118 / 163
Aftermath
116.Explanation5
しおりを挟む羅城光一郎が口にした言葉は、まるで異国の言語のように聞こえた。
「あの……待ってください。殺せって、言いましたか?」
「そうだ。灰にしてかまわん」
二度確認したことが煩わしいように、羅城は言う。
「どうしてですか? そもそも、風香が生きてるかどうかも……」
あんじゅの言葉を遮るように、羅城は一枚の写真を見せた。
写真に写っていたのは、長髪で茶髪の女性だった。サングラスをかけた女性は、カフェで白人男性とやりとりしている様子だった。
あんじゅは写真を手に取ると凝視した。
「イギリスのMI6の対吸血鬼テロ諜報部が撮ったものだ。本来のターゲットは隣に座るこの男だった。これが撮れたのは偶然だ」
そして、羅城はもう一枚写真を取り出す。今度は女性がサングラスを外して、笑顔で男と握手を交わしていた。微笑んだ口の隙間からは、吸血鬼特有の二本の牙が見える。
「風香……?」
思わず名前を口にした。写真の女性には、中学生の頃の羅城風香の面影が色濃く見えている。
「これは去年のものだ。そして先月、日本に入国したことが確認された」
「え? でも、吸血鬼が入国するなんて……」
「裏ルートだ。正規では普通の吸血鬼も能力種も入れないように厳重な警備体制を敷いている。航空機や船舶を吸血鬼の都に変えられたくはないからな」
「あの……隣に座っている男は誰ですか?」
「それについては、話すことはない」
厳しい口調にあんじゅはそれ以上なにも言えず、話を戻した。
「風香が……彼女が入国したということは、手引きした人がいるってことですか?」
「吸血鬼を出入国させるには、橋渡しの仲介人がいる。仲介人の名前はラザロ・マッギル。聞き覚えはあるだろう?」
その名前を聞き、あんじゅは瞠目する。囮捜査で逃した──人身売買を行っていた──あの吸血鬼。
「早見隊……いや、あのときは室積の隊だったな。ともかく、君の隊がラザロの仕事を潰した後で、評判はガタ落ちした。今は同じ吸血鬼相手の密入国商売でなんとか体制を保っている感じだ」
羅城はそう言うと写真を回収する。
「風香が生きてるのはわかりました。でも、どうしてですか?」
「なにがだ?」
「父親なのに、どうして殺せだなんて……そんなこと」
「これはもう私の娘ではない。接触の可能性が高いのが君だと考えた。だからこうやって託けているのだ」
これ。まるで物のように、煩わしい存在のように語る羅城。口にすることすら汚らわしいように。
あんじゅの胸の中に憤りと困惑、そして悲愴の念が渦巻いた。
「なんで……なんでそんなこと言えるんですか? 父親なんですよね!? なんで、殺せなんて……!」
様々なことが脳裏に浮かんできた。配属初日に向かった現場、モールの悲劇に巻き込まれた篠田親子。永遠宮千尋が庇っていた吸血鬼の子どもたち。
「おかしいじゃないですか! 会って話したいこととか、生きていてよかったとか……そういう言葉は──」
「悪いが、風香は羅城の家系の汚点だ。汚らわしい化け物を娘と呼ぶ気にはならん」
断するように言う羅城に、あんじゅは言葉を失う。親子の情が備わっている前提での会話は、無駄であることを痛感した。
感情をどこにぶつけていいかわからず、あんじゅは俯く。
「羅城家は、代々吸血鬼を狩ってきた家系だ。それこそ、吸血鬼が公表される前──人々が最初に接触した第二次世界大戦以前からだ」
あんじゅは羅城光一郎の顔を見る。冷たい眼光と、淡々とした口調。まるで、機械仕掛けの人形のようだった。
「何代と続く我が家の血を吸血鬼で汚したのは、風香が初めてだ。吸血鬼になっても自害もせず生き続ける恥知らずなど、迷惑なのだよ」
もはや、なにかを言ったところで羅城光一郎が考えを変えることはないのだろうと、確信した。
そこからは、なにを話したのか詳しくは覚えていない。ただ、黒川副局長との話よりも短い時間で、事は切り上げられた。
「大丈夫? あんじゅちゃん……なんだか疲れてない?」
オフィスに戻ると、早見から一言かけられた。早見以外の他の隊員はまだカウンセリングから戻っていないらしい。
「いえ……大丈夫です」
「なんか、カウンセリング前よりやつれてない?」
「いえ、そんなことは……」
顔を覗きこみ、じっと見てくる早見にどこか照れ臭くなり、あんじゅは目をそらす。
「あー、目をそらしたわね。恥ずかしがってるの? もう、可愛いわね」
早見はそう言うと、あんじゅの頭を撫でた。髪がくしゃくしゃになりながらも、どこか安心感が生まれてきた。
「うーん、やっぱり撫でてるとカイエとは手触り違うわね」
「……あっちは坊主ですから」
「あはは、そりゃそうね」
心が落ち着いてきた。早見もそれを感じたのか、手を離す。
「まっ、なにかあったら相談だけでもしてね。もちろん、プライベートのこととか、あんじゅちゃんの気になる意中の人とかでもね」
「意中の人なんていませんよ……」
そういえば、とあんじゅは思い出す。
「早見さん、お子さんいるんですよね?」
以前の飲み会のときに語っていた。吸血鬼の息子がいると。
「んー? どうしたの急に?」
「いえ……その……親子仲はいいんですか?」
「うーん、最悪ね。明日は久しぶりに会いに行くけど」
そう言うと、早見は嬉しそうにはにかむ。
「午前中に収容所に行って、午後から出勤するから。沙耶ちゃんに伝えておいて。午前中は沙耶ちゃんがボスだから、任せたわよってね」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる