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「それじゃあ、元気でね」
「ああ、叔母さんも」

 出発する前に、透は沙織と二人きりで話す機会を得た。正月休みの親戚の集まりみたいに、会えるような時代ではない。今この瞬間が最後になっても不思議ではないのだ。とはいっても、前回会ってから数ヶ月と経ってない。今回はさすがに前と違って食料は分けてはもらえなかった。

「ねえ、透」
「なんですか?」
「やっぱり、島に来ない?」

 叔母の言葉に、透はすぐに返事を返さない。胸の内を正直に明かせば、島に行くことに乗り気ではなかった。黙っていても、それが伝わったのか、沙織はどこか寂しそうな面持ちで透を見る。

「あの腐れ死体たちはいないし、学校もあるわ。真穂ちゃんと年相応の青春を過ごすのも、悪くないと思うけど」

 普通に学校に通い、普通の暮らしをする。そうして、死者たちから、命の危険から切り離された世界で過ごすことを、沙織は望んでいる。それは、透もよくわかっていた。親族なら、そんな気持ちを抱くのはなんらおかしくはない。

「ごめんなさい」

 それでも、透は提案を受け入れなかった。
 島に行けば、今よりも平和なことはわかっている。寝床や食料の調達の心配も、死者以外のならず者に怯えて生きることもない。

「まだ、一人でぶらぶらしたいんで」

 透は胸の内の多くを語らなかった。
 平和だったときから、大勢とは馴染めないことを透はどこかで感じ取っていた。だから、こうして危険な旅を選択する方に、心は傾いてしまう。
 集団と過ごして、その中で生まれる空気が、透は嫌いだった。守られてる生活に慣れれば、文句の一つも出てくるだろう。そんな自分に成るのも、透は嫌だった。自分が嫌ってるものに、自分がなりたくないから、だから旅をするのだ。
 きっとこれが自分なりの反抗期なのだろうと、透は思うようにした。

「透は良くても、あの子は?」
「あいつは……行きたきゃ行けばいい。そうしたら、俺も魔法とか贅沢言わずに一人で生きてくよ」

 真穂が実際どうしたいのかは、透にはよくわかっていない。あの日から当たり前のように一緒に居るが、本当はどうしたいのか、真穂の口から直接聞いたことはなかった。

「強くは言えないわね」

 沙織は、残念そうな気持ちを見せて笑う。

 ずっと前から沙織は透の意思を尊重してくれていた。アドバイスや自身の気持ちは伝えるものの、プレッシャーを与えたり、強制したりする物言いではない。だから、透も素直に叔母の気持ちを受け取ることができた。それでいて、億劫なく自分の気持ちを伝えることができる。

「わたしが一番危惧してるのは、いつか空から下を見たときに、ゾンビの連中の中にあんたが違和感なく混ざってることよ。それは、避けたいの」

 沙織の言葉に透は静かに頷く。もしも逆の立場なら、自分だって心配しただろう。きっと、無理矢理でもヘリに乗せてたかもしれない。
 沙織はそれ以上引き止める言葉を言うことはなく、笑顔を見せた。

「あんたと真穂ちゃんの居場所は、わたしが用意しとく。だから、疲れたらいつでも帰ってきていいんだからね」
「ありがとう……叔母さん」

 それから少しして、真穂がやってきた。嘘だ、と言ったことを引きずってはないが、瞳の奥のトゲのようなものを透は感じた。

「橘くん、そろそろ行きましょう」

 柔らかな表情で真穂は言う。真穂の感情がどうなってるのかわからず、透は反応に困った。真穂が沙織とハグをし終えて箒に跨る。

「真穂ちゃん、透をよろしくね」
「はい! 任せてください! 橘くんのひねくれた性格はわたしが叩きなおします!」

 ハキハキと元気よく答える真穂。透はそれを無視して箒に跨る。ふわり、と足が屋上から離れた。屋上に残っていた子どもたちが手を振るのが見えた。

「二人とも──」

 沙織の大きな声が下から聞こえてきた。

「風邪引くなよ!」

 手を振る沙織に、透と真穂も同じように振り返す。


 ○


「真穂」
「なんですか?」
「まだ怒ってるか?」
「別に……いえ、嘘です。ちょっとモヤモヤっとしてます」

 真穂は振り返ると、わざとらしく不機嫌そうな顔を作る。怒ってますと、見せつけるように。いつもなら「ウザい」の一言で済ます透だが、今日はそんなことを口にする気にはなれなかった

「悪かったよ。そこまで怒ると思わなかった」
「え?」

 真穂が振り返った。

「橘くんが、わたしに謝った……? 熱でもあるんですか?」
「おい、おまえ俺をどういうふうに見てんだ」
「だって……橘くんは、謝るくらいなら死ぬほうを選ぶプライドの塊じゃないですか」

 真穂はそう言って笑う。その笑顔にはもう余計な感情は混じってはなかった。

「じゃあ、次に食料品を見つけたら、わたしの取り分は選ばせてもらいますから。それで、チャラにしてあげます」
「わかった」
「よっしゃ!」

 真穂は片手を箒から放して、ガッツポーズをする。

「あと、レンタル店見つけたら寄らせてもらいますね。まだまだ観たい海外ドラマがたくさんありますから」
「へいへい」
「そうだ! 橘くんも、是非とも観ましょうよ」

 真穂の提案に、透は顔をしかめた。

「いや……ああいうのって何話もあんだろ、別にいいよ」
「えー! 面白いですよ! ハマれば続きが気になって寝れなくなるんですから!」

 空の上で、太陽に照らされながら、魔女は熱く語る。透は聞き流しながら、地上の景色を眺めた。

 大通りを埋め尽くすほどの死者の群れが、助けを求めるかのように空に手を伸ばしていた。

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