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35.DEPARTURE

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『それで、名前は……?』
『牛尾……牛尾うしお龍二りゅうじ……』

 パンデミックから二ヶ月後、と書かれたタイトルの動画を透は見ていた。
 瑠衣が撮ったであろう動画内では、成人男性がソファに倒れ込んでいた。男性の腕は、おかしな方向に向いている。折れているのは明白だった。

『そう、牛尾さんね。わたしは姫川瑠衣……えっと、仕事は……そうね、名前決めてないけどジャーナリストが近いかな』
『ジャーナリスト?』
『ええ、そうね……世紀末ジャーナリストって職業。変かしら?』
『いや……あんたが通りかかってくれなかったら……食われてたよ、ありがとうジャーナリストさん』
『それはどうも。一つアドバイスするなら、病院に行った方がいいわよ。昨日行ったところがまだ機能してるはずだし、案内するから』
『なあ、待ってくれ頼みがある!』

 男性は折れてない方の手で瑠衣を掴む。瑠衣の驚いた声が流れた。

『家に妹がいる。一人じゃ、生きていけない……だから行かないと』
『ちょ、ちょい! その怪我じゃ無理だって!』
『ああ……クソッ……行かないと……』
『今病院に連れてくわ……この近くにあるし、まだ機能してるから』
『……すまん、俺はもう無理かもしれん』
『大丈夫よ、噛まれてないもの。まだ生きてる』

 弱気になった男性は、瑠衣に励まされていた。そのとき、カメラに気がついたのか、男はレンズの方に真剣な面持ちを向けてきた。

『なあ、撮ってるならこれを見せて誰かに伝えてくれないか……妹に、あかねって名前なんだ! マンションの最上階の、俺の家に……場所は……』
『わかったわ、とにかく病院行きましょ。足は無事でしょ? ほら、立って』

「橘くん」

 箒を手にした真穂が現れた。透は動画を止めた。

「どうした?」
「そろそろ出発しましょう」
「……ああ」

 透はパソコンを閉じて真穂に渡す。
 真穂は指を一振り。そして、魔法陣を作るとパソコンをしまった。

「魔力は?」
「神社の方でチャージできました。少しだけですが、空も飛べますよ」
「じゃあ、久しぶりにお願いしていいか?」
「もちろん! 表で準備してきますから、急いでくださいね」

 真穂は満面の笑みを浮かべて部屋を後にした。

 透は拠点にしていた施設の事務所を振り返る。この場所に滞在して、いろんな事があった。次の場所では、何もないことを祈る。誰にも会わずに、静かに過ごせるように。

 透の視界の端に、固まっていた血が見えた。他の埃や汚れと違って、それはまだ真新しい、新しくできたばかりの血だった。
 透はしばらくそれを見つめる。

「……行ってきます」

 さよならは口にしない。それは、寂しさをまとう言葉だから。

 透は拠点を後にする。天井に書かれた甘い食べ物の絵たちが、それを見送った。
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