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第49話「君のこと」
しおりを挟む「こんにちは、雨宮です。雨宮鷹夜と申します」
10センチ少し大きい前田に向かって、鷹夜は軽く頭を下げた。
好青年、とは言ったが、よくよく見ると大人っぽい雰囲気があって、少なくとも20代ではない気がする。
(あれ?この人何歳だ?)
そう言えば、年齢を知らない。
胸の内がバクバクとうるさく、逃げるべきか否かを必死に思考回路を巡らせて考えている鷹夜は泳ぎそうになる視線を何とか前田にロックオンして留まっている。
知らないと言うか、お互いに色んな事を知らないでいるのだから、歳が分からないのも当たり前だった。
見た目も知らなければ、声も、喋り方も、好きな色も何も知らない。
いや、見た目だけは今知った。
彼らは本当に赤の他人なのだ。
「あ。Kなんですけど、ちょっと遅れてて。すみません。知り合いの仕事先に呼ばれたらしくて」
軽やかで爽やか。
そんな印象のある、低くも高くもない声は不思議な感覚を纏わせて鷹夜の上に降ってくる。
「あ、いえ、全然大丈夫です!」
「少ししたら着きますけど、今日ちょっと寒いですね。お腹も空いたし、どこか店入りましょうか。静かなところがいいですよね。えーと、」
「あ、全然あの、待ってても大丈夫ですよ」
「いえ、立たせておくのも何ですから。あ、向こうのビルの上の階のレストランとかでもいいですか?」
「はい、もう、ホントどこでも!」
違う、多分、歳上だ。
鷹夜は本能的にそう感じた。
相変わらず異質な威圧感を感じつつも、前田本人の貼り付けられたニコニコスマイルとスルスルと回る舌の動きの速さにやられ、完全に逃げるタイミングは見失った。
彼からそこまで悪い感じがする訳ではないが、何せ、何かが他の人間たちと違って恐ろしく、鷹夜はまるで大蛇の前にヒョイと捨てられたウサギのような気分になってしまっている。
自然だ。
自然と圧倒されるのだ。
自己肯定感の強さをヒシヒシと感じているのか、あるいはもっと違う「自信」のようなものなのか。
何にせよ前田自身が発するその強い雰囲気に押されて、しどろもどろするしかなかった。
「食べれないものありましたっけ?」
「や、特には」
「あ、行きましょうか。んー、じゃあ何か食べたいものは?」
「あ、えーと、、」
ダメだ、緊張する。
コミュニケーション能力の高さが半端なものではないようで、前田は鷹夜の狼狽えた様子も察しながら、それでもそんなもの気にも留めず自分のペースで喋っている。
マイペースなのだ。
しかし、歩き出した鷹夜に合わせて彼は歩幅を気にかけながらゆっくりと歩いてくれた。
2人は新宿駅の南口から歩いて駅の横の階段を下り、左に折れて高架下を渡って前田が指差したビルの1階に辿り着いた。
ビルの中は商業施設で、10月に入って直ぐに飾り付けていたのかハロウィンの装飾が賑やかだ。
紫とオレンジが散りばめられ、オモチャのコウモリや蜘蛛の巣、カボチャなんかが色んなところに置かれていたり貼られていたりしている。
「雨宮さんておいくつですか?」
結局、食べたいものには「何でも」と返してしまった。
先程から前田に圧倒されて、鷹夜は全然頭の中が正常に動かないでいる。
自分で自分が不自然な動きをしていると分かるくらいには不審な挙動になっており、エスカレーターに乗るのも踏み間違えそうになった。
手すりを掴んでようやく、ふぅ、と息をつく。
「あ、30です。今年で30歳になりました」
「ん、じゃあ歳下だ。僕は35なので」
「えッ!?あ、2つ上くらいかと思ってました、、」
鷹夜は前田の年齢を聞いてギョッとしてしまった。
まさかそこまで歳上だとは思っていなかったのだ。
35歳と聞くと、芽依と違った威圧感があるのも頷ける気がする。
そう変わらないとは言え、達観している感じが伝わってくるところも、物腰が柔らかく、鷹夜をあやすようにもてなすところも、手のひらの上でどう転がしてやろうかと見られている感覚も何もかも納得だ。
経験しているものと時間が違う。
歳が近くてもそう思わされる雰囲気が、前田からは漂っているのだ。
「んははっ、そうですか?」
「あ、いや、歳近そうだけどすごい落ち着いてるなあとは」
そこでやっと鷹夜は何か腑に落ちて、少し落ち着いて前田の顔を見ていられるようになった。
甘さはない爽やかな顔は、このまま歳を取れば渋く格好良くなるのだろうと窺える整い方をしている。
着ているカーディガンは彼の身体でもゆったりと大きめで、ベージュの地に黒のシンプルなビッグチェック柄が入っており、中々に若い印象を受けるものだ。
それを際立たせる為か、下に着ているのはサラッとした質感のシンプルな黒のタートルネックとこれまた黒のスキニージーンズで色を締めている。
35歳と言うが、服装からしてもあまりそれを感じさせないのだ。
「あはははっ!それKに、、あ。Kって恭次(きょうじ)って言って僕の高校からの先輩なんですけど、恭次先輩に言ったら絶対爆笑ですよ。あの人は僕の幼さよく分かってるから」
クスクスと笑いながら、そのとき初めて本当に彼が笑ったな、と鷹夜は思った。
Kと呼ばれていた前田のパートナーは恭次と言うらしく、彼の名前を出した瞬間に、前田は本当にふにゃっと表情が緩んだのだ。
(あ、好きなんだな)
高校からの先輩、と言う事はブログで読んで知っていたが、どうやら本当に付き合いは長いらしい。
どこか大人っぽく、また人間らしさがあまり感じられなかった前田のそんな表情が見れたので、鷹夜は少し安堵した。
それと同時に彼が恭次と言う人間をどんなに愛しているのかを目の当たりにして少々驚いてもいた。
(こうで、いいんだ)
愛情を表に出すか出さないか、人に見せるかそうしないかはゲイや他の少数派の恋愛をしている人間たちも異性愛者であっても人によると言うのは同じだろう。
だがやはりどこか「恋人が男」であり、「恋人が竹内メイ」である鷹夜は、それがバレないように気持ちを内側に隠す癖がある。
しかし、前田は彼とは違って、明らかな愛情を隠す素振りも見せずにこうして表に出している。
それはどこか羨ましいもので、鷹夜は一瞬ポカンとした。
あまりにも呆気なかった。
自分が悩んでいる事がほんの少しどうでもいいようにも感じられた。
「雨宮さん?」
「あっ、」
ポカンとしている鷹夜に気が付き、前田は目をパチパチさせながら彼の顔の前で手を振って見せた。
我に返った鷹夜は「すみません!」と言いながら前田に続いてエスカレーターを降り、7階のレストランフロアに辿り着く。
「大丈夫ですか?すみません、喋り過ぎましたね、急に」
「いや、違います違います!あの、なんて言うか、、自分はありのままの恋人のことを周りの誰かに話すことがないので、いいなあって」
「、、、」
「彼女って嘘ついたり、そもそも恋人いませんとか言ったり、友達って言ったり、色々誤魔化してるので。その、、うーんと。前田さんがKさんのこと、包み隠さずそのまま自分に話してくれてるのが嬉しい、と言うのと、羨ましいな、と思いまして」
弱った笑みが前田の方を向く。
鷹夜のそんな表情を見て、前田は立ち止まったまま、フッとまた大人びた笑みで彼を見下ろした。
「今日は大丈夫ですよ。僕と先輩に、雨宮さんの恋人さんのことたくさん教えて下さい」
そんな事を言われたのも、その言葉を信じて良いと思えたのも、今日が初めての事だった。
「、、ありがとうございます」
「恋人」の話題で、初めて肩が軽くなった気がした。
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