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腐り果てた新世界

13.月明かりに笑う

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 透は近くに落ちている物を探す。なんでもいい、それが武器として利用できるのなら。ボロボロのバックパックに、折れた杖、靴。それと人形を持った
 仕切られたこの空間に散らばっているのは、以前に賭けの対象となった人たちの持ち物だということがわかった。

「あいつら……ッ!」

 死者たちと距離を保ちながら、透はゴロツキ連中を睨みつける。

「おい、よそ見すんなよ! 食われちまうぞ!」
「頑張れっ! 頑張れっ!」

 気配を感じた透は死者たちに向き直る。近づいてきた一体を押しのけると、武器を探し始めた。
 赤錆まみれのナイフが見つかった。
 透はそれを構えると死者の一人に刃を突き立てる。ブレードは頭部に刺さり、死者を完全に殺したが、反動で刃が折れてしまった。

「よしっ! いいぞ! もう噛まれて死んでくれよ、頼む!」
「おい! ふざけんなよ! 殺すぞクソガキ!」
「もう一体だけ頑張れー! その後で死んでいいからねー!」

 観客が好き勝手に喚き立てる。
 冗談じゃない。食い殺されてたまるか。
 透は全員を倒す気でいた。死者も。残りが九体、その後は難易度が上がる。だが、勝算がないわけではない。バットだ、あれさえ手に入れば形勢は逆転する。全員を

 透は折れた杖で二体目の死者の頭を刺す。デカいトマトを潰したような感覚が手に伝わってきた。透はさらにもう一体の死者も眠らせる。
 観客たちは歓声と落胆、そして罵詈雑言を好きに吐き散らした。

「クソガキが……ハードモードに変更だ」

 巨漢のリーダーはそう言うと、消火器を取り出して鉄格子から噴出した。一本だけではなく、何本もの消火器を。ピンク色の消化剤が煙幕のように透の視界を遮り始めた。

「マジかよ、イカサマじゃねーか……!」

 視界が完全に遮られた。それでもなお、消火器を噴出する音が聞こえる。一歩先に何があるかもわからない状態で透は折れた杖を構える。

 背中をとられたらマズイ。そう思い壁を探そうとした瞬間、ピンク色の煙をかき分けてきた死者が透に襲いかかってきた。
 寸前で杖を噛ませたものの、押し倒されてしまった。なんとか抜け出そうとした透だが、生きた死体は激しく暴れて透の肉を喰らおうと必死になっている。

 透のすぐそばで足音が聞こえた。マズすぎる、もう一体でも現れたら対処などできない。噛みつかれるのは時間の問題だ。

「ちくしょう……!」

 最期の悪態をつく。噛まれて感染して死者の仲間になるくらいなら、せめて食料を奪い返してに渡してやりたかった。それすらできずに無駄死になんて、あっけない。
 噛まれれば吹っ切れて暴れれるだろうか、透はそんなことを思い抵抗しなくていい理由を、をみつけようとした。

 そのときだった。

 強風が吹き荒れて、消化剤の煙幕を吹き飛ばしていった。視界がクリアになり、透の周りに集まっていた死者たちの姿が露わになった。
 次に透の周りを囲っていた死者たちの身体が

 肉片が壁や天井を汚していく。透も当然汚されたが辛うじて口や目の侵入は防げた。
 ゴロツキたちはなにが起きたのか理解しておらず、武器を手にしたり、威嚇して叫びながらあたりを警戒している。
 透だけは、誰がゾンビたちを吹き飛ばしたのかわかっていた。その仕組みは未だにわからないし、理解できないだろう。それでも世界が終わってからの一年の間に透は何度もこの魔法に助けられた。

「大丈夫ですか、橘くん」

 聞き覚えのある声がした。
 慌てふためくゴロツキどもの雑音に混ざっていてもよく通る、とても綺麗で聞き慣れた、が。
 透は鉄格子の方に向かう。また血と臓物で汚れたせいで足を滑らせそうになった。鉄格子の先、ゴロツキたちのさらに後ろに、見慣れた彼女の姿が見える。

 片手に箒を持ち、そしてもう片方の手で、杖を構えた東雲真穂が立っていた。

「とりあえず、私の友達を返してください。それから、ゆっくりじっくり、お互いが納得いくまで話し合いましょう」

 ゴロツキたちに向けて、凛々しく真穂は微笑む。
 それを演出させるように、背後の満月がスポットライトのごとく、真穂に月光を浴びせていた。
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