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世紀末のジャーナリスト

18.世紀末のジャーナリスト

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 透は物資を探すついでに、ある場所を目指した。この場所に立ち寄るのは二度目になる。一度目は、二階から侵入してえらい目にあったあの日。二度目は前回の日から一夜明けた日に、改めて物資を調達するために。
 まともに回収できたのは粉ミルクくらいだったが。

「なんかねえのかよ、ここ」

 ゴロツキたちが拠点にしていたパチンコ店の中は、嵐が過ぎ去ったかのように荒れ果てていた。ところどころに真新しい血だまりができており、他の個体よりもな死者たちが何人か歩いている。
 透はその全員と面識があった。あの日、彼らの賭けの対象にされ、死にかけた夜。
 連中に物資は奪われたままだが、何か残されてるのではないかと思って、透はこの場所に舞い戻ってきた。

 真穂がいればなにかと便利だったが、透は彼女をここに連れて行くことをしなかった。終始辛気くさそうな表情をされるのが目に見えているから。粉ミルクを持って帰ったときも、顔に少しばかり影を落としていた。

 死者が一人、透の進路を塞ぐ。大男に付き添っていた、背の低いチンピラだった。今ではすっかり顔が食いちぎられて元の肌がほとんど見えてない。眼球も取れかかっている。

 透はその死者をバットで外に飛ばす。

 結局、今回の探索で見つかったのは、パチンコ台の裏に隠されていたタバコのカートン二箱だけだった。


 ○


 手持ち無沙汰のまま廃墟と化した街を歩いていると、透は奇妙な光景を目にした。
 死者たちの群れがバスを囲っていた。まるで、とんでもないVIP待遇の人間が中に乗っているかのように。
 そのバスの上では一人の女性が四苦八苦していた。
 女性はまだ、死んでない。見たところ噛まれてもない。長い髪をポニーテールにまとめ、首からカメラをぶら下げて、メガネをかけている。その姿は、まるで身体を張って世界の混乱を伝えようとするアナウンサーのように思えた。

「あっ!」

 様子をうかがっていた透に気がついた女性は、大きく手を振る。女性の両手とポニーテールがゆらゆらと透を呼んだ。

「ねえ、きみ! 助けてくれる!?」

 透はため息をつく。もう少し様子見をするつもりだったのだが、先に向こうに気がつかれてしまった。こうなれば、見て見ぬ振りはできない。いっそ両手を出して死者の演技でもしていようか。
 真穂の視認拒否の魔法が、多少なり生きてる人間相手にも有効ならな、と透は思った。

「ちょっと! 無視するの!? こらー!!」

 この世界で生存者を見かけたとき、そして話しかけられたときには、確認しなければならないことがある。
 相手が善人か、それとも悪人か、もしくは羊の皮を被った狼か。その素性を知ることが自分たちの生存率をぐっと上げることになるのだから。
 透は女性をじっと見据えた。武器はない。手にしているのはカメラだけ。こんな荒廃した世界の中でいったい何を撮ってるのだろうか。

「ねえー! そこのきみっ、少年っ! ヘルプだってば! 日本語通じる!? えーっと、タスケテクダサイ!」
「通じてるよ。あんたそこでなにしてんですか?」
「ああ、よかった。ねえ、ゾンビを少しだけ誘導してもらえる? 逃げたのはいいけど降りるに降りれなくて」
「いいけど、見返りは?」
若者ね。あんまりあげれるものないから……?」
「……別にいい」

 さすがにその手の案に二つ返事は返さなかった。

「草食系男子ね」

 小言を無視して透はバットを握りしめると、死者たちの目の前に立つ。

「ちょっと少年!? 危ないって!」
「あんた、とりあえずそこで目立つようにしててくれ」

 女性を掴もうと、手を高く伸ばす腐った死者を、透は後ろから奇襲した。バットで殴り飛ばされた若者のゾンビは、電柱にぶつかった衝撃で身体が真っ二つに裂け、そのままさらに遠くへと転がっていった。
 そんなことが起こっても、死人の群れは唖然とする女性に夢中になっていた。おそらくこの人のは今この瞬間なのだろう、と透はジョークを考えた。

「そらよっと……!」

 透はゾンビを次々と吹っ飛ばしていく。十メートル先のショーウィンドウの中に、何体かホールインワンを決めた。返り血を少し浴びながらも、透はバスを囲っていた二十体ほどのゾンビ全てを葬り去った。

「終わったよ」

 口を開け唖然としている女性に呼びかけると、彼女は登山用のリュックを担いで、バスに衝突していたパトカーを伝って降りてきた。

「少年、きみの手にしてるバットってもしかして米軍の極秘兵器……?」
「いや、
「ちょっと触っていい?」

 そういって手を伸ばす女性からバットを遠ざけた。警戒した目で睨むと、私は無害ですよ、と言わんばかりに両手を挙げてきた。

「ていうか、あのゾンビたち、君のこと見向きもしなかったわね。もしかして、お仲間とか?」
「いいから、約束は守ってもらうからな」

 無駄話をする気にはなれなかった。とりあえず物資を、希望が叶うなら食料が手に入れば透はそれでいい。あとは、この幸薄そうな女性に礼を言って回れ右すればいいのだから。

「そうね……えーっと……」

 女性が自分のリュックに手を入れて探そうとしていると、腹の虫が鳴った音がした。

「失礼……昨日からロクなもの食べてなくて。お礼はキャットフードでいい?」
「いや……いい」

 透は肩を落とした。彼女が自分たちより食料を持ってないことは明白だった。助けたのは無駄だったようだ。

「にしても……カメラにビデオとか持ちすぎじゃないか?」

 透は女性がバックから出したのは、死者のうろつくこの世界では、率直に言って役に立たないものばかりだった。カメラの三脚にストロボ、予備のバッテリーにヘッドライト、レコーダー、ノートパソコンに外付けのHDDが揃っている。

「そりゃね。わたしの仕事道具ですから」
「仕事……?」

 透が首を傾げていると、女性が手を差し出してきた。

姫川ひめかわ瑠衣るいよ。自称、世紀末ジャーナリスト。よろしくね」
「世紀末……ジャーナリスト?」
「ええ。ゾンビたちの魔の手から生き延びた人々を取材してるの。さてさて、わたしを救ったバットの少年よ、名前は?」

 ぐいぐいと距離を詰める瑠衣に透は後ずさる。好奇心を剥き出しにする人間に不気味さを感じたのは初めてだった。
 透はふと、考えてしまう。
 もしかしたら面倒な人間を助けたのではないのか、と。
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