僕たちはまだ人間のまま 2

ヒャク

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第48話「初めましての人種」

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金曜日の夜から、鷹夜はずっとそわそわしていた。

「うぅん、、」

やはり騙されているのではないか、なんて頭に浮かんでは消えていく。
土曜日は午前7時にきっぱりと目が覚め、落ち着かなくなって部屋の掃除をし始めて、いつもは手を付けないクローゼットの中まで整えてしまったくらいには気が散っていた。
おかげで見つからなかった服や靴がたくさん発掘できた。
それはそれで良かったが、掃除をする手を止めたら「やっぱり無理です、ごめんなさい」とドタキャンしかねない自分がいて、止まる事ができなかったのだ。
芽依に送った冷たいメッセージには、最後に「返信不要」と付けたからかそれから返事はなかった。
久々に誰とも連絡を取り合わない日があって、変な気持ちも少しした。
けれど元から友人たちや家族とずっと連絡を取り合うような人間ではない鷹夜にとってはあまり無理のない感覚で、別段気にはならなかった。
あ、今は芽依と距離置いてるんだったな。
そんな感じの事を数時間に一回、思い出す程度で。

「これ、変じゃないかな」

ファッションセンスなんて全く分からない鷹夜にとって、赤の他人と会うとき程に気を遣う瞬間はない。
いつもは芽依と出掛けるから無理をしない平凡な服だったり、向こうが決めたものを着せられたりするので最近はまったく自分で考案する事がなかった。
恋人相手には大変に失礼な話しだ。
だからか、久しぶりにクローゼットから引っ張り出した白い薄手の長袖カットソーの上に、大きな胸ポケットのついたカーキのシャツを重ね、下は珍しくぴたっとしたジーンズを履いた。
少しダメージ加工があるものだ。
白い靴下に白いスニーカーを合わせると、いつものサコッシュを肩から掛け、11時に家を出た。

(緊張する、、ってか、ネットの人と会うって何か、芽依とのことを思い出すな)

電車の中で揺られながら、鷹夜はぼんやりと芽依と初めて会った日の事を思い出す。

「、、、」

絶望し切って色の濁った、鷹夜を恨むような目。
つまらなそうな表情。
ふてくされた言葉の数々。
あの頃の芽依からすれば、今はだいぶ落ち着いているし、きっと元はそうだったのだろう素直で純粋な彼でいてくれている。
最近は鷹夜の言葉もあって「スパダリ」を目指して頑張ってくれてもいた。
もちろん、それを分かっている鷹夜だからこそ、適度に甘やかしたり彼が無理をし過ぎて壊れてしまわないように配慮もしていた。
なのにここに来てガタンと崩れてしまったのは、やはり、過去にあった佐渡ジェンとの一件が大きいのだろうと思った。

(そりゃあそうか。大好きだったんだろうし。俺だって、日和に浮気されてたって知ったときはかなり凹んだし)

凹みはしたものの、鷹夜は完結が早い男でもある。
自分の心との折り合いの付け方は熟知しているし、どんなに大事な存在が目の前から消えたとしても、立っていられる強さもある。
だからこそLOOK/LOVEを始めて、早々にMEIと出会い、新たな生活を夢見て前に進んだのだ。

「、、、芽依」

でも彼は、多分少し違う。
思わずポツンと名前を呟いてしまった。

(あ、やば)

恐る恐る、ドア付近に立っている自分の周りにいる人間たちを盗み見ると、やはり2人くらいは「何言ったんだこいつ」と言う顔で一瞬だけ視線を合わせてきた。

(ダメだ、完全に変な人になってしまった)

フイ、と再び俯いてその場をやり過ごすと、変な雰囲気はすぐに消えていった。

「、、、」

鷹夜は芽依に強くなって欲しいだけだった。
誰かに振り回され、左右される人生を送って欲しくないのだ。
歳上の恋人ならではの視線と言うのか、男同士ならではの感覚と言うのか。
もし自分が死んだとしても、その後にちゃんと芽依自身が芽依自身の幸せの為に生き続けてくれるように、1人で立っていられる人間になって欲しいのだ。

(ま。こんなん俺のわがままでしかないけどね)

確かにそうだ。
どうありたいかなんてその人自身が決める事で、結局どうするかもその人が決める。
周りの人間が何を望んだところでどうなりもしない。
ましてや鷹夜は芽依の親などではない。
「こう言う風になって欲しい」、なんて言うのは鷹夜のエゴだ。
けれど、このままの芽依と付き合い続けるかどうかもまた、鷹夜が1人で決める事だった。

(楽しいばっかじゃないなあ、男同士の恋愛でも)

好きであっても許せない部分と言うものはある。
何と言っても他人同士であり、親や周りからの教えだって違い、育った環境も年齢も異なる。
鷹夜は芽依ではないし、芽依は鷹夜ではないのだ。
ただほんの少しだけ、鷹夜は芽依と寄り添っていたいなと思ったのだ。
だからこそ付き合っている。
支える、支えられるとかではなくて、ただ大人の男同士で、お互いを想い、愛し、慈しみ合えたらなと思っていた。
それがずっと続いて欲しいと願えたから、芽依を選んだ。
その想いだけは、例え分かり合えない部分があっても変わらずに鷹夜の胸の真ん中にあった。

「、、、」

やっと電車が新宿駅に着くと、車両を降りてエスカレーターを上へ上へと上がって行った。
改札前で前田とKと待ち合わせになっている。
時刻は昼の12時少し前で、土曜日の新宿駅はやはり賑わっており人が多い。
足早に歩く人間や携帯電話に夢中になっている人間を避けて歩き、南口に着くのに必死になってしまった。

(大丈夫だよな、、いや、ビビんなビビんな。大丈夫だろ、うん。ヤバそうな人たちだったらそれとなく逃げよう)

改札の手前で足を止めるか悩んだが、思い切ってそのまま歩いた。
慎重派な鷹夜からは想像もできない程に今の彼は行動的で恐れ知らずだ。
そしてやはり鷹夜らしく、人を信じる事を諦めていない事がよく分かる。
芽依の事を信じたい。
だからこそ、信じられる材料を集めに駆け回っている。
その為に、今日はここに来たのだ。

ピッ

(新宿駅南口に、12時ちょうど、、)

前田との約束の5分前だ。
少し遅かったな、と反省しながら改札を出て定期券機能の付いている電子カードをサッと財布にしまう。
キョロキョロと周りを見回して、何人もいる人待ちの人間たちの顔を確かめていき、男2人で立っているのだろう前田とKを探した。
無論、顔は分からないが何となく察せるだろうと思ったのだ。

(どれだ?何人もいて分からな、)

「雨宮さんですか?」
「ッ、」

やたらと優しい声だった。

「っわ、デカ、、」

そして、身長170センチ程の鷹夜は驚きながら背後に立っていた男を振り返って見つけるなりボソリと呟いた。
どうにも今日は口が緩い。
思った事が全部口から溢れていく。

「あ、は、はい。雨宮、です」
「良かった!何かすぐ分かりました!人が良さそうで、優しそうで」
「え、あ、ありがとう、ございます、?」

目の前にいる男は身体が大きい。
多分、180センチ後半はある。
芽依はそれ以上に大きいし筋肉質だが、彼とは異なる異質な大きさを鷹夜は感じていた。
雰囲気が大きく、強く、圧倒される。
そんな感じだ。

「こんにちは、初めまして。ブログの管理人で、前田慎也(まえだしんや)と言います」

やたらと爽やかで、健康的な肌の色。
笑うとシワの寄る目元が印象的な好青年。
なのに、何だか、こいつは異質だ。

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