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稚拙な企み①

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「リヒャルト」

「レイチェル! お茶会は終わったのですか?」

「ええ、。あら……? こちらのお嬢さんは?」

 正確にはまだ終わってはいないけれど、王妃にこちらを持て成すつもりがないからもういいや。
 
 私が今気づきましたとばかりにその令嬢について白々しく尋ねると、リヒャルトはあっさりと答えた。

だそうです。なあ、カール?」

「はい、おそらくはそうかと思います」

 舞台女優並みに芝居がかった口上を述べたミリアとかいう令嬢は顔を真っ赤にしてワナワナと震えていた。
 まるで引き裂かれた恋人のように振る舞っていたくせに、実は相手に認識すらされていないという現実に耐えきれないのかもしれない。

「……ふざけるなよ、ディラン卿! その令嬢は貴殿の恋人だったのだろう!? 彼女と婚約するはずだったのにレイチェルが金と権力で引き裂いたのだと聞いたぞ!」

 いきなり叫びだした第二王子。聞き捨てならない発言にリヒャルトより私の方が先に反応した。

「ルドルフ殿下、“ディラン卿”とはまさか我が夫のことを指しているわけではありませんよね? 彼はシスカ家の人間です。とっくにディラン家の籍からは抜けておりますよ? 夫を侮辱するような発言は如何に殿下といえども許せません。それに……妻である私の前で夫の不貞を唆すような発言まで……。これはシスカ家当主である私への侮辱と捉えます」

「レ……レイチェル、違うんだ! ただ私は真実を明らかにしようと……」

「真実? あら、何のことでしょう?」

「君のご夫君がそこの令嬢と不貞関係にあるということだ! ご夫君はとぼけているが社交界でその令嬢と恋仲だったと有名なのだぞ!?」

「恋仲ということは過去形ですわね。だったら不貞ではありませんわ。婚姻中に恋仲だったわけではないのですもの」

「あ……! い、いや、違う……そうではなく……」

 なんかもう必死だな。どうにかしてリヒャルトとその令嬢を不貞関係とさせたいのだろうけど、この状況では無理がある。

 
 当のリヒャルトはもうミリアとかいう令嬢に興味を無くしているし、令嬢はさっきから固まったままだ。

「それに夫とこちらのご令嬢はどう見ても恋仲だったようには見えませんけど? むしろ知己であったかすら怪しいです」
 
 恋仲だと思った相手から認識すらされていなかったなんて実に滑稽だ。
 彼女が何をもってリヒャルトを恋人だと言ったかは不明だが、このままではあまりにも哀れなので助けてあげるか。

「ちょっと、貴女」

「は、はいいっ!?」

 声をかけると大袈裟なまでにビクッと体を震わせた。
 いやあね、別に取って食いやしないわよ。

「私の夫は貴女のことを知らないみたいだけど? もしかしてでもなさったのかしら?」

 今なら人違いということにしておいてあげる。
 そういう意図を込めた発言なのだけど、彼女はそれを理解しないどころかとんでもないことを喋りだした。

「おっ…………お許し下さい! 殿! ここでこう言えばリヒャルト卿と結婚させてやるって……!」

「え? 第二王子殿下に……?」

 ミリアの爆弾発言に第二王子は焦りだし、声を荒げた。

「き、貴様! 私を愚弄する気か!? この私がそんな事を言うはずがないだろう!」

「いいえ! 貴方様はシスカ女公爵にわたくしとリヒャルト卿が恋人だと誤解させるよう演技しろと命じました! そうすれば離縁後のリヒャルト卿と結婚させてくれるって……」

「出鱈目を言うな! どうして私がそんな事を命じなければならない? それをしたところで私に何の利益があるというのだ!」

「シスカ女公爵の夫の座が欲しいとおっしゃっていたじゃないですか! その為にはリヒャルト卿が邪魔だって!」

「くっ……黙れ黙れ! レイチェル、こんな下賤な女の言う事など信じるな! こいつはあろうことかリヒャルト卿に横恋慕して君達夫婦の仲を掻き乱そうとしたんだ。全てはこの女の一方的で身勝手な行動だ! 私は一切関与していない! ……そうだ、王家の名にかけてもいい!」

 よく回る口だこと、と呆れてしまう。

 そんなを誰が信じるというのか。

「殿下……お言葉ですが、私は彼女の言い分が正しいと思います」

「は!? レイチェル! 幼馴染の私よりもこんな下賤な女を信じるというのか!?」

「ええ、そうです。だって……先ほどから彼女のことを“下賤”だと言いますが、どうして王宮内にその下賤と称するような身分の方が入り込めますの? 王宮は公園ではなにのですから、王家の許可が無い者は入れないですよね」

 第二王子が発言の意味を理解したのか「しまった」という表情をする。

 国で最も尊い王が住まう王宮に許可の無い者がポンポンと入れるわけがない。
 必ず門番に許可証を見せる必要がある。もしくは王族と共に門をくぐるかだ。

「誰がどなたの許可で王宮へと立ち入ったのかは全て門にいる受付が記録しております。私と夫も王妃様の許可で入ったと記録されていることでしょう。でしたら受付の者にそちらの令嬢が誰の許可で門をくぐったのかを確認すれば、貴方様が関与していないかが分かりますよね?」

 すぐに確認してきましょうか、と問えば第二王子は愕然と項垂れた。
 
 え? まさかこんな簡単な事気づいていなかったの? 
 受付の記録を隠すこともしていない? うわ、馬鹿だ……。

「わたくしは第二王子殿下の許可で王宮へと足を踏み入れました! ……本当はわたくし、リヒャルト卿と話したこともありません! 二人で会ったことすらありません!」

 必死で弁明するミリアに私は頭を抱えた。
 彼女は自分に罪が無いと勘違いしている。
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