僕たちはまだ人間のまま 2

ヒャク

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第50話「前田と西宮」

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鷹夜にとって嬉しかったのは、ビルの7階には入った事のないハンバーガー屋があって、前田も恭次もハンバーガーが好きだと言う共通点もあり、昼食の場所がそこで決定した事だった。

「あ、先輩もう下に着いたらしいです」
「あ、そうなんですね、早い。良かった、、」
「あはは、緊張してますか?僕より多分先輩の方が話しやすいタイプだと思いますよ。そんなに硬くならないで下さい」

前田はヒラヒラっと大きな手を振って鷹夜を和ませようとしてくれている。
しかし、やっと前田の雰囲気を理解してこれから力を抜いていこうと言うときだったので、ここでKがやって来てはまた彼の緊張はピークに達してしまうだろう。

(ダメだ、、初めての人と会うのはホントに無理だ。前田さん1人でも充分頑張ってんのに、、ふぅ)

かいてしまった手汗をズボンでグイと拭いて、肩を上げてストンと一気に力を抜いて落とす。
そうすると、ほんの少しは緊張が解れるように思えた。
注文は既に終えていて、鷹夜はモッツァレラチーズとクリームチーズの入ったダブルチーズバーガーを。前田はパテではなくフライドチキンが挟まっているチキンバーガーを頼んでいた。
飲み物は鷹夜がパインジュース、前田はウーロン茶で、2人ともポテトとオニオンリングのついたランチセットにした。
これで1600円だ。

「高校からってすごいですよね。ずっと付き合ってるんでしたっけ」

緊張からか喉が渇いて、先に貰ったパインジュースを鷹夜はもう半分程飲んでしまっている。

「はい。すごいのかは分からないですけど、何回も別れそうになりながら続いて、何とかここまで来れてますね」

前田はマイペースにウーロン茶を飲んでいる。
店内はウッド調の家具が多く、彼らの他には女性客とカップルが数組いるが、席は離れていた。
隅の方にしてくれ、と前田が店員に言った事もあり、割と他の客とは離れた直ぐ隣に通路のある4人掛けのテーブルに通されたのだ。
ここからだと、店内がよく見渡せる。

「あ、やっぱり別れそうなときはあったんですか?」
「もちろんですよ。先輩は真面目過ぎますから、僕のやることに結構厳しくて。何回も捨てられそうになったんですけど、泣きながら謝って許してもらいました」
「おいウソつくな」
「ぇ、?」

不意に声がした。
4人掛けのテーブルの向こう側にいる前田ではない声で、横からヒョイと降ってきたのだ。
鷹夜が前田の横に視線を上げると、彼の隣の空いている椅子の背もたれに荷物を掛けながらため息をつく男がいて、思わずキョトンとした顔になってしまった。
登場が突然で、そして雑過ぎる。

「あ、先輩!」

サラ、と少し目にかかっている長めの前髪が、その男が下を向く動作で揺れた。
綺麗な黒髪だ。
全体的に細い印象を受ける身体付きで、着ているセットアップのジャケットと形の良いズボンの影響もあってスラッとした体型がよく分かる。
品の良い服装は、仕事帰りだからだろうか。
鷹夜は「キョトン」の次は「ポカン」としてしまった。
もっと、何と言うのか。
ドMっぽい甘ったれた顔の高飛車そうな男が「恭次」だと思っていたのだ。

「店どこに入ったか連絡しろって言っただろ。探したんだけど」
「え、ごめんなさい。先輩の話しするのに夢中で、」
「はあ。あとな、嘘つくのやめろ。真面目過ぎとかじゃなくてお前が毎回度の過ぎたことするからぶちギレてんだよ。ブログだってなあ、!」
「はいはいはいはい、先輩。こちら、雨宮鷹夜さん」

荷物を掛け終わると、Kは立ったまま座っている前田を上から指差して説教を始めようとし、それを急いで前田が止めて誤魔化す。
毎度の流れなのか、流し方が慣れている。
「あ"?」と低い声を出してから、厳しい表情をしゃんとさせたKは鷹夜の方を向いて、一度頭を下げてくれた。

「すみません、来て早々に騒いで。はじめまして。コレと一応付き合ってます、西宮恭次(にしみやきょうじ)と言います。宜しくお願いします」
「あ、は、はいっ」

キチッとした雰囲気の、いかにも真面目そうな、そして姿勢の良い小柄な美しい男だった。
確かに少し神経質そうな感じがしないでもない吊り上がった大きな目をしているが、表情が硬いだけで優しさは言葉の端にしっかりと見える。
前田の隣に腰掛けると、西宮はさっさと頼むものを決めて店員を呼んだ。
鷹夜と同じダブルチーズバーガーで、飲み物はアイスコーヒーだった。

「雨宮さん、急ですみませんでした、今日のこと」
「あ、えっ」

西宮が加わった事もあり、鷹夜はまた少し挙動不審に戻っている。
あわあわしながら何度かおしぼりを触り、彼に話しかけられるとピョンッと背筋を伸ばしてそちらを向く。
こう言うところが彼はまだ30歳らしく見えない。
自信のなさが幼さに繋がってしまっている。

「こいつから色々話しは聞いてたんですが、お辛そうだったので、人の気持ちが分からないこいつより私と話した方が良さそうだなって勝手に思ってしまって、私が提案したんです」
「あ、そうだったんですか、、」

人の気持ちが分からないと前田の事を語る西宮に苦笑いが浮かぶ。
鷹夜はそんな前田にずっと相談してしまっていたので、何とも返せなかった。

「散々人の気持ち考えろとは言ってるんですけど、本当にいつまで経ってもちゃんとしないんで。変なブログだし読者さんに迷惑掛けてそうで怖くて」
「や、全然、あの、助かってます、と言うか、お世話になってます、、?」
「んはは、そうですか、良かった」

落ち着いた雰囲気の人だな、と何となく鷹夜は肩の力を抜いた。
確かに前田が言うように、彼みたいに圧倒される感覚はなく話しやすい。
西宮がニコッと笑うと、ただでさえ肉のない頬が窪んで笑窪ができ、それがまた鷹夜を和ませてくれる。

「どうしましょうか。何か色々緊張されてますし、私たちの話しでもしましょうか。少し力が抜けるかも」

ああ、やはり優しい人なんだ。
おしぼりの袋を破りながら、鷹夜を安心させるような声色でそう言ってくれた西宮に更に安堵した。
正直前田の威圧感にやられていて、帰るタイミングを早めようかと悩んでいたのだ。

「あ、や、あの、すみません。緊張しいで」
「大丈夫大丈夫。そんなもんですよね。私も最近になってやっとジタバタするのやめてドーンとしてよ、って思えるようになったので分かりますよ」
「ぁ、そうですか、、そんなもんですかね」
「そんなもんです」

前田は威圧感もあって何処となく面白い感覚がするが、西宮は「お兄さん」と言う雰囲気があり、歳上扱いが出来て落ち着く。
鷹夜は、よくよく考えたら羽瀬たちよりも彼らは歳上なのだから緊張するのも仕方ないな、とこの2人の雰囲気に慣れようと思った。
これからよく分からない自分と恋人の話しを聞いてもらうのだから、ある程度はリラックスしていた方がお互いに理解し合えそうだからだ。

「先輩は本当に緊張しいだしクソ真面目で頭硬くて大変なんですよ」
「お前と違って慎重でちゃんとしてるの。お前みたいに何でもどうでもいいや~ヘラヘラ、みたいなのするタイプじゃないから。あと今俺が喋ってんだから黙ってなさい」

こう目の前にして話してみるとよく分かるが、確かに西宮の登場で前田がグッと子供っぽくなった。
やたらと構ってもらいたがっているし、対面に座る鷹夜ではなく、隣にいる西宮をずっと見つめている。
その視線も、先程のように何も隠さず「好き」と滲み出ているような、こちらが目を逸らしたくなる程に愛情の込められたものだ。

「今でこそこいつこんなんですけど、前は俺に近づく人間皆んな嫌っててめちゃくちゃ大変だったんですよ。大学時代とか特に」
「ぁいたっ」

西宮に思い切りデコピンを喰らい、前田は額を押さえて泣き真似をした。
言いようのない威圧感はあれど、こんなにもコミュニケーション能力が高く物腰の柔らかい前田が過去にはそんなに人嫌いだったのか、と運ばれて来たハンバーガーを眺めつつ鷹夜はうーん、と考える。
ハンバーガーは良い匂いがした。
やはりチーズは堪らない。

「好きなんだなあって言うのはよく分かるんですけど、そんなに手厳しかったんですか?」
「あの頃は先輩に近づく奴が本当にウザくてキモくて我慢できなかったんですよ。大学行ったら急にモテ始めて女の子の友達とか作るし」

鷹夜の質問に、前田は心底嫌そうな顔をして見せる。

「モテてねーけど友達くらい作るだろ。美大なんて女の子の方が多いんだし」
「え、美大出なんですか?」
「はい。2人とも静海美術大学です」
「えッ、あ、同じ、です」
「ええっ!?」

それはまた意外な共通点だった。

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