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 隊の全員でミーティングルームに向かうと、先客が一人いた。髪をスリーサイドアップにまとめた女性が、タブレット端末を操作しながら座っている。その手には大きな火傷の痕が見えた。
「あの……」
 早見に声をかけられて、女性は顔を上げた。
「こんにちは、蜂谷さんのところの人ですか?」
 女性は頷くと、端末を持ったまま早見の元へとやってきた。
「よろしく。早見隊の隊長の早見玲奈です」
 早見は自己紹介を終えるが、女性の方は無言のままタブレットの操作を続けていた。
 その様子を見た美穂が、早見の後ろで露骨に嫌な顔をして睨みつけた。
「あんたねえ、失礼だと思わないの? ずっとタブレット触ってばっかりで」
 そう言われた女性は美穂を一瞥しただけで、再び液晶に指を滑らせる。
「ちょっと!」
「ま、待ってください鵠さん」
 詰め寄ろうとした美穂をあんじゅは止めにかかる。
 そのとき、タブレットの画面が見せつけられた。

 こんにちは、蜂谷隊の副隊長の右京うきょう飛鳥あすかです。担当は『戦術班』。使用武器はアーチェリーです。
 今回は合同の作戦ということで、よろしくお願い致します。内容については後ほど隊長から。
 わたしは、声は出せません。二年前、吸血鬼に声帯ごと食いちぎられてしまったので。不快にさせたら申し訳ありません。
 なにかありましたら、手話か双子の妹の右京うきょう恵梨香えりかの方に連絡願えますか。

 メモアプリの文書を隊の全員の目に届けると、飛鳥は早見たちの席の場所まで案内する。何人かは飛鳥に対して同情的な視線を向けていた。
 席に着く間際に、幸宏が飛鳥に手話でコミニュケーションを試みていたのが見えた。
「氷姫さん、手話できたんですか?」
「自己紹介しかわかんねえけど、愛に教えてもらったやつだよ」
「そうなんですか、仲がいいですね」
 幸宏の自己紹介に飛鳥も手話で返す。細かいニュアンスはわからないが、きっと「よろしく」を表しているのだろう。
「霧峰ちゃんも、俺みたいないい男みつけなよ」
「まあ、素敵な人がいれば」
 あんじゅがそう言うと、後ろから葵が耳打ちしてきた。
「いい男って、ナース服云々で興奮するものなんですか?」
 あんじゅはコメントに困った。
 席に座ろうとしたところで、美穂が居心地悪そうな面持ちで飛鳥に近づいていくのが見えた。
「さっきは、悪かったわよ。ごめん」
 飛鳥は笑顔を作ると、気にしてない、と素早くメモに打ち込んでいた。
 そうして、全員が着席する。対岸の方の蜂谷隊のテーブルには飛鳥だけが腰掛けており、再びタブレット端末の操作に勤しんでいた。飛鳥の肌は白く雪のようだった。腕は火傷痕で変色しているが。化粧も薄く、天然の美貌を思わせるその容姿を、あんじゅは少し羨ましく思った。
「火傷は吸血鬼に?」
 カイエが訊ねると、飛鳥は端末を素早く操作した。

 高校のときに、恋人にやられました。
 仕返しにゴルフクラブで両膝をスルフイングしてへし折ってやりました

「……そうですか」
 カイエにそう言われると、飛鳥は少し微笑んだ。
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