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Friend
160.Consultation
しおりを挟むハイロフの話を聞いた次の日、あんじゅは緊急招集で潰れた代休をもらったが、そのほとんどを思考に費やした。
要渉の処刑。その現実が頭から離れないでいる。
拝み倒したところで、彼の結末をどうこうできる権力など、自分にはない。だが、彼の処刑を見て見ぬふりをしてそれに鍵をかけて心にしまうのは嫌だった。
どうしても、話したい。話さなきゃいけないことがたくさんある。話す必要なんてない他愛無い話もしたかった。
結局、一日を費やしたところで、合法的なアイデアなど何一つ浮かぶことはなかった。
そして次の日の出勤日。あんじゅはカイエとともに巡回パトロールを綾塚沙耶に命じられた。沙耶曰く「そろそろ二人とも親離れしてもらう」ということらしい。
巡回用の自動運転車に乗り込んで、しばらくはお互いに会話もなかった。カイエが積極的に口を開く人物ではないことは前々から知ってはいたため、気まずくはならない。
もっとも、持ち出そうとする話の内容にもよるだろうが。
無言の空間に白旗をあげたあんじゅは、先日の事件で拘束した繭雲絢香の件を、カイエに訊くことにした。カイエは、思い出すように少し時間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。
「繭雲絢香ですが、彼女は一足先に収容されています。情報を持っている可能性が高いうえに、夫の繭雲玄次郎が、【彼岸花】の本部を襲いかねないくらいキレているので」
運転席に座るカイエからの説明を、あんじゅは助手席で聞いていた。車は自動運転で、カイエは手を触れていないが、ハンドルだけはナビゲート通りに動いている。技術という幽霊が乗り移っていた。
「そうなんだ。まあ、怒って当然だよね」
「俺たちも警戒は必要ですね」
「そうなの?」
「作戦に関わった隊員ですから。旦那の方は奥さんを収容所に入れられて、憎悪してることでしょう」
前を見ながらカイエは言う。首都高は空いていて、車の姿はほとんど見られなかった。外は連日同様に雨が降っていた。
「そんなに、その旦那さんは怒ってるの?」
「前に、繭雲絢香を尾行していた捜査官を監禁して拷問して処刑する動画を、吸血鬼用の裏サイトに流していたとか」
「裏サイト?」
「吸血鬼のコミュニティみたいなものですよ。吸血鬼は表立って行動すると、すぐに息の根止められますから。血の売買、人の売買、捜査官や一般人の殺害依頼、とかです」
聞かされる内容に、あんじゅは顔をしかめる。捜査官の殺害依頼なんて、物騒なものもあるのだなと思った。
「カイエくんはそれを見たりしてるの?」
「まあ、時々ですけど。犯罪予告みたいなのもありますね」
「ヤバくないの、それ?」
「そもそも書いてるのが吸血鬼なのか人間なのかは判別できないんで、【彼岸花】も全部には対応してないみたいです」
その辺は、人間が使うSNSなどと差はないようだ。しかし、吸血鬼の裏サイトがあったなんて知らなかった。
「そんな怪しいサイトでなに見てるの?」
「教えませんよ」
「吸血鬼のエロい画像とか?」
「血とかグロテスクなのならたくさんありますけど」
「カイエくん性欲強そうだけど」
「……なに言ってるんですか本当に」
冗談交じりのしょうもない話を車内で繰り返した。バカバカしいことを口にして心を紛らわせたかったのだろう。明日を迎えることが、あんじゅには怖かった。
「ところで、繭雲絢香は……処刑されると思う?」
「可能性はゼロですね。いろんな吸血鬼と取引をしてる彼女は情報の塊だ」
「なにか吐いたりしたのかな?」
「暴言ばかりらしいです。ブチ殺すとか、人間の分際でとか」
例え投獄されたとしても、人間嫌いにブレはなく、情報提供には一切応じない姿勢を貫いているようだ。
吸血鬼に対する釈放を条件とした司法取引はないが、彼女の場合だとその条件が付いていようが、拒むだろう。遥か下に見ている人間という存在に頭を下げるくらいなら、舌を噛み切る方が繭雲絢香にとってはマシなのだろう。
「ラザロは……」
「やつも情報の塊です。それにビジネスは得意でしょうから、手持ちのカードをうまく切るつもりでいるはずだ」
ラザロは繭雲絢香と比較すれば、協力的なようだ。自らの置かれた状況に応じて顔を変えていく。その点があったからこそ、今まで生き延びてこれたのだろう。
「じゃあ、もう一人は……」
「要渉ですか?」
カイエの口からその名前が出てきて、あんじゅは頷く。
「蓮澪村の件との関わりを疑われてますが、シロらしいです。その他に情報は持ってない」
カイエは、一息間を置いて続けた。
「それと、羅城でしたっけ? ラザロの手引きで入国した霧峰さんの同級生。それについての情報もなかったので」
それは、こちらに提供できる有益な情報がないということになる。そうなれば、彼に対する居場所を確保する必要などない、つまりそういう判断を下されてもおかしくはない。
吸血鬼に成ったときに、その人の価値がわかる。
人に害をなすことを承知で、生かすべきかどうか。他人を傷つける存在でも、世界に必要かどうか。
要渉は、生かされるべき条件を持っていない。それを認めるのが、あんじゅにはできなかった。
「浮かない顔してますね」
「やっぱりわかるかな」
「ええ、なんとなくは」
隊のメンバーも、要渉の件には触れないでいようとしてくれている。腫れ物案件のようだが、仲間なりの気遣いにどうこう言う気などはない。
「久しぶりに会えて……ちょっと混乱してるかな」
「ちょっと、じゃないでしょう」
カイエに言われ、あんじゅは自覚する。そう、ちょっとなんてものじゃない。だいぶ動揺している。
もし、蓮澪村で広沢亜紀斗から彼の名前が口に出ていたら、こうはならなかっただろうか。ワンクッション置いて、情報を整理できたのだから。
だが、突然の再会にあんじゅの心は対処できる方法を知らないでいる。
「どうすればいいか、わからないんだよね」
あんじゅの言葉にカイエは、なにも答えなかった。
「ねえ、カイエくんは……もし黛さんが──」
「その話は、やめてください。俺とアイツのことなら、なにも言いません」
途端にカイエは厳しい口調に変わる。一片の隙すらも見せる気のないカイエに、あんじゅはどこか窮屈さを感じた。共通な話題を話せそうなのに、それを許してくれない厳格さに、心がモヤモヤする。
「確認させて」
「なにをですか?」
「黛……さんは恋人?」
「違う。それ以上聞くなら、一番したくない方法とりますよ?」
容赦なく言い放つ。そして、腰に付けたホルスターにカイエは手を伸ばしていた。
まさか、本気で撃つ気なのだろうか。今のカイエが全てを捨ててしまうようには思えなかったが、それはあくまでも憶測だ。これ以上藪を突かないように、直球な表現は避けることにした。
「じゃあ……仮の話でいい?」
「例えば?」
ものは言いようなようだ。抜け道を通ることに関しては、特にあれこれ言う気はないのだろう。
「親しい人が吸血鬼になったら、気持ちの整理はどうつければいいと思う?」
現実を受け止めることはできる。問題はその先だった。そこから先は、心を鬼にできるかどうかの戦いになる。
「その人に──その吸血鬼に寄り添うなら、世界を敵にまわさなきゃいけない。その覚悟がないなら、突き放すか、殺すべきです」
カイエの口調は柔らかくなっていた。それでいて、言葉はどこか痛々しい傷を含んでいるようにも聞こえた。
あんじゅは、その言葉を噛み砕くように考える。
突き放すことを選べば、柚村京と永久宮千尋のような関係になるのだろう。京は、吸血鬼になったかつての相棒を追いかけてはいなかった。
反面、カイエは世界を敵にまわすことを選んでいる。なら、どうして彼はここに、この場所にいるのだろうか。カイエからしてみたら、この場所はもっとも近づきたくない場所だ。
吸血鬼擁護派の可能性を考えたが、想像がつかない。むしろ、スパイなのだろうか。黛ほたるに情報を渡して、彼女の身の安全を確保するといった感じの。
「カイエくんはさ、世界を敵にまわせる?」
踏み込んだ質問をしただろうか。一瞬不安になったが、カイエの口調はいつもみたいに温和なままだった。
「世界なんて、大きすぎて敵にしたくないですよ」
ハンドルが自動で大きく切られた。車は巡回予定の上野に到着した。
「できれば、味方にしたい。そう思っています」
ファーストフード店が見えたので、カイエは運転を自動から手動に切り替えて、ドライブスルーで並ぶ車列に加わった。
「なにか食べます?」
「奢ってくれるなら、食べようかな」
悪戯な笑みをあんじゅは作る。冗談を飛ばしてみた。
「じゃあ、スルーしますけど」
「今の、上手いね」
つかの間の平和なやりとりに、二人は思わず笑った。
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