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医師も呆れる
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ロザリンドに離別の言葉を告げられ、ライアスはしばらく茫然自失の日々を過ごしていた。愛する妻が去ってしまったことを後悔しない日はない。
そんなライアスの元に白衣を着た医師と数人の看護師が回診に訪れる。
「ライアスさん、具合はどうです?」
妻に別れを告げられたばかりで傷心しているライアスに、医師は素っ気なく訊ねた。
それに対し彼は今それどころではないとばかりに白衣の集団を睨みつける。
「あー、元気ではなさそうですね。まあ話は出来そうですし、退院後の説明だけさせてもらいますね。そのまま聞いていてください」
ライアスの精神状態なんざ関係ないと言わんばかりの医師の態度にライアスは唖然とした。
入院中もそうだったが、ここの病院の者はなぜか自分に冷たい。
「毒が完全に抜けて日常生活が難なく送れるようになったら退院です。ちなみに運動機能に多少の障害が残るでしょうから、軍は退役することになるでしょう」
「へ? は……? 軍を辞めるってことか!? はああ? 何でだよ!?」
「毒の後遺症のせいですよ。日常生活を送るのに然程支障は出ないでしょうけど、手や足の痺れが頻繁にくるでしょうから武器を振るうことは出来ません。そんな状態で軍人を続けるなんざ不可能です」
医師の言葉にライアスは愕然とした。
軍人になることは彼の幼い頃からの夢だったのに、こんなところでそれが潰えてしまうのかと。
「そんなの嫌に決まってんだろう! それに、軍を辞めてどうやって暮らせっていうんだ!」
「それについてはご安心を。ロザリンドお嬢様が当面の生活費を援助してくださることになっております。贅沢さえしなければ数年は暮らせるほどの額ですし、それを持って実家にでも帰ればよろしいのでは?」
「え? ロザリンドが?」
「ええ。不倫して妻を裏切った男に対して実にお優しい……」
医師がライアスに蔑んだ視線を向けるも、当の本人はロザリンドの優しさに感動していて気づかない。
「ロザリンド……そんなに俺を心配して……。やっぱり俺には君しかいない……」
いないも何もとっくに離婚しただろうに、と医師はライアスの呟きに呆れた。
「あのー、それでどうします? 実家に帰られるのでしたら退院に合わせて馬車を手配しますが……」
「いや、俺は邸に帰るよ」
「はあ…………?」
ライアスの言葉の意味が分からず医師は怪訝な声を出した。
軍の所有する個人情報の記録には、目の前の男が邸を所有していたという記載はない。
いったいどの邸を指しているのかと看護師に目線で問うも、彼女も分からないとばかりに首を横に振った。
「あの……邸とは? ライアスさん邸を購入されていたんですか?」
「は? 何を言ってる? ロザリンドと暮らしていたあの邸に決まっているだろう」
ライアスのおかしな発言に医師も看護師も頭を抱えた。
毒の後遺症で脳が委縮した可能性すら考えてしまうくらい、彼の言葉は理解不能なものだったからだ。
「…………ライアスさん、貴方がロザリンドお嬢様と暮らしていた邸はどなたが保有していたかご存知ですか?」
「はあ? そんなの俺に決まっているだろう? 俺はあの邸の主人だったんだからな」
「……はあ、あのですね、邸で貴方は主人扱いされていたんでしょうが、名義は将軍閣下ですよ? あそこは閣下が所有する別邸の一つですからね」
「ふーん、そうだったのか」
ダメだこいつ分かっていない。
無言で顔を見合わせる医師と看護師に、更なる衝撃発言が追加される。
「なら、あの邸で待っていればいつかロザリンドが会いにきてくれるかもしれないな……」
「いや、そんなわけないでしょうがっ!!」
我慢できずに医師は大声で突っ込んでしまった。
病院では静かにしなきゃいけない、それは分かっているがどうしても耐えられなかったのだ。
「なんだ? そんな大声出して……」
「ええ、大声を出したのは申し訳ないと思っております。ですが貴方がとんでもない勘違いをなさっているので、耐えられませんでした」
「はあ? 俺が勘違い? 何をだ?」
「はああ……。まずですね、離婚した貴方にあの邸に住む権利はありません。それに、そこはとっくにロザリンドお嬢様が引き払っております。貴方がここに入院したあたりでね」
「は? な、なんだって!? ロザリンドは何でそんな勝手なことを……!」
「いや、当たり前じゃないですか!? 逆に何で離婚したのに邸がそのままだと思うんです? まあ邸自体は取り壊したわけではないのでそのままですが、お嬢様と共に使用人は全員いなくなってますよ?」
「はあ!? 俺に何の断りもなくそんなことを……?」
「だから権利のない貴方の許可なんていらないでしょう!? 邸は“将軍閣下の名義”なのですから、離婚したら貴方は閣下とは何の関係もなくなりますよね? だったら他人の貴方の許可なんていらない、そうでしょう? そこを引き払うも住み続けるも、決定権があるのは閣下とお嬢様ですよね?」
「あっ…………!」
ここまで言ってようやくライアスも理解したようだ。
しかしここまで説明しないと分からないとは……。
想像以上にこいつはポンコツだ、と医師と看護師は互いに疲れた顔で顔を見合わせた。
そんなライアスの元に白衣を着た医師と数人の看護師が回診に訪れる。
「ライアスさん、具合はどうです?」
妻に別れを告げられたばかりで傷心しているライアスに、医師は素っ気なく訊ねた。
それに対し彼は今それどころではないとばかりに白衣の集団を睨みつける。
「あー、元気ではなさそうですね。まあ話は出来そうですし、退院後の説明だけさせてもらいますね。そのまま聞いていてください」
ライアスの精神状態なんざ関係ないと言わんばかりの医師の態度にライアスは唖然とした。
入院中もそうだったが、ここの病院の者はなぜか自分に冷たい。
「毒が完全に抜けて日常生活が難なく送れるようになったら退院です。ちなみに運動機能に多少の障害が残るでしょうから、軍は退役することになるでしょう」
「へ? は……? 軍を辞めるってことか!? はああ? 何でだよ!?」
「毒の後遺症のせいですよ。日常生活を送るのに然程支障は出ないでしょうけど、手や足の痺れが頻繁にくるでしょうから武器を振るうことは出来ません。そんな状態で軍人を続けるなんざ不可能です」
医師の言葉にライアスは愕然とした。
軍人になることは彼の幼い頃からの夢だったのに、こんなところでそれが潰えてしまうのかと。
「そんなの嫌に決まってんだろう! それに、軍を辞めてどうやって暮らせっていうんだ!」
「それについてはご安心を。ロザリンドお嬢様が当面の生活費を援助してくださることになっております。贅沢さえしなければ数年は暮らせるほどの額ですし、それを持って実家にでも帰ればよろしいのでは?」
「え? ロザリンドが?」
「ええ。不倫して妻を裏切った男に対して実にお優しい……」
医師がライアスに蔑んだ視線を向けるも、当の本人はロザリンドの優しさに感動していて気づかない。
「ロザリンド……そんなに俺を心配して……。やっぱり俺には君しかいない……」
いないも何もとっくに離婚しただろうに、と医師はライアスの呟きに呆れた。
「あのー、それでどうします? 実家に帰られるのでしたら退院に合わせて馬車を手配しますが……」
「いや、俺は邸に帰るよ」
「はあ…………?」
ライアスの言葉の意味が分からず医師は怪訝な声を出した。
軍の所有する個人情報の記録には、目の前の男が邸を所有していたという記載はない。
いったいどの邸を指しているのかと看護師に目線で問うも、彼女も分からないとばかりに首を横に振った。
「あの……邸とは? ライアスさん邸を購入されていたんですか?」
「は? 何を言ってる? ロザリンドと暮らしていたあの邸に決まっているだろう」
ライアスのおかしな発言に医師も看護師も頭を抱えた。
毒の後遺症で脳が委縮した可能性すら考えてしまうくらい、彼の言葉は理解不能なものだったからだ。
「…………ライアスさん、貴方がロザリンドお嬢様と暮らしていた邸はどなたが保有していたかご存知ですか?」
「はあ? そんなの俺に決まっているだろう? 俺はあの邸の主人だったんだからな」
「……はあ、あのですね、邸で貴方は主人扱いされていたんでしょうが、名義は将軍閣下ですよ? あそこは閣下が所有する別邸の一つですからね」
「ふーん、そうだったのか」
ダメだこいつ分かっていない。
無言で顔を見合わせる医師と看護師に、更なる衝撃発言が追加される。
「なら、あの邸で待っていればいつかロザリンドが会いにきてくれるかもしれないな……」
「いや、そんなわけないでしょうがっ!!」
我慢できずに医師は大声で突っ込んでしまった。
病院では静かにしなきゃいけない、それは分かっているがどうしても耐えられなかったのだ。
「なんだ? そんな大声出して……」
「ええ、大声を出したのは申し訳ないと思っております。ですが貴方がとんでもない勘違いをなさっているので、耐えられませんでした」
「はあ? 俺が勘違い? 何をだ?」
「はああ……。まずですね、離婚した貴方にあの邸に住む権利はありません。それに、そこはとっくにロザリンドお嬢様が引き払っております。貴方がここに入院したあたりでね」
「は? な、なんだって!? ロザリンドは何でそんな勝手なことを……!」
「いや、当たり前じゃないですか!? 逆に何で離婚したのに邸がそのままだと思うんです? まあ邸自体は取り壊したわけではないのでそのままですが、お嬢様と共に使用人は全員いなくなってますよ?」
「はあ!? 俺に何の断りもなくそんなことを……?」
「だから権利のない貴方の許可なんていらないでしょう!? 邸は“将軍閣下の名義”なのですから、離婚したら貴方は閣下とは何の関係もなくなりますよね? だったら他人の貴方の許可なんていらない、そうでしょう? そこを引き払うも住み続けるも、決定権があるのは閣下とお嬢様ですよね?」
「あっ…………!」
ここまで言ってようやくライアスも理解したようだ。
しかしここまで説明しないと分からないとは……。
想像以上にこいつはポンコツだ、と医師と看護師は互いに疲れた顔で顔を見合わせた。
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