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離縁はしない
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「…………はあ、分かりました。それで? 貴女は僕と離縁がしたいので?」
「いえ、私がしたいのではなくて……こんな非道な扱いをした女と夫婦でいるのはお嫌かと思いまして……」
思った態度と違うからといって、初夜でヒステリー起こした挙句に一年も放置するような女とこのまま結婚生活を続けていくのは辛いはず。そう思って離縁を申し出たのに夫は不満そうだ。
「……貴女はいいですよね。僕と離縁しても新しい婿を迎えれば済むだけですから。名門シスカ家の女当主の貴女は引く手数多でしょうね。それに比べて僕のような貧乏伯爵家の子息では貰い手なんて現れません。せいぜい貴女が好んだこの顔を活かしてどこぞのマダムの愛人にでもなるしかない」
「え…………?」
まって、なんか思っていた反応と違う……。
てっきりこんな飼い殺し状態から解放されて喜ぶと思ったのに、喜ぶどころか怒っている……?
「しおらしく謝ってくださいましたけど、本当は僕が嫌になったのですよね? だから離縁を申し込んだのでしょう? ……勝手な人だ」
「あ、あの、待ってください! 私そんなつもりじゃなくて……! ただ、貴方をこんな状況から解放して差し上げなくてはと……」
「解放? おかしなことをおっしゃる。生家の伯爵家よりも贅沢な生活をさせてもらっているのに」
「へ? そうなのですか……?」
「ええ、食事も豪華ですし、着るものは全てオーダーメイド、部屋だって広く豪華です。離縁したところでこれ以上の生活水準など望めませんよ」
それを聞いてホッとした。もしかするとお飾り妻の物語にありがちな使用人によるイジメが起きていたらどうしようかと思った。掃除もしていないホコリまみれの部屋に押し込むとか、下働きの服を着させるとか、食事に虫が混入されているとかじゃなくてよかった!
そういえば、家令や侍女長がレイチェルに「旦那様ときちんと交流なさってください」と苦言を呈していたはず。ということはシスカ家の使用人は当主が冷遇しているから自分達も……とはならず、むしろリヒャルトに同情していたというわけか。使用人達が常識人でよかった!
「それに、離縁だのと言う前に初夜でどうしてあんな発言をしたのか説明していただきたい。僕は貴女に何か失礼な事をしてしまいましたか?」
「あ、はい、それは………………」
言えない……。溺愛されるという期待が裏切られたからなんて馬鹿みたいな理由、言えるわけがない。自分は他人に愛されて当然、などという自惚れが拗れてこうなってしまった。改めて考えるとひどく自分勝手で幼稚な理由だ。恥ずかしい。
「ええっと……全ては私の不徳の致すところでありまして……」
恥ずかしいが私は本当の理由を話すことにした。
誤魔化すにしても他に上手い言い訳が見つからない。
とにかく早く謝らなければとノープランで話し合いに臨んでしまったことに後悔する。前世の自分がどんな人間だったかは朧気だけど、きっと仕事は出来ない方だったろう。
「つまり……僕の貴女への態度が不満だったと?」
「ああ……はい、そういうことになりますね……」
夫の呆れた視線が突き刺さる。
いや、分かるよ。私だって結婚相手にこんな阿呆みたいな理由で無視されていたら呆れるもの。
レイチェル……貴女年の割に精神が幼すぎるよ。
「ごめんなさい……。勝手に期待して、勝手に裏切られた気がしてヒステリーを起こして……最低ですよ、私」
期待に満ち溢れた結婚式でレイチェルが見たのは、甘さの欠片も無い冷めた目をした花婿姿のリヒャルト。
その瞬間、彼女の心臓が凍り付いた。
期待していたのは熱を灯したペリドットの瞳で甘く見つめられること。
その期待は大きく裏切られ、今まで誰からもこんな冷たい目で見られたことのないレイチェルはひどくショックを受けた。
私からすれば勝手に期待して勝手に裏切られたと思い込んでいるだけなのだが、レイチェルにはそれが分からない。彼への愛情は憎悪へと変わり、また格下の身分の男に軽んじられたという怒りが相まって初夜であの台詞が出たようだ。
感情の振り幅が激しい女だよ、まったく!
一時の感情に振り回されて好き勝手に行動するから今こうして私が必死に謝っているわけだよ!
レイチェルだったら絶対に自分から謝るなんて真似しないよ!
「なるほど……理由はよく分かりました。ですが何故一年も経ってから謝罪をしてくるのですか? しかも人が変わったかのようにしおらしくなって……」
「え、えーっと……それは……」
ここで「前世の記憶を思い出したからです」なんて言えない。
そんなことを言ったら気が触れているのかと思われてしまう。
「反省するのに一年を要しました……」
「へえ………………」
我ながら苦しい言い訳だ。案の定リヒャルトも怪しむような目でこちらを見ている。
「成程、そういうことでしたら謝罪を受け入れましょう」
「えっ!? あ、ありがとうございます……!」
驚いた。まさか謝罪を受け入れてくれるとは思わなかった。
なにせ一年も放置したのだ。その怒りや屈辱は相当なものだろうと覚悟していたのに、彼の反応は意外とあっさりとしている。
「それで、貴女は先ほど僕の望みを何でも叶えてくださるとおっしゃいましたね?」
「はい? え、ええ……そうですね」
あれ? そんなこと言ったかな?
でもそれに近いニュアンスは言ったような気がするし、まあいいか。
「いえ、私がしたいのではなくて……こんな非道な扱いをした女と夫婦でいるのはお嫌かと思いまして……」
思った態度と違うからといって、初夜でヒステリー起こした挙句に一年も放置するような女とこのまま結婚生活を続けていくのは辛いはず。そう思って離縁を申し出たのに夫は不満そうだ。
「……貴女はいいですよね。僕と離縁しても新しい婿を迎えれば済むだけですから。名門シスカ家の女当主の貴女は引く手数多でしょうね。それに比べて僕のような貧乏伯爵家の子息では貰い手なんて現れません。せいぜい貴女が好んだこの顔を活かしてどこぞのマダムの愛人にでもなるしかない」
「え…………?」
まって、なんか思っていた反応と違う……。
てっきりこんな飼い殺し状態から解放されて喜ぶと思ったのに、喜ぶどころか怒っている……?
「しおらしく謝ってくださいましたけど、本当は僕が嫌になったのですよね? だから離縁を申し込んだのでしょう? ……勝手な人だ」
「あ、あの、待ってください! 私そんなつもりじゃなくて……! ただ、貴方をこんな状況から解放して差し上げなくてはと……」
「解放? おかしなことをおっしゃる。生家の伯爵家よりも贅沢な生活をさせてもらっているのに」
「へ? そうなのですか……?」
「ええ、食事も豪華ですし、着るものは全てオーダーメイド、部屋だって広く豪華です。離縁したところでこれ以上の生活水準など望めませんよ」
それを聞いてホッとした。もしかするとお飾り妻の物語にありがちな使用人によるイジメが起きていたらどうしようかと思った。掃除もしていないホコリまみれの部屋に押し込むとか、下働きの服を着させるとか、食事に虫が混入されているとかじゃなくてよかった!
そういえば、家令や侍女長がレイチェルに「旦那様ときちんと交流なさってください」と苦言を呈していたはず。ということはシスカ家の使用人は当主が冷遇しているから自分達も……とはならず、むしろリヒャルトに同情していたというわけか。使用人達が常識人でよかった!
「それに、離縁だのと言う前に初夜でどうしてあんな発言をしたのか説明していただきたい。僕は貴女に何か失礼な事をしてしまいましたか?」
「あ、はい、それは………………」
言えない……。溺愛されるという期待が裏切られたからなんて馬鹿みたいな理由、言えるわけがない。自分は他人に愛されて当然、などという自惚れが拗れてこうなってしまった。改めて考えるとひどく自分勝手で幼稚な理由だ。恥ずかしい。
「ええっと……全ては私の不徳の致すところでありまして……」
恥ずかしいが私は本当の理由を話すことにした。
誤魔化すにしても他に上手い言い訳が見つからない。
とにかく早く謝らなければとノープランで話し合いに臨んでしまったことに後悔する。前世の自分がどんな人間だったかは朧気だけど、きっと仕事は出来ない方だったろう。
「つまり……僕の貴女への態度が不満だったと?」
「ああ……はい、そういうことになりますね……」
夫の呆れた視線が突き刺さる。
いや、分かるよ。私だって結婚相手にこんな阿呆みたいな理由で無視されていたら呆れるもの。
レイチェル……貴女年の割に精神が幼すぎるよ。
「ごめんなさい……。勝手に期待して、勝手に裏切られた気がしてヒステリーを起こして……最低ですよ、私」
期待に満ち溢れた結婚式でレイチェルが見たのは、甘さの欠片も無い冷めた目をした花婿姿のリヒャルト。
その瞬間、彼女の心臓が凍り付いた。
期待していたのは熱を灯したペリドットの瞳で甘く見つめられること。
その期待は大きく裏切られ、今まで誰からもこんな冷たい目で見られたことのないレイチェルはひどくショックを受けた。
私からすれば勝手に期待して勝手に裏切られたと思い込んでいるだけなのだが、レイチェルにはそれが分からない。彼への愛情は憎悪へと変わり、また格下の身分の男に軽んじられたという怒りが相まって初夜であの台詞が出たようだ。
感情の振り幅が激しい女だよ、まったく!
一時の感情に振り回されて好き勝手に行動するから今こうして私が必死に謝っているわけだよ!
レイチェルだったら絶対に自分から謝るなんて真似しないよ!
「なるほど……理由はよく分かりました。ですが何故一年も経ってから謝罪をしてくるのですか? しかも人が変わったかのようにしおらしくなって……」
「え、えーっと……それは……」
ここで「前世の記憶を思い出したからです」なんて言えない。
そんなことを言ったら気が触れているのかと思われてしまう。
「反省するのに一年を要しました……」
「へえ………………」
我ながら苦しい言い訳だ。案の定リヒャルトも怪しむような目でこちらを見ている。
「成程、そういうことでしたら謝罪を受け入れましょう」
「えっ!? あ、ありがとうございます……!」
驚いた。まさか謝罪を受け入れてくれるとは思わなかった。
なにせ一年も放置したのだ。その怒りや屈辱は相当なものだろうと覚悟していたのに、彼の反応は意外とあっさりとしている。
「それで、貴女は先ほど僕の望みを何でも叶えてくださるとおっしゃいましたね?」
「はい? え、ええ……そうですね」
あれ? そんなこと言ったかな?
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