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150. INSANITY2

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 到着した矢島は、当然ながら五分と経ってない両隊のいざこざなど知りはしない。矢島はそのまま部屋を暗くして、映像を映し出す準備に取り掛かる。
「みなさんお忙しい中すみませんね。時間かかりますので、なんならお互いに自己紹介とかから──」
「必要ない。早いとこ進めろ」
「りょーかい」
 蜂谷に言われ、矢島はため息をついた。上の位の者にすら、蜂谷は態度を一切変えない。ブレてない、という点はこの隊長の長所であり短所なのだろう。
「標的の吸血鬼はこいつです」
 矢島がそう言うと、スクリーンにある人物が映し出された。
「えっ……?」
 あんじゅは思わず声を漏らして、瞠目した。早見や京も、映し出された人物に反応を示す。
 ちょうど赴任したばかりの時に、あんじゅはこの吸血鬼と間近に対面していた。
「ラザロ・マッギル。以前、都内のティーンエイジャーの女の子をターゲットに人身売買を行ってた吸血鬼犯罪組織のリーダーです。現在は、この国に密入国してくる吸血鬼たちの仲介をしています」
 矢島が言い終えると、すかさず蜂谷が口を開いた。
「おまえらが以前捕まえ損ねた吸血鬼だ。覚えてんだろ?」
 言われて、あのときの光景があんじゅの脳裏に蘇る。暗いコンテナの中に閉じ込められ、あと少し遅かったら、どこの国かわからぬ場所に飛ばされて吸血鬼の商品として売り飛ばされそうになったことを。たしか、早見たちと関わりを持ったのも、この件からだったはずだ。
「わたしたち二つの隊でラザロを仕留めればいいってこと?」
 早見が訊くと、矢島は笑顔で首を振った。
「いえ、早見氏。ラザロを殺すのは待ってください。ついうっかり鉛玉をぶちこむのも、彼がうっかり滑って打ちどころが悪くて灰になってもアウトです」
「ってことは……生け捕り?」
「はい。瓶に詰めたラザロの灰を渡されても、正直言って困りますから。今回の目的は、彼が密かに入国の手引きをした吸血鬼のリストを入手すること。照らし合わせるために、彼の証言が必要なのですよ」
 矢島は言い終えると、次の資料をスクリーンに映した。それは、巨大な建築物の図面だった。
「ラザロの今の拠点です。場所は千葉の山奥の廃工場で、周囲にはホログラム装置が設置されてます。これで衛星やドローンの発見を免れてました」
 立面図や周辺の地理が映し出される。森の中の工場は十年以上前に閉鎖されたまま、放置されている。ただし、それは表向きの話で、矢島の説明によれば、土地の管理者と工場の管理者は、いずれも吸血鬼の協力者であり、金によって動かされたらしい。
「おそらくですが、この工場は血液の保管庫と武器保管の倉庫として使用されています。人間がいる可能性は限りなく低いと思われますよ」
 矢島はそう言うと、両隊の『技術班』のパソコンに建物の詳細を送った。
「ラザロ以外は……皆殺しでいいんですか?」
 蜂谷の隊の長身の女性──右京恵梨香が手をあげて訊いた。まるで、肯定される答えを待ちわびるかのように。
「余裕があるなら何人か捕まえて情報を聞き出してくださいね、右京氏」
「わかりました。余裕があれば……ですね」
 ぺこり、と頭を下げた恵梨香は口元を緩ませる。彼女が頭の中で思い描いているものがなんなのかはわからないが、とても血生臭いことは想像ができる。
「どこから攻めるか、どのような配置で済ますかは両隊に任せますので、相談しちゃってください。作戦開始時刻は午前四時。少しでも仮眠をとることを勧めますよ」
 あんじゅは時計を確認する。現在は午後七時前、作戦会議や準備の段取り、移動時間を考慮すれば少しは仮眠できるだろうか。
 矢島はまたすぐに戻ってくることを伝えて退室した。
「人いないんですかね」声を落として葵が言った。
「え?」
「だってそうだと思いませんか? 昼間仕事してるのに、そのまま朝方にまで駆り出されるなんて。公務員なのに、体制はブラック。『戦術班』は他の公務員の職と比べて高賃金ですけど、これじゃ人なんて集まりませんよ」
 葵の言い分はもっともだった。『戦術班』は命を奪うことが前提の職業である。そういう職はこの国には長らく存在してなかった。
 吸血鬼の存在が公にされた黎明期れいめいき頃、この国は警察機関を使って吸血鬼を捕らえていた。正当防衛等でやむ終えず殺害してしまった場合、それが善人が吸血鬼というレッテルを貼られた、ただ運の悪い者だった場合、世間からのバッシングは相当なものだったと聞く。先制して命を奪い、命を救う。その当時この国でそれが容易にできる者は少なかった。そのため、【彼岸花】という対吸血鬼の専門機関ができたのは、比較的遅かった。世界各国がレーザー兵器を中心に移行する中で、未だに硝煙の匂いを嗅いでいるのは、日本くらいのものだろう。
 吸血鬼という全人類共通の敵が現れても、擁護する意見が目立つのも人手不足の一因なのだろうか。
 葵の言葉になにか返そうと口を開くあんじゅに被せるように、蜂谷が声をあげた。
「早見、おまえらの隊は後方で待機してろ。建物にはうちの隊の人間だけで入る」
「待機って……どういうことですか?」
 早見が眉をひそめて蜂谷に訊いた。
「そっちは後ろで援護してくれりゃいいってことだ」
「協力体制を整えた方がいいと思うけど。図面を見たけど、工場は広いし、深夜の山の中よ。せめて段取りくらいの話し合いは──」
「話し合いだ? 必要ねえって言っただろ。俺たちが吸血鬼を殺しに行くから、おまえらは眺めてろ。それだけだ」
 遮る蜂谷に早見が苛立った面持ちを見せる。
「それだと、お互いに協力してラザロを捕らえることはできないわ。相手は大勢の部下を抱えてる吸血鬼よ。それを確実に、しかも生きたまま捕らえなきゃならないなら、わたしたちが協力しないと」
「協力だ? そういうのは、信頼関係が構築されてから口にできるもんだろうが。俺はおまえらの隊を信頼してない。ギリギリ前線に引っ張っていいと思ってるのは綾塚沙耶、鵠美穂、氷姫幸宏、上條真樹夫、里中葵の五人だけだ。それ以外のやつは必要ないし、居ても邪魔だ」
 名指しされた者も、そうでない者も、早見の隊の人間のほとんどが困惑の表情を浮かべる。
「悪いがな、俺は早見さん抜きで仕事する気はねえよ。それとも、正当な理由でもあんのか?」
 蜂谷を睨みつけながら幸宏が言った。
「早見、おまえには吸血鬼の息子がいるだろ」
「なにが言いたいの?」
「俺がおまえを信用できない理由だ。身内に吸血鬼がいるだけならまだしも、毎月面会して顔合わせて……未だに人間と同じように接してやがる。除外したのは、的な理由だよ」
「あなたにあの子のとこをとやかく言われる筋合いはないわ!」
 立ち上がり、激昂する早見の声に、室内が一瞬だけ静まり返る。
「いや、関係あるさ、あるね。あんたが同情して引き金を引くのを躊躇したら、こっちが困るんだよ」
「そんなことはしない。仕事とプライベートは切り離せます」
 現に早見は、ショッピングモールの件で吸血鬼を射殺していた。収容所に空きがないという理由で、息子と変わらぬ年齢の少年を。蜂谷がそれを承知したうえで早見を外したとするなら、少しでも吸血鬼の肩を持ちそうな人間は彼から弾かれることになる。
「上からの命令で息子を殺せって言われたら? 愛銃の引き金を引いて、我が子の頭をレーザーで焼き切れんのか? 肉が焼ける臭いがして、次に身体が灰になる──それをちゃんと受け入れんのか?」
 早見はなにも言わなかった。ただ、蜂谷を睨みつけたまま、微動だにしない。怒りに満ちたその顔は、男女の体格差関係なしに、彼に殴りかかることも厭わない、そんな表情だった。ここまで激怒してる早見を見たのは、あんじゅは初めてだった。
 しばらくお互いに膠着状態だったが、先に折れたのは早見だった。怒りを吐き出すように息を吐くと、うんざりした様子で着席した。
「さて、他に外した理由なら語ってやるよ。永遠宮の件を考えたら柚村は論外だ、後方で待機してろ。トランプでも持ってきとけ」
「蜂谷さん! 柚村さんはUNO派っす!」
「……おまえも柚村と仲良く後方で待機してろ。前線に来たら撃ち殺すぞ相澤」
 どうでもいい横槍を入れた桃に蜂谷はかなりご立腹な様子だった。青筋が浮き出てるのが、少し離れていてもわかる。
「桃ちゃん、空気読もうぜ」
 鷲取に言われて、相澤桃は不服に口を開こうとするが、蜂谷が机を叩いたため、言葉を引っ込めた。
 この張り詰めた空気の中で、次に蜂谷のターゲットにされたのはあんじゅだった。
「霧峰あんじゅ。おまえも論外だ。長距離狙撃の腕は確かだが、不安定すぎる。狙撃手スナイパーは一人でいい」
 気だるげに紙くずを放り投げるような物言いだった。
「吸血鬼を殺して、良心の呵責に苦しむようなまともな人間は必要ねえんだよ」
 あんじゅはなにも言わなかった。彼になにかを言ったところで、どうにかなることではない。蜂谷隊長が早見との協力を拒否したのならば、自分が無理に前線に出てもこじらせるだけだ。
 もっとも、仮に彼が吸血鬼に襲われたとして、自分の腕を使って助けないわけではない。そこまで下品な人間性は、持ち合わせてはいない。
「そこの怪我人もだ。自己管理もできない新人なんざ足手まといもいいところだ。吸血鬼になって誰かを襲う前に辞めちまえ」
 蜂谷はカイエをボロクソに罵るものの、カイエは蜂谷を一瞥しただけで、特に反応はしない。
 あんじゅは隣に座る京をちらりと見た。京も同じように見返してくる。「彼っていつもこうなんですか?」「ああ、あれで」と。
 目で飛ばす物言わぬ会話を刹那で終えると、あんじゅは前を向く。正面に座る右京飛鳥がタブレット端末を弄っていた。彼女の口にはいつのまにか、加熱式たばこが咥えられていた。
「配置は決めるがドローンの指示は『技術班』連中に任せる。とりあえず、氷姫はうちの──」
「おい、待てよ」
 幸宏が蜂谷の声を遮る。
「俺の隊長は早見さんだけだ。あんたじゃない。クソみたいな指図なんか受けてたまるか」
「ならいい。おまえも後ろで遊んでろ」
 目を合わせず、どうでもよさげに蜂谷は言う。
 そうして、作戦の概要を蜂谷は伝えた。あんじゅたちは蚊帳の外にされ、協力とも打ち合わせとも言えない時間が流れる。
 しばらくして戻ってきた矢島に飛鳥と恵梨香がタブレットで配置などの流れを伝える。不参加の隊員がいることに対して、矢島は特になにも言及することなく、承諾した。
 会議は予定していた時間よりも早く終わった。装備を整えにあんじゅたちは自分の武器が収められてる隊の厳重管理倉庫に向かう。
 メインとサブの武器と予備の弾丸、暗視装置、その他の装備を整えると、あんじゅはシャワールームに向かう。一日の汚れを落とし終えてから、仮眠室に向かう。そのまま熱と疲れのこもった体を眠りに落とした。
 そうして夜の闇が開けるよりも、太陽が昇るよりも早く、あんじゅはアラーム通りに目を醒ました。




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