僕たちはまだ人間のまま 2

ヒャク

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第62話「うるさいお口」

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芽依に夕飯を食べさせながら、鷹夜はその日あったこと、会っていた人物たちの説明を始めた。
パソコン画面でブログとアプリでの連絡内容を見せながら、少し恥ずかしそうに、申し訳なさそうに言葉を選んで話す。
夜はもう深く、窓の外からは時折サイレンの音やものすごい速度で走っていく車のエンジンの音がした。
芽依はパソコンのタッチパネルに触れてブログの文字を視線で追いつつ、段々とスクロールして画面を送っていく。
無論、ブログ内での前田と鷹夜のコメントでのやり取りも見せている。

「で、前田さんの恋人が、西宮さん。ブログだとKって名前で出てくる。俺と色々似てるかもって、前田さんが会わせてくれた」
「んー、、」

訝しげな顔をされるのは何となく予想できていたが、ここまでか、と鷹夜は少しハラハラしていた。
話を聞いている芽依は何というか、不機嫌で、鷹夜と視線を合わさず淡々とパソコン画面を見つめている。
反射して瞳に映る画面の光がどこか不満そうだ。
話はもちろん聞いているだろうが、やはり恋人が自分の知らないところで知らない同じゲイ達と会っていたのは中々にこたえているようだった。

(悪かったとは思うけど、、芽依も芽依だしなあ。うーん、また、喧嘩になるかな)

トン、と、キーボードの手前にある小さなタッチパネルに触れていた芽依の指が止まる。

「、、、いいんだけどさ。ほら、俺、いい加減にしろよって感じのことしたし」

画面から顔を離して、少し口を尖らせ、言いづらそうに唇が動いている。

「うん」
「ただ、、ちょっと危ないかな、って、思う。正直。鷹夜くんにもし何かあったら、本当に、俺、」
「分かってる」
「分かってるかもしれないけど!」

悔しそうだったが、こうして鷹夜が誰かに頼らなければならない状況にしたのは自分だと芽依も理解していた。
だからこそ、言葉が詰まる。
苦虫を噛み潰したような微妙な表情をしてから、少し自分を落ち着かせる間を置いて、再び薄く唇を開いた。

「鷹夜くんに何かあったら、嫌だ」

外していた視線を戻し、鷹夜の方を向いた芽依はまた泣きそうな顔になっていた。

「、、うん。ごめん。ちゃんと、今度からは話すよ」

全て察しているのだろう鷹夜は手を伸ばし、話し終わりに不満そうに力を抜いた芽依の肩を撫でる。
少し強張っていた。
余程力が入っていたのだろう、ぎちぎちと音がしそうな感じでしか解れない。
こんな風に身体が固まるくらいにはやるせなさがあるのだろうけれど、それを懸命に堪えて自分が悪かった部分も認めて芽依は鷹夜と話している。
本当に少しずつではあるのだが、彼はこうやって成長していく人間なのだと鷹夜はこのとき腑に落ちた。
ある意味で経験しないと良し悪しが分からない、予測ができない馬鹿ではある。
けれど肌で学べばそれだけきちんと覚え、しっかりと鷹夜のことを考えられるようになる馬鹿なのだ。

「ん、、、俺もごめんね」
「うん、、大丈夫。俺と先に進みたいから色々相談してくれてたんだよね」

身体がガチガチになるほど前田たちと会ったことや自分と鷹夜の関係を知らない誰かに相談されていたことがやるせないくせに、今の芽依の状態は鷹夜が今日取った行動への不満よりも久々に目の前にいる鷹夜と仲直りを果たし、鷹夜の方から触れてくれている事への喜びの方が大きく、謝った後すぐに頭に伸びて髪を撫で始めた自分よりかは小さな手に対してゴロゴロと喉を鳴らしそうなほど満足して、急に上機嫌になってしまった。

(わあ。すぐ機嫌治った)

そして鷹夜はそんな芽依の反応を見逃さない。
頭を撫でた瞬間に満足そうににんまりした芽依の一瞬の隙を見て、手の動きを雑に早くする。
大型犬を撫でるような手つきだ。

「よしよしよしよし」
「ん、んん?嬉しいんだけどなんか違くない?何か、犬扱い?してない?」

鍛えているためにあまり脂肪のない芽依の頬ですら鷹夜の撫の激しさでプルプルと揺れている。

「よーしゃよしゃよしゃよしゃ」
「おい」

鷹夜は鷹夜でやっと胸のつかえが取れたようだった。
遠慮なく芽依の頭を両手でぐしゃぐしゃにして、小さい頃テレビでよく見た「スーパー動物写真家・永江さん」が言っていたセリフを丸パクリして彼を可愛がってやる。
真剣に心配してんのに、とわざとプクッと頬を膨らます芽依に気がつくのに少し時間がかかったくらいだ。
永江さんのモノマネが案外似ていて、夢中になってしまっていた。
しかし一旦芽依の表情に気がつくと、今度は「顔が良いとこんな表情ですら可愛いものなんだな」、と逆に一瞬にしてでれっとした表情になり、猫撫で声でうりゃうりゃと余計に頭を撫でる。
結局、半分程本気で腹が立ったのだろう芽依の頬はパンッパンに膨れてしまった。

「ふはっ!そんな機嫌悪そうな顔すんなよ!」

夕飯の弁当はまだ半分ほどは残っているのにそっちのけで鷹夜に頭をめちゃくちゃにされ、真剣に心配しているのにそれもあまり相手にされなかった芽依。
しかし、自分を見てでれでれしている彼も好きで、腹立たしいのと嬉しいのとで複雑な気分になっていた。

「からかいすぎ」
「可愛いんだって~。そんなになるなら今度一緒に会いに行く?、、あ、違う、ダメか。ごめん忘れてた」

言い終わってからハッとして芽依の頭から手を離し、焦って眉尻を下げながら鷹夜は彼に謝った。
そうだ。
泰清や松本に相談ができる芽依が羨ましくて、前田と西宮に会いに行った鷹夜。
しかし、泰清と松本が共通の友人だからと言って、フェアに前田と西宮を芽依との共通の友人にはできないのだと、はたと思い出したのだった。
何故なら彼らは芸能人ではない。
鷹夜と同じ一般人で、ゲイであることは芸能界よりかは表に出せる。
やっと仕事が戻ってきて、再びブレイクし始めている芽依が鷹夜と言う男の恋人持ちだと言うことが世間一般に知られてはまずい今、リスクを減らす為にも、お互いの為にも、前田と西宮はあくまで鷹夜の知人に留めておくに越したことはないのだ。

「いや、いい!会ってみたい!!」
「え?!」

だと言うのに芽依は目を輝かせながら、しょんぼりして先程まで自分の頭をぐちゃぐちゃにしていた手を下げた鷹夜を見つめ、落とされてしまった手をギュッと両手で握った。

「会ってみたい!!」
「いや。いやいやいや、あのね。リスクとかあるしやめとこ?な?」
「俺だって話聞きたい!!あと、ちゃんと危険じゃないか確かめないと。鷹夜くんに何かされた後じゃ俺の気がどうにかなるし」
「ん~~、言っといて何だけど気乗りしない。信用できるけどふとした時に誰かに話したりしないとも限らないし、口が滑っちゃった、みたいな」
「嫌だ俺は会いに行く」
「話を聞けよ。何なの」
「だってもしかしたら3Pしたいだけかもしれねえじゃん!!!」
「はあ!?」

夕飯は食べなくていいのか?とテーブルの上の容器に一瞬視線を移すが、半分からまったく量が減っていない。

「だってさあ、どうすんの!?鷹夜くんが前田さんに突っ込まれて、鷹夜くんは西宮さんに突っ込んで、サンドイッチみたいな!?、いや、BLTサンド?違う、前田と西宮で間が鷹夜くんだからMTNサンドみたいなこと考えてるヤバい奴らかもしれねえじゃん!?!」
「何言ってんのお前は」
「ぁてっ」

とりあえずもの凄い力で握られた両手の内、何とか右手を芽依の手から抜け出させると、スパンッと頭を叩いておく。
しかし芽依の目は爛々としており、何かこう、変な方向への妄想が治まらないのだと鷹夜は心の中で項垂れる。
これは多分、反対しても反対しても聞かないパターンだ。

「とにかく1回会う!!この先も友達として付き合ってくなら尚更!!俺と鷹夜くんの敵じゃないか判断すんの!!!」

(うるさ)

熱弁する芽依を目の前に肩をすくめ、ハア、と小さくため息をつく。
こうなるともう聞かないだろうから、諦めて2人に会わせるしかない。

(まあでもいいか。多分口は硬い人たちだし、俺としては信用できるし、芽依がこんな調子なのも実際見てもらって、また何かあったら相談乗ってもらいたいし。それに、、、)

チラ、と少し怪しい視線が芽依を見上げる。

「だからね鷹夜くん!!」

そんなことには気が付かず、芽依はまだまだ熱く語る。

「男なんて何考えてんのか分かんないから、本当に!100人単位で乱交する輩だっているって聞いたことあるよ?そう言うのに鷹夜くんを巻き込まれたくないし、そんなことしたら病気になりそうだし、それに、」
「ハイハイ」
「だッ、分かってんの!?マジで、んむッ」

止まらない妄想を食い止めるため。
それから、やっと許しあえた久々の夜を無駄にしないためにも、と鷹夜の唇が芽依のそれを塞いだ。

(それに、セックスだって、まだできてないんだから。ちゃんとできるようになるまではどんな方法があるのかとか、どうしたらもっとリラックスできるかとか、西宮さんに聞かないといけないし)

グッと芽依の肩を押し、キスをしながら彼にのしかかり、床のラグの上にやたらと大きい作りのその身体を押し倒す。
ドサ、と重たいものが倒れる音。
寝転がった芽依を見下ろし、唇を押し付けて逃さないようにして、角度を変えてキスをする。

「ん、ッ、、、鷹夜、くっ、ん」
「ん、食べ終わったの?」

芽依からは天井がよく見えた。
いや、嘘だ。よく見えない。
自分にのしかかって物欲しそうな視線を落としてくる鷹夜から目が離せず、脳には視界のそれ以外からの情報が一切入ってこなかった。

(えろ、、、)

積極的に馬乗りになる鷹夜を見ながら思わず手が伸びて、彼の腰にあるベルトに触れてしまう芽依。

(可愛い、エロい、どうしよう。脱がせたい、乳首見たいし、鷹夜くんのちんこ見たい)

キスしかされていないのに、はあ、と熱い吐息が漏れてしまった。
下腹部が怠い。
脚の間に熱が集まってくる、あの感覚がする。

「た、食べ終わった。ごちそうさま」
「ん」

嘘をついた。
芽依も鷹夜も分かっているが、弁当はまだ半分は残っている。
唐揚げとポテト、それからアイスだって、まだ。
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