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Friend
153. memoria
しおりを挟む「はい、あんじゅちゃん」
早見に缶コーヒーを渡されたあんじゅは、受け取るべきか迷う。スコープから目を離してしまうことを懸念したからだ。ライフルの銃口が向いている先には吸血鬼の潜むアジトがあり、連中がいつ夜の森から飛び出してくるかわからなかったから。
「置いといてもらえますか。ありがとうございます」
「そろそろ休んだら? あまり張り詰めると、身がもたないわよ。なんだったら、見張りは幸宏がするから」
早見は幸宏に投げかける。氷姫幸宏はスマートフォンの中に収められた恋人との写真を見るのをやめて、ため息を漏らした。
「俺っすか」
「あら? 嫌なの?」
「いいや。可愛い優秀な新人に無理はさせられねえよ」
「でも……」
「いいって、少し楽にしな。どうせ俺たちはバックアップなんだからよ。気楽にやろうぜ」皮肉たっぷりのセリフにあんじゅは笑う。
「すみません、ありがとうございます」
あんじゅは、伏射体勢をやめて立ち上がる。体のところどころで筋肉の強張りを感じた。
乗ってきたワンボックスカーの上は狙撃のポジションとしては絶好の場所だった。今は舗装された山道のど真ん中だが、狙撃に向いている場所はここ以外にない。
「作戦始まりましたね」時間を確認しながら、あんじゅはもらった缶を開けた。
「そうね。まあ、わたしたちがやることは特にないけど。あとは、任せておきましょ」
前線には副隊長と、腕の良い彼女の相方がいる。それに蜂谷隊にドローン。こちらが苦戦を強いられることはないだろう。
「蜂谷さんとは、面識あったんですか?」
「ううん。まあ、吸血鬼嫌いで容赦ないって噂は聞いてるけど。作戦に関係ない吸血鬼も排除したり、情報を聞き出すために拷問したり。あの人が関わった作戦で収容所に送られた吸血鬼はいないって噂よ」
早見は一息置いて、続けた。
「身内に吸血鬼がいる人に対しても、快く思ってなかったりしたりするみたいだし」
ああ、とあんじゅは頷く。
「珍しく声荒げてましたね、早見さん」
ミーティングルームでの場のことを口にすると早見は気まずそうになった。
「こういうこと散々言われてきたから……慣れたつもりではいたんだけどね」
「そういう心無い言葉を言ってくる人もいるんですね」
「どこにでもね。政治家のの中には収容所廃止派もいるみたいだし。まあ、そういうのは支持されにくいけど」
収容所の廃止、それはつまり手錠の代わりに追加の予備の弾倉を持っていくこと。吸血鬼が絶滅してしまえば、新しく吸血鬼が生まれることもない。
「けどたまにね、エゴを押し付けてるんじゃないかって思うときがあるの」
「エゴ……?」
「あの子に生きてもらいたいって思うこと。死にたくて苦しくて、自由なんてないのに、いつか治療薬ができるからって希望を持たせて閉じ込めてる。あの子にとって敵しかいない世界で、それでも生きていて欲しいってのはわたしの気持ちの押し付けなんじゃないかって、そう思うときがあるのよ」
「そんなこと……」
「難しいわね、ほんと。早く昔みたいに単純な世界に戻ってくれないかしら」
昔みたい──それはあんじゅも早見も、この中の誰も経験してない時代。吸血鬼が表沙汰にされず、争いは人間同士でしか起こらなかった古き良き世界。
今は、友人だろうと恋人だろうと、牙が見えれば引き金を引かなければならない、そんな複雑な時代なのだ。
「それにしても……あっちは仲良いわね」
早見がため息をつく。その視線の先には京と相澤連の妹の相澤桃がいた。
「んでー! この前、兄貴のやつ痴漢に間違えられて、マジでテンパってて面白かったんすよ」
「あいつなら実際にやってそうだな」
「あははは! それそれ、マジウケるっすよねー! 柚村さん!」
夜の森は静寂に包まれてはいない。
まるでデートの一場面を切り取ったかのように緊張感のない話題と笑い声が響く。
「ラブ全開って感じ」
早見は京と話す桃を見て楽しそうに笑う。規律でガチガチに縛ってないところは早見の人間性なのだろう。
「あんじゅちゃんはどうなの? 恋人とか、彼氏は?」
「いませんよ」
「え……今まで一度も?」
「はい」
「もったいないわね。ダメよ、恋しなきゃ。恋愛は女を磨く一番手っ取り早い方法なんだから。桃ちゃん見てみなさい、あの輝きがあんじゅちゃんにはないわ!」
「熱弁されても、相手がいないですよ」
「うちの隊の男性メンバーはお好みではない?」
「俺なら空いてるぜー」
幸宏が軽い口調で話しかけてきた。
「愛さんに言いますよ」
「……霧峰ちゃん、それはやめてくれ」
幸宏はそそくさとガールズトークから退散した。
「告白されたこととかはないの?」と早見。
「一度だけ」
「誰? いつ?」
「同級生に……修学旅行の途中でですけど」
あんじゅがそう言うと、早見は根掘り葉掘り探ろうとしたことを後悔するように気まずそうになった。
「……ごめん、パンドラの箱開けちゃった?」
「いえ、大丈夫ですよ」
言った直後、遠くから銃声が聞こえてきた。あんじゅは素早く狙撃体勢に切り替えて、スコープで目標地点を確認する。フラッシュがいくつか見えた。ドローンを巡回させてある方角からも銃声が轟く。
耳に挿したインカムから葵の声が入る。
『対象と接触しました!』
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