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腐り果てた新世界
10.死臭男子とお人好し魔女
しおりを挟む「橘くん、おかえ……臭っ! 腐った肉の臭いがしますよ!」
帰ってきた透を見るなり、真穂はすぐさま鼻をつまんだ。目に涙を浮かべて悶えていたが、死臭いに悩まされているのは透も同じだった。ただ、嗅ぎすぎて透の鼻は麻痺している。
「うるせえ……マジで疲れた」
「おえっ……どんだけバットで吹っ飛ばしたんです? そんなにゾンビ野球楽しかったんですか?」
「ちげえよ」
死者の群れを蹴散らしている途中で、透は腸らしきもので足を滑らせてしまった。そのせいで、葬った死者たちの臓物や肉に突っ込んで行ったのだ。
「噛まれてないですよね?」
「ああ、目とかにも入ってねえ。つーかここ、風呂ねえのか……」
今夜の寝床としてこの建物を選んだのだが、トイレはあっても入浴場所はない。思い切り熱いシャワーでこの死臭を落としたかったが、叶わぬ願いだと知った。
透の記憶だと最後に熱いシャワーを浴びたのは半年以上も前だ。
「ネカフェは……一キロ先にありますね」
真穂が地図を見ながら言った。さすがにその距離を歩く気など透なかった。
「おい真穂、箒貸せ」
「床掃除でもしてくれるんですか? 前も言いましたけど、箒は魔法を習得してる人が操れるんですよ。橘くん一人だと飛べませんから」
透は以前、空飛ぶ箒があまりにも便利だと思ったので真穂に使用許可を得ようとしたことがあった。だが今しがた真穂が告げた理由のために、叶わぬ夢だと知ることになった。
真穂の空飛ぶ箒に乗れるのは所有者本人とその人に掴まる者一名だけなのだ。
「まあ、ぶっちゃけわたしもお風呂入りたいですけどね。前に行った銭湯は湯船が血と腐った肉で悲惨でしたし」
「魔法使いなんだろ? 水くらい出せねえのか?」
透は、真穂が嫌がる表現をわざと口にした。
「だから魔女です! 魔法使いは子どもみたいだからやめてください! あと、DVDをください!」
「ほらよ」
透は肩に張り付いていたどこの臓物かわからないぶよぶよしたものを、真穂に投げつける。真穂は咄嗟に杖を出すと臓物の軌道を壁に変えた。べちゃり、と音がして壁を黒く汚した。
「橘くん、クラスの誰かに性格悪すぎのカスゴミ野郎って言われたことないですか?」
「ない。そもそも高校行ったのは最初のうちだけだ」
「……悲しいですね」
透は今度こそ真穂にDVDを渡すと、タオルで体を吹き始めた。一応真穂に配慮してパーテーションの向こう側で着替えを始める。
「橘くん」
「なんだよ?」
「もしかしてわたしが食料あげたこと、かなり怒ってます?」
仕切りの向こうからの真穂の声は、少しばかりトーンが落ちていた。
「かなりではねえけど。正直いい加減にしろとは思ってるさ」
「やっぱりですか。内臓ぶん投げるとか、普段より当たりがキツいですもん」
いつもそうだった。物々交換の名目なのに真穂は籠城してるグループに食料を多めに与えたり、ときには無償で提供したりしていた。見返りを求めないことも、何度もあった。
奪い合うことが常となっているこの世の中で、真穂は過剰に与えようとしている。自分たちが損をしてまでも。
今のところ本当の危機に陥ったことはないが、それでも物資を誰かに分け与えるほどの余裕なんてない。それは真穂自身もわかっているはずだ。
「なんで度が過ぎた人助けなんかするんだよ?」
あの日から一年経って、東雲真穂の人間性を知ってから、透は初めてこの質問を投げかけた。
「誰かを助ければ、いつか困った時に助けてもらえると思ってますから」
「なんだよそれ、アホか」
「ノートを拾ってあげれば、命が助かることもありますから」
「……ああ、そう」
「自分勝手な生存主義者よりはマシだと思いませんか? 橘くんこそ、自己中な性格をもうちょっと控えてみてください。きっといいことあります」
「お断りだ。自分を犠牲にしてまで痛い思いとか、ひもじい思いとかしたくねえ。ましてやこんな世界で善意もクソもねえだろ」
透は愚痴りながらジーンズを脱ぐ。店で見つけたお気に入りだったが、血生臭くてもはや履けたものではない。ぐっしょりとした気持ち悪い感触が、下着にまで染み込んでいた。
「真穂、パンツあるか? 着替えたいんだけど」
「はいはい……はっ!? まさか……わたしの履く気ですか!?」
「男物に決まってんだろ!」
「あっ……ですよね」
仕切りの上から、包装されている新品のパンツが投げ入れられた。
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