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懲りない夫
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「旦那様…………。あれだけ言ったのに、まだあの女性からお菓子を受け取っていたのね」
邸にてライアスの部屋を掃除していたメイドが、机の上にいかにも安っぽい包装紙に包まれたお菓子を目にした。
貴族の家では見ることのない素朴で不格好な物。
それを不審に思ったメイドが女主人であるロザリンドの耳に入れ、そこからライアスがまだあの女より菓子を受け取っていたことが発覚した。
「旦那様もですがあの小娘も随分図太い神経をお持ちのようですね? あれだけ職場で恥を晒してもまだ続けるなんて……到底考えられませんわ」
辛辣な意見を吐くのはロザリンドの専属メイドだ。
彼女はロザリンドが幼い頃より傍にいた腹心で、内心では主人を蔑ろにするライアスのことを嫌っていた。
「信じられないわ……公の場であんな恥をかいても平然と続けられるものなの?」
生粋の貴族令嬢たるロザリンドには、恥をかいても平然と同じことを続けるアニーが信じられなかった。
なぜなら名誉を重んじる貴族は、一度公の場で恥をかけば二度と同じことはできない。
それは恥知らずな行いだからだ。
だからあの場で恥をかいた彼女は大人しく引き下がるはず……とそう考えていた。
「あの小娘は恥をかこうが旦那様に近づきたいという欲の方が強いのでしょう。旦那様も拒絶なさればよろしいのにそうなさろうとしない。……奥様、そろそろ見切りをつけたほうがよろしいかと」
メイドの言葉にロザリンドはこめかみを押さえた。
「……まだ結婚して1年だというのに、悲しいわね」
「致し方ありません。矮小な器の人物に奥様は相応しくないかと。奥様の夫になる方は、この国の軍事を司る役目を背負うのです。それに足りえる人物でないと務まりませんわ。将軍のご息女としての正しい判断をなさってください」
「ええ……ええ、そうね。貴女の言う通りだわ。わたくしの夫は未来の将校足りえる人物でなければね。ライアス様では……務まりそうにないわ」
ロザリンドの父は軍の頂点に立つ将軍である。
代々優秀な司令官を輩出してきたロザリンドの生家。
そこでは女児が生まれれば自然と優秀な軍人と添わせ、軍の結びつきを強くしていた。
ロザリンドの姉たちも皆優秀な軍人の妻となり、その夫は将校となって大勢の部下を指揮する司令官となっている。彼等は皆それに相応しい勇猛で聡明な人物ばかりだ。
「大旦那様はどうして奥様のときだけハズレを選んだんでしょう?」
「ハズレって貴女……。ライアス様は東方師団長様のご推薦よ? そうなると師団長様の見る目がないことになるわね……」
ライアスが所属するのは東の地域を守る東方師団。
ロザリンドとライアスの婚姻は、彼が属する師団の長からの推薦によって成立したもの。
「ライアス様は確かにお強いし、軍人として優秀なのでしょう。でも、軍人として優秀だとしても、司令官として優秀かは別の話よね」
ライアスは確かに優れた剣技を持ち、戦でも功績をあげている。
だが司令官として優秀かと言われるとそれは違う。
今回の菓子の件についてもそうだがそこに含まれる危険性を理解しない。
危機管理能力も察知能力もない彼が司令官となれば、何千何万もの兵の命が危ぶまれてしまう。
ロザリンドは将軍の娘としてそれは避けなければならないと考えていた。
「これだけ奥様がハッキリとお止めしているにも関わらず、同じことを繰り返す旦那様が悪いんですよ。おそらくそのうち……」
「ええ、そうね。最悪の事態になる前にこちらも準備しておきましょう」
近いうちに起こるであろう最悪の事態を想像し、ロザリンドは頭を抱えた。
邸にてライアスの部屋を掃除していたメイドが、机の上にいかにも安っぽい包装紙に包まれたお菓子を目にした。
貴族の家では見ることのない素朴で不格好な物。
それを不審に思ったメイドが女主人であるロザリンドの耳に入れ、そこからライアスがまだあの女より菓子を受け取っていたことが発覚した。
「旦那様もですがあの小娘も随分図太い神経をお持ちのようですね? あれだけ職場で恥を晒してもまだ続けるなんて……到底考えられませんわ」
辛辣な意見を吐くのはロザリンドの専属メイドだ。
彼女はロザリンドが幼い頃より傍にいた腹心で、内心では主人を蔑ろにするライアスのことを嫌っていた。
「信じられないわ……公の場であんな恥をかいても平然と続けられるものなの?」
生粋の貴族令嬢たるロザリンドには、恥をかいても平然と同じことを続けるアニーが信じられなかった。
なぜなら名誉を重んじる貴族は、一度公の場で恥をかけば二度と同じことはできない。
それは恥知らずな行いだからだ。
だからあの場で恥をかいた彼女は大人しく引き下がるはず……とそう考えていた。
「あの小娘は恥をかこうが旦那様に近づきたいという欲の方が強いのでしょう。旦那様も拒絶なさればよろしいのにそうなさろうとしない。……奥様、そろそろ見切りをつけたほうがよろしいかと」
メイドの言葉にロザリンドはこめかみを押さえた。
「……まだ結婚して1年だというのに、悲しいわね」
「致し方ありません。矮小な器の人物に奥様は相応しくないかと。奥様の夫になる方は、この国の軍事を司る役目を背負うのです。それに足りえる人物でないと務まりませんわ。将軍のご息女としての正しい判断をなさってください」
「ええ……ええ、そうね。貴女の言う通りだわ。わたくしの夫は未来の将校足りえる人物でなければね。ライアス様では……務まりそうにないわ」
ロザリンドの父は軍の頂点に立つ将軍である。
代々優秀な司令官を輩出してきたロザリンドの生家。
そこでは女児が生まれれば自然と優秀な軍人と添わせ、軍の結びつきを強くしていた。
ロザリンドの姉たちも皆優秀な軍人の妻となり、その夫は将校となって大勢の部下を指揮する司令官となっている。彼等は皆それに相応しい勇猛で聡明な人物ばかりだ。
「大旦那様はどうして奥様のときだけハズレを選んだんでしょう?」
「ハズレって貴女……。ライアス様は東方師団長様のご推薦よ? そうなると師団長様の見る目がないことになるわね……」
ライアスが所属するのは東の地域を守る東方師団。
ロザリンドとライアスの婚姻は、彼が属する師団の長からの推薦によって成立したもの。
「ライアス様は確かにお強いし、軍人として優秀なのでしょう。でも、軍人として優秀だとしても、司令官として優秀かは別の話よね」
ライアスは確かに優れた剣技を持ち、戦でも功績をあげている。
だが司令官として優秀かと言われるとそれは違う。
今回の菓子の件についてもそうだがそこに含まれる危険性を理解しない。
危機管理能力も察知能力もない彼が司令官となれば、何千何万もの兵の命が危ぶまれてしまう。
ロザリンドは将軍の娘としてそれは避けなければならないと考えていた。
「これだけ奥様がハッキリとお止めしているにも関わらず、同じことを繰り返す旦那様が悪いんですよ。おそらくそのうち……」
「ええ、そうね。最悪の事態になる前にこちらも準備しておきましょう」
近いうちに起こるであろう最悪の事態を想像し、ロザリンドは頭を抱えた。
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