お茶会でお茶しましょ!

田上総介

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第十三話「何だ!?酷いぞ!!カモミール!!」

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「あなた…犯人知ってるんじゃないの?」
「へぇ?」
「それも香坂さんってことを」

「…」
「…」
「…な、何で?」

へぇ?と口の端をへの字にして発言の真意を確かめる。
「何でって…知ってるくせに」
「…」

急展開の色を見せた二人の会話に緑はカップを洗う手を止めた。

「な、何でそれを…」
「あら、私も幼い頃は妹(みるく)とよくここに遊びに来ていたわ。あの子はモモ(あなた)と楽しく遊んでいただけだと思うけど、そりゃ小耳に挟むわよ。あなたのおばあさんは声が大きいから」

「…何を聞いたの?」
恐る恐る尋ねるモモ。しかし、答えはもう知っていた。

「あなたのおばあさんと香坂(こうさか)さんのお母さんが喧嘩しているところ…」

「…」
「…」
「…そう。聞いてたのね」

苦虫を噛み潰したような表情で言葉を口にするモモに対し「えぇ。理由までは知らないけどね」と食い気味に返事をするいちご。
彼女(いちご)はこの会話を楽しんでいるようだ。
呑気に呼び出しボタンを押し、緑を呼びつけ『情熱の苺紅茶』を頼む。

「全く、この喫茶店に関係する人は知り合いが多いわね…運命にしては雑過ぎないかしら?ねぇあなたもそう思わない?」
「そんなことより!」

自分に関係ない事だからか、言葉の端端(はしばし)に余裕を感じさせる。それに対してモモは頬に汗が滲(にじ)み、鼓動が加速してるのが他人(そと)からでも分かる程だ。

「…そんなことより!…この話はもうやめましょう」
そんなことよりの後に続けたかった言葉があったのだろう。少々おかしな文法で弱弱しい声で話題の焦点を変えようとする。しかし、

「香坂さんのこと、責めないの?」
いちごは変わらず、この話題を続けた。
「…えぇ」
この話題からは逃げられないと感じたモモはため息交じりの声で頷くと、口を開いた。

「私の祖母…二色乃(にしきの)鴨観(おうみ)は香坂日向の母親が作った秘伝のレシピ本を盗んだのよ」

「秘伝のレシピ本…?」
聞き馴染みのない言葉に思わず聞き返すいちご。
片手で頭を抱えながらモモは説明を続ける。

「犯人は日向で間違いないわ。荒らされた時、秘伝のレシピ本が盗まれていた。その存在を知っているのは日向の一家だけだもの」

「秘伝のレシピで作れる『濃厚(のうこう)珈琲(コーヒー)』は元々香坂日向の実家『日向花伝(ひなたかでん)』のメニューだったの…今は店名を変えてるらしいけど」
「それをあなたのお祖母さんが盗んだのね?」
返事の代わりにコクリと首を動かし、気持ちを落ち着かせる為、カフェモカに口をつけた。

「でも、そのレシピを盗んだなんて…証拠はあるの?参考にしたとしてもバレないのが普通じゃない?」
「元々、祖母と香坂日向の母親は師弟(してい)関係にあったんです。祖母の元で何年か修行していたらしいんですが、大昔に喧嘩別れしたみたいで…」
「昔から面識はあったのね」

モモの言葉の続きをいちごが代わりに口にする。
すると、ここでいちごが頼んだ『情熱の苺紅茶』が目の前に現れた。
「美味しそ…」と口元で静かにボヤくと
「ありがとう」
と、艶(つや)やかな黒髪を揺らしながら緑にお礼を述べる。

トマトジュースのように真っ赤な液体に刺さったストローをクルクルと回し、氷とガラスのコップで涼やかな音を奏でる。
チューとストローに口をつけ、苺紅茶を吸い込んでいく。
「まぁ!美味しいわ!」
モモ祖母と日向母の話題は何処へやら…飲み物に大興奮のいちごだが、忘れているわけではなかった。
その証拠に会話を再開させるべく、言葉を発した。

「で、何かしらの方法でレシピを盗んだのね」
「え、えぇ、それから数年後ここ喫茶ニシキノは珈琲(コーヒー)が旨い!と一時期話題になったことがあるの。ネット記事や地方のテレビにも取り上げられて有名になったの…それも明らかに『日向花伝』で提供していた珈琲(コーヒー)の名前・作り方を真似して」

「そりゃバレるわね。香坂家はさぞ恨んでいるでしょうね」
恐らく、いちごが見たというモモ祖母と日向母の喧嘩は『秘伝のレシピ』とやらを盗んだことが原因だろう。

「それにしてもどうやって盗んだのよ。試飲してみて味を参考にしたならば、盗みにはならないんじゃない?」
「違うの!秘伝のレシピとは一冊のノートに書かれた…形あるもの。『日向花伝』からそのノートが消えた日はニシキノ(ここ)に同じ名前の珈琲(コーヒー)が登場したすぐ前のこと…盗まれたのと考えるのが普通だわ」

「ま、まさか本当に盗んだの…!?」
コクリと頷くモモをいちごは驚愕(きょうがく)の色をした瞳にうつした。

「…祖母に頼まれたの。昔に…だから盗んだのは確かよ!」
「あなたが盗んできたの!?」
今度はいちごが口に含んでいた苺紅茶を吹き出しそうになる。

「…なら、あなたが香坂さんを責めないのも、過去(そ)のことが関係してるのね」
と、言い終えると苺紅茶のストローをクルクル回し、冷ややかな氷の音を奏でた。

「香坂さんねぇ…」
脳裏に桃色髪の少女を思い浮かべると、苺紅茶のストローに小さな口をつける。
少しだけ唇をとんがらせてストローを苺色に染め、飲み干していく。

「でも、喫茶店に犯人がいるって言ってたじゃない。あれは嘘なの?」
話によるとみるく(詳しくは執事を通じて)から聞いたらしい。
その言葉を受け、勘違いすると困ると弁明をし始めた。

「違うわ。日向が犯人なのはまだ確かでは無いけど裏口への玄関の鍵を使わないと中には入れないから。手招きした者…もしくは張本人が喫茶店に入るのは間違いないわ」
喫茶ニシキノには裏口への前に裏庭付きの玄関がある。そこへは鍵を使えば簡単に開けられるのだが、裏口の鍵は数年前モモが無くしたため、破壊して入るしか手段は無い。みるくが言っていたドアノブの壊れ具合を見れば分かる。

「入り口の鍵は私が肌身離さず持ってるから、裏口から入るしかないのよ」
「そう…それは残念ね…」

♪。.:*・゜♪。.:*・゜♪。.:*・゜

ここでいちごの着信音が鳴り響いた。
「な、何この音…!?」
モモが眉を顰(ひそ)めるのも無理は無い。彼女の着信音は紛れもなく誰かの産声であった。聞かなくても分かる妹みるくのものだろう。

「あら、もう時間ね」と着信音(産声)を子慣れた手つきで消すと、立ち上がり、帰る身支度をした。
緑に高そうな財布から大金を抜き出し、渡すと、
「じゃあね」
と、言い残し、帰って行ったのだった。


翌日  カルメラカフェ 女子更衣室


昨日、話題にあがった日向はいちごに話をかける。

「酷いよ!いちご!私が喫茶店を襲った犯人にしたてあげるなんて!」
「あら、先日のあなたの発言・挙動(きょどう)から導いたただの憶測(おくそく)よ。本気で酷いと思うなら当たってるんじゃなくて?」

ここはカルメラカフェ女子更衣室。
香坂日向と白牛(しらうし)いちごはそれぞれ好きな色を基調とした制(メイド)服に着替えている最中だった。

「…まぁ、そうだけど。まさか同業者のいちご(あんた)からバラされるとは思わなかったよ」

と、言うと腕を袖から抜き、真っ白な肌を晒した。紺色の大人っぽいブラジャーに包まれた分厚い胸を揺らしながら、ロッカーの中から取り出した制服に身を包んでいく。

いちごは彼女の大きな二つの山脈と自分の薄っぺらい胸板を見比べると、むすっとした表情で言葉を紡いだ。
「あら、二色乃モモはあなたが犯人じゃないかって初めから疑ってたわ。しかし、犯人にとして責めたてる勇気は無いようね」
「!…そう」
制服のボタンを一つ一つ丁寧に外していくいちごを見つめながら、溜息をつくと口の形を以下のように動かす。

「私は確かにあの喫茶店に恨みはある。アルバイトを志願したのも復讐(ふくしゅう)するためだし、そのために世間から非難されても構わない」

ここは本当に日常ほのぼの作品か!?
と、本気で思わせてしまうような長文を殺意の篭(こも)った瞳で口にする日向に今度はいちごが視界に入れた。

ここでふと日向は瞳を閉じる。
瞼(まぶた)の裏側に映るのは数十年前の記憶。
口五月蝿(うるさ)い老婆…二色乃(にしきの)鴨観(こうみ)に理不尽な理由で叱られ、夜な夜な涙を流す母の姿は忘れもしない。

そんな老婆から解放されたのも束の間。
長年の夢である店を構えた母はほんの数ヶ月後、自慢のメニューを喫茶店ニシキノにレシピと脚光(きゃっこう)を奪われる。

重い足を動かしながら、喫茶店ニシキノに問い詰めに行くも、思うようにいかず。
さらにお得意の理不尽な言いがかりをつけ、母親の学歴・家族・人格…全てを否定した。

「日向ちゃん。今までありがとうね。大好きだよ」
と、恐い位の笑みを浮かべ眠りにつく前の日向(わたし)の額にキスを落としたその日の夜…母を自ら命を断った。

(母さんの全てを奪ったあの喫茶店を私を許すことができない。母さんのアイデアで脚光を浴びた喫茶店を潰すまで私は死なない…)

(まずは盗まれたレシピを取り返すんだ。それには協力者がいる)

そう考えた日向は喫茶店に勤務するとある人物に声をかけた。


「で、お目当てのレシピは手に入れられたの?」
手慣れた動きで複雑なメイド服に着替えたいちごは鏡で前髪を触りながら尋ねる。

「それがなかったの。協力者からあらかじめレシピ本が保管されてある位置は教えてもらっていたんだけど…なかったのよ」
同じく素早く女子高生からメイドに変わった日向は現代っ子らしく視界はスマホに入れたまま、口を動かした。
その言葉に「どういうこと?」と、いちごは眉間に皺(しわ)を寄せて聞き返す。

「レシピ本は休憩所の鍵付き棚に入ってある筈なんだけど、鍵が壊されて中には何も入っていなかった。恐らく私達が犯行を起こす事を知っていたものがタイミングをうかがって盗んだに違いない…」
「なるほどね罪をあなたに擦り付けるために犯行日付を被せたわけね」
顎に手を当て意見を口にしたいちごは「賢いわね」と顔の分からない相手を称(しょう)した。

「だけど私は諦めない。絶対レシピ本を盗んだ犯人を探し出して奪ってみせる」
ここで決意をするかのようにボタンを押し、スマホを暗転させた。画面に日向の真剣を増した表情がうつる。

「でも、驚いたわ。まさか、あなたの協力者が北条(ほうじょう)麦だったなんて…」

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