の奥にある部屋へと向かう。
その部屋の中はそこそこ高価な調度品が置かれ、まるで貴族の邸にある客間のような造りとなっていた。
とても片田舎の村長の家に似つかわしくないほど品がいい。
部屋の真ん中にある大きなテーブルの上へ、使用人が料理や酒を並べる。
厚切りの肉を焼いたもの、新鮮な野菜をたっぷり盛り付けたサラダ、具沢山のスープ、何種類ものチーズ、それに焼きたてのパンに葡萄酒、果物まである。その豪勢な品揃えにライアスはゴクリと喉を鳴らした。
「豪華ですね……! こんな美味そうな料理、久しぶりに食べますよ」
「ああ、そういえばずっと入院してたんだものな? よし、退院祝いも兼ねてたっぷり食え!」
村長の心遣いに歓喜したライアスは存分にご馳走を味わった。
「どれもこれも美味いです! こんなの久しぶりに食べました!」
「そうかそうか、いっぱい食え。……それにしてもライアス、お前さすが元貴族だけあって食事の仕方が綺麗だな?」
「へ? あ、そうですか?」
「ああ、そういうのは元嫁さんにでも習ったのか?」
村長にそう言われ、ライアスは記憶を辿る。
「そう……ですね。結婚当初からマナーを叩きこまれましたよ。社交で会食はするのだから覚えなきゃダメだって……」
貴族としてのマナーは食事作法以外にも散々勉強させられた。
手紙の書き方、言葉遣い、エスコートの作法、それ以外にも沢山。
「……俺は勉強嫌いでね。どれもまともに身に着きませんでしたよ。食事作法だけは褒められましたけどね。ああ、それとシガーの吸い方も上手いと言われました。もう吸う機会もないですけどね……」
平民となったライアスに、葉巻なんて高級品はこの先買う機会が訪れそうにもない。
それは葉巻だけでなく、食事に関してもそうだ。
彼が今食べたご馳走はロザリンドと暮らしていた頃なら普通に食卓に並んでいたものばかり。
当たり前のように享受していた贅沢が、妻と共に自分のもとから離れてしまった。
そう考えると悲しくて仕方ない。
「葉巻なら持ってるぞ。よければ食後に吸うか?」
なんと村長は葉巻を所持しており、しかもそれをライアスに薦めてくれる。
気前のよさに一瞬喜んだライアスだが、ふと、田舎暮らしの村長がどうしてそんな高級品を持っているのかと疑問に思った。
「それはありがたいですね。ですが村長……どうして葉巻を持っているのですか? 結構高いはずですよ、それ」
「ん? ああ、領主様がお土産に下さったんだよ。でも俺は吸い方を知らなくてな。だからといってそれを領主様に聞くのも図々しいだろう? だから吸わせる代わりに俺にやり方教えてくれ」
そういうことなら、とライアスは快く承諾した。
*
「はあ……いい香りだ。葉巻なんて初めて吸ったが美味いものだな……」
ライアスに吸い方を教わった村長は煙をふかしてその豊かな香りを楽しんだ。
「しかしその……カッターだったか? その葉巻を切るためのそれ。随分と立派な物だが、それは自分で買ったのか?」
「シガーカッターですね。いや、これは妻からのプレゼントです。これだけでなく持ち運び用のケースや灰皿なんかも貰いましたね……。もう使わないと思ってましたが、また使えるとは……」
ロザリンドは生家の家紋入りのシガーカッターやケース、灰皿をライアスにプレゼントしていた。
道具にこだわるのも貴族の嗜みであると。
「ふーん、気前いいもんだ。そんな立派な物貰っちゃ、お前もお返しに何を贈ったらいいか迷っただろう?」
「え?」
ライアスは村長が言った“お返し”という意味が分からずキョトンとする。
すると村長は訝しげに彼を見た。
「ん? 嫁さんからプレゼント貰ったら、自分だってお返しに何か贈ろうと思うだろう? で、そんな立派な物貰ったら何をあげていいか困っちまうなって」
贈り物? そういえば自分は妻に何か贈ったことがあったろうかとライアスは焦った。
どれだけ思い返してみても、彼女に何かを贈った記憶がない。
「ライアス……? お前、まさか嫁さんに何も贈っていないのか?」
「えっ!? い、いや……その……妻は、何でも持っていたし、今更俺から買ってもらわなくても……」
「はあ? おいおいおい……それは違うだろう? 持っているならあげなくていいってどういう理屈だそれは? 俺の嫁さんなんて、一度誕生日プレゼント贈るの忘れたら数日口きいてくれなかったぞ!?」
誕生日プレゼント、という言葉にライアスはロザリンドの誕生日すら知らないことに今更気づいた。
村長は顔面蒼白となるライアスを一瞥し、全てを悟ったかのように呟いた。
「お前……不倫なんかしなくても、そのうち嫁さんから愛想尽かされていただろうな……」
中も広く、部屋もいくつもあり使用人までいる。
ライアスは子供の頃、こんな広く大きな家に住みたいと願ったことを思い出した。
その願いが叶い、村長の家よりも広く立派な邸に住めたのに、自業自得で台無しになったことにまた落ち込んだ。
「奥の客間で話すか。着いてきてくれ」
村長に促され、ライアスは彼の後を着いていき、廊下の奥にある部屋へと向かう。
その部屋の中はそこそこ高価な調度品が置かれ、まるで貴族の邸にある客間のような造りとなっていた。
とても片田舎の村長の家に似つかわしくないほど品がいい。
部屋の真ん中にある大きなテーブルの上へ、使用人が料理や酒を並べる。
厚切りの肉を焼いたもの、新鮮な野菜をたっぷり盛り付けたサラダ、具沢山のスープ、何種類ものチーズ、それに焼きたてのパンに葡萄酒、果物まである。その豪勢な品揃えにライアスはゴクリと喉を鳴らした。
「豪華ですね……! こんな美味そうな料理、久しぶりに食べますよ」
「ああ、そういえばずっと入院してたんだものな? よし、退院祝いも兼ねてたっぷり食え!」
村長の心遣いに歓喜したライアスは存分にご馳走を味わった。
「どれもこれも美味いです! こんなの久しぶりに食べました!」
「そうかそうか、いっぱい食え。……それにしてもライアス、お前さすが元貴族だけあって食事の仕方が綺麗だな?」
「へ? あ、そうですか?」
「ああ、そういうのは元嫁さんにでも習ったのか?」
村長にそう言われ、ライアスは記憶を辿る。
「そう……ですね。結婚当初からマナーを叩きこまれましたよ。社交で会食はするのだから覚えなきゃダメだって……」
貴族としてのマナーは食事作法以外にも散々勉強させられた。
手紙の書き方、言葉遣い、エスコートの作法、それ以外にも沢山。
「……俺は勉強嫌いでね。どれもまともに身に着きませんでしたよ。食事作法だけは褒められましたけどね。ああ、それとシガーの吸い方も上手いと言われました。もう吸う機会もないですけどね……」
平民となったライアスに、葉巻なんて高級品はこの先買う機会が訪れそうにもない。
それは葉巻だけでなく、食事に関してもそうだ。
彼が今食べたご馳走はロザリンドと暮らしていた頃なら普通に食卓に並んでいたものばかり。
当たり前のように享受していた贅沢が、妻と共に自分のもとから離れてしまった。
そう考えると悲しくて仕方ない。
「葉巻なら持ってるぞ。よければ食後に吸うか?」
なんと村長は葉巻を所持しており、しかもそれをライアスに薦めてくれる。
気前のよさに一瞬喜んだライアスだが、ふと、田舎暮らしの村長がどうしてそんな高級品を持っているのかと疑問に思った。
「それはありがたいですね。ですが村長……どうして葉巻を持っているのですか? 結構高いはずですよ、それ」
「ん? ああ、領主様がお土産に下さったんだよ。でも俺は吸い方を知らなくてな。だからといってそれを領主様に聞くのも図々しいだろう? だから吸わせる代わりに俺にやり方教えてくれ」
そういうことなら、とライアスは快く承諾した。
*
「はあ……いい香りだ。葉巻なんて初めて吸ったが美味いものだな……」
ライアスに吸い方を教わった村長は煙をふかしてその豊かな香りを楽しんだ。
「しかしその……カッターだったか? その葉巻を切るためのそれ。随分と立派な物だが、それは自分で買ったのか?」
「シガーカッターですね。いや、これは妻からのプレゼントです。これだけでなく持ち運び用のケースや灰皿なんかも貰いましたね……。もう使わないと思ってましたが、また使えるとは……」
ロザリンドは生家の家紋入りのシガーカッターやケース、灰皿をライアスにプレゼントしていた。
道具にこだわるのも貴族の嗜みであると。
「ふーん、気前いいもんだ。そんな立派な物貰っちゃ、お前もお返しに何を贈ったらいいか迷っただろう?」
「え?」
ライアスは村長が言った“お返し”という意味が分からずキョトンとする。
すると村長は訝しげに彼を見た。
「ん? 嫁さんからプレゼント貰ったら、自分だってお返しに何か贈ろうと思うだろう? で、そんな立派な物貰ったら何をあげていいか困っちまうなって」
贈り物? そういえば自分は妻に何か贈ったことがあったろうかとライアスは焦った。
どれだけ思い返してみても、彼女に何かを贈った記憶がない。
「ライアス……? お前、まさか嫁さんに何も贈っていないのか?」
「えっ!? い、いや……その……妻は、何でも持っていたし、今更俺から買ってもらわなくても……」
「はあ? おいおいおい……それは違うだろう? 持っているならあげなくていいってどういう理屈だそれは? 俺の嫁さんなんて、一度誕生日プレゼント贈るの忘れたら数日口きいてくれなかったぞ!?」
誕生日プレゼント、という言葉にライアスはロザリンドの誕生日すら知らないことに今更気づいた。
村長は顔面蒼白となるライアスを一瞥し、全てを悟ったかのように呟いた。
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