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世紀末のジャーナリスト
22.Alone
しおりを挟む高校の中は、小さな集落になっていた。
校庭にはテントが建てられたり、キャンピングカーが停車している。どうやら、あれの一つ一つが家のようだ。洗濯物が干されたり、鉢やプランターに水をあげたりして、生活の様子が見て取れる。
校庭の一角には飼育小屋と元々飼っていたのであろうニワトリの姿も見えたので、卵の鮮度は保証されてそうだ。それに農園みたいなスペースもある。
校舎の中にも部屋があることを考えれば、中々大きな拠点だろう。
「ここって、何人くらいいるんですか?」
「そうね、取材した感じだと百人以上はいるわね」
「おおっ、今まで見てきたコミュニティでは最大規模ですね、橘くん」
「ああ……そうだな」
「どうかしましたか?」
「別に」
すれ違う住人の一部は透と同じ学生だった。こんな世界になっても制服を着用していて、律儀に節度を保っているから、わかりやすい。
彼らは新しい訪問者をちらちらと見てくる。自分たちと同じくらいの年齢の、外から来た男女にはやはり興味を惹かれるのだろう。その視線に透は辟易させられる。
「なんか見られてますよ、転校生みたいな気分ですね」
一方で真穂は視線など気にせずなんのその。毎回すれ違う人に笑顔で手を振っていた。
「終わったら帰るぞ」
「わかってますよ。でも、懐かしくないですか? 学校なんて、久しぶりですし」
「全然」
透の冷めた反応に真穂はため息をつく。
「ああ……橘くんが引きこもりになった理由、わたしはわかりましたよ」
「は?」
「クラスに可愛い子が居ればウッキウキルンルンで登校してたでしょうに。そうすれば、灰色の青春もバラ色に輝いてたはずです! 可愛い魔女みたいな子がいれば!」
「おまえじゃねえのは確かだな」
「ちょ……わたしはゾンビよりは可愛いですって!!」
「比べるハードル低いな」
「ほらほらー、二人ともイチャイチャしてないで行くよー」
瑠衣に手招きされ、透たちは校舎の中へと進む。
かつて多くの学生が一つの部屋で過ごしたであろう場所は、カーテンが仕切られて簡易的な部屋にされていたり、以前と同じように机と椅子が並べられたままだったり様々だった。
校長と彼の護衛(?)の生徒に案内され、一階の売店にたどり着く。そこには中世の憲兵よろしく、不審者用のサスマタを持った生徒が立っていた。
「それで、なんでしたっけ?」
「卵とホットケーキミックスと油ありますか? あとホットプレートも借りていいかしら」
「探せばあると思いますよ。ただし、物々交換になりますがね。紙幣を出されても使い道がないので」
「あと、ガソリンも」
「ガソリン?」
クレープに使うつもりなのかと、透は眉をひそめた。
「発電機用の燃料にね」
「発電機は全部使ってますので……」校長は困り顔で言った。「まあ、近くの工事現場に行けばなにかしらあるでしょう。発電機に使うガソリンが不足してますが……」
「わたし達が取ってきますよ!」
人助けのチャンス、と言わんばかりに真穂が目を輝かせて言った。
「おまえなあ……」
「いいじゃないですか。必要なものがあれば言ってください。タダで持って──」
透は真穂の口を塞ぐ。
魔力の節約をしなければならないのに、報酬無しのお使いクエストなんてごめんだった。
「物々交換ですよね?」
「ええ。一応わたしと売店の管理者で見定めさせてもらいますので」
透は売店の管理者と校長の歯をちらりと見た。ヤニで黄ばんでいるところを見れば、これは喜ばれるだろう。
「タバコのカートン二箱で、とりあえず卵と砂糖とホットケーキミックスと水と非常食」
「あ、あと野菜も。屋上で育ててるでしょ?」
割り込んできた瑠衣を透はちらりと見た。瑠衣の方はウインクして誤魔化そうとする。
「野菜無しで」
「こらこら! 透くんはクレープ食べたくないの?」
「別にそこまで。ていうか、野菜なんていりますか?」
「必要よ。栄養は大事なんだから」
「けど……」
「いいでしょ。もしかして野菜嫌いなの?」
「そういうわけじゃ……まあいいですけど」
しぶしぶ透はタバコのカートンを渡す。
「タバコか……いいね。この銘柄は昔吸ってたよ」
「禁煙になってからはなかなか吸えなくなりましたからね」
「今も喫煙所以外じゃ吸っちゃダメですよ、校長先生」
生徒からの指摘に校長は笑って誤魔化す。
校長と中年の売店の管理者がタバコと食料相場を見定めている間、透は視線を感じていた。
生徒たちがこちらを見ている。不服極まりない顔で。嗜好品と食料ではイコールではないのだろう。だけど、平等な取り引きなんて物自体がそもそも幻なのだ。そんなものは詭弁で存在しない。
現に校長は悩んでいた。タバコという存在がよほど恋しいのだろう。少しして食料を提供されたところで、透は一言かけた。
「もうひと押しできないですかね?」
「うーむ……」
「電池とかはどうです? 充電式のやつならたくさん回収してるんで。あとは、粉ミルクとか」
透は自分たちにあまり必要のないものを取り出す。物々交換をするこういうときのために、要らないものも取ってあった。
「在庫に無いものがけっこうありますね、いいでしょう」
交渉成立。カートン二箱といくつかの物資を渡して食料と水を交換できた。貰ったものはチョコレートやラーメン、それにレトルトのカレーなど保存の利くものばかりだし、しばらくは大丈夫だろう。
「橘くん、さすがに貰いすぎじゃないですか?」
「自分たちで栽培してんだから大丈夫だろ」
「けど、ラーメンとかはさすがにもう食べれなさそうですし……」
「長持ちする食べ物の方がいいだろ」
透が言うと、一人の生徒が前に出た。
「その子の言う通りだ。悪いけどタバコに対して食料とかは……せめて他のにしてくれないか?」
「なんでだよ」
「今じゃ加工食品は貴重なんだよ。外の世界にいたんならわかんだろ。もうラーメンとか缶詰はそのうち食えなくなるんだ」
「タバコだって貴重だろ? 俺は吸わねえからわかんねえけどさ。それに、あんたら見たところそれなりに食料栽培してんだから、このくらいいいだろ。お互いに需要と供給は満たしたんだし」
取り引きに口を出すなと言わんばかりに、透は素っ気なく言った。
「おまえら、外を歩いている連中のくせに……」
「だから?」
「意地汚いハイエナめ」
「は?」
「た、橘くん。揉め事は……」
真穂が止めようとするが、透はその手を振り払う。
「あの死人たちから逃げて生き延びるためになんでもしてんだろ? 人には言えないことをたくさんな」
「校長たちがタバコとの交換で納得してんなら、別にいいだろ。いつまでも文明維持して前の世界から離れることできない温室育ちは黙っててもらえますかね」
とりあえず突っかかりたいタイプだと見た透は、それに乗った。文句があるのなら、こちらじゃなく、自分たちの長に言えばいいのに。
売店の見張りと、校長の付き添いをしていた生徒たちが一斉に透に敵意の目を向けてきた。
「校長、やっぱり取り引きはなしにしましょうよ!」
「しかし、充電式の電池はここにはないし。それにこの前赤ん坊が産まれた家族がいますから……粉ミルクは貴重だと思いますよ」
「だったら、タバコ意外で──」
「なら、取り引き無しだ。タバコは貴重だしな、別の買い手を探すよ」
透はすかさず言って、提供する予定だった物資を仕舞おうとする。
すると、真穂が透はの服を引っ張った。
「橘くん、粉ミルクはあげてもいいんじゃないですか? せっかく赤ちゃんがいるんですから」
「おまえそれこの前の二の舞だろ」
「こ、この人たちは大丈夫ですよ、悪い人じゃないと思います!」
別の男子生徒が真穂に声をかけてきた。
「ねえ、あんたもさ、こいつと外の世界で大変な目に合うよりは、ここで平和に過ごそうぜ。なんでそいつといるの?」
「リュックとか荷物入れほとんど無いけど、どんな生活してるの? 大丈夫?」
大きな荷物は魔法で別の空間に保管されているため、移動には困ってない。真穂がそれを説明しようとしたので、透は立ちふさがる。この場所にこれ以上留まりたくはなかった。
「他人を蹴落とさなきゃナンパもできねえのかよ」
「ナンパじゃねえよ。あんたこそ、その子を連れ回して、どんな汚いところで寝かせてんだ。男として最低だと思わないのか?」
「別に」
「ちょいちょいっ!? 橘くん! そこはもうちょっと配慮してくださいよ!」
真穂がツッコミを入れても、空気は穏やかにはならなかった。
見かねた瑠衣が手を叩いて注目を集める。
「はいはい、そこまで。橘くんも、熱くならないで。わたしたちは、クレープ作りに来たんだから。そこの学生さんたちも、食べたいっしょ?」
瑠衣の言葉に生徒は期待を寄せた目を見せる。まるで、彼らの先生のように、瑠衣は生徒たちをまとめあげた。
透はバットを手に売店から出た。真穂が慌ててその後をついていく。
「橘くん、あの──」
声をかけようとした真穂に、透の小さなつぶやきが聞こえた。
「だから集団は嫌なんだよ」
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