僕たちはまだ人間のまま 2

ヒャク

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第47話「都合の良い話」

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次の土曜日に、鷹夜は前田とKと会う事になった。
あまりにも急な申し出であり、鷹夜としてはリスクが大きい。
けれど彼にとってどんなにリスクが大きくても、これから先、芽依と死ぬまで一緒にいるのなら会っておいた方が良いと思えたのだ。
ただでさえ恋愛経験がほぼ日和の分しかないのに、加えて同性同士の恋愛なんて鷹夜にとっては不慣れ過ぎて上手く立ち回れていない気がしていた。
もしかしたら芽依に求め過ぎかもしれない。
しかし、直して欲しいものは直して欲しい。
折り合いの付け方や話し合い方すら今は分からず、何よりも、まだお互いに身体で繋がれた事がないと言う事実は鷹夜の不安要素のひとつだった。
芽依の事だ。
昨日の「まだ」と言う単語からしても、こう言った喧嘩を深く捉えない傾向にあるのかもしれない。
人と真剣に向き合う事ができないなら、それは鷹夜にとって大問題だ。
だったらそれも直して欲しいが、果たしてそういくつもアレを直せ、コレを直せ、と言って「男同士なのに細か過ぎ。うざい」とならないかと言えば怪しい所がある。
何せ、男女でも必要とされる場合が多いセックスを2人はしていない。
これから先、セックスできる可能性のある女の子に乗り換えるか、セックスできないかもしれなく、男で面倒くさい鷹夜とこのままずっと一緒にいるかと聞かれれば、きっと迷うだろう。
結局、将来を誓った仲だったとしても、どこまでを芽依に求めて良いのかが分からないし、不安が消えない。
言ってしまえば不確定な関係で、前田たちはどう話し合い、折り合いをつけているのだろうかとそれが気になっていて、できたらアドバイスが欲しかった。


「はあ」

金曜日の昼過ぎ。
一方で、芽依は木曜日の朝に鷹夜から来たメッセージを読み返しながら、ため息をついていた。

鷹夜[ちょっと仕事忙しいから連絡できなくなる。話し合いはちゃんとするから時間くれ。仕事と荘次郎くんのことに集中しろ。俺から連絡するまでメッセ送ってくんな。返信不要]

あまりにも素っ気ないその文に、涙が出たのは言うまでもない。

(完全にやってしまった、、)

今まででここまで鷹夜を怒らせた事があっただろうか、と彼は首を捻った。

「、、、あ」

そして思い出したのだ。
付き合う前、鷹夜に無理矢理キスをした日の事を。
あの日は退会してくれたと思っていたLOOK/LOVEの通知が鷹夜の携帯電話に入ったところをたまたま見てしまい、「俺がいるのに何で」と怒って行動してしまった。

(うわぁーーまずい!!これは本当に切り捨てられるかもしれないッ!!!)

あの瞬間の鷹夜の冷たさと、現状の鷹夜の冷たさは完全に同じだ。
あのときだってしばらく連絡するな、距離を置こうと言われたのだ。
もう、まったくもって同じ状況なのだと今更ながらに芽依は気が付いた。
成長したつもりでいたのに、自分は全然人として進んでいない。
鷹夜にとって「人生にいらない」と判断されかねない人間に逆戻りしている事に気が付き、頭を抱えて目の前の白いカウンターに額をつけ、低い声で唸った。

「ぅあーーーーーーーー」
「え。うっさ。どうしたんすか」
「メイくん疲れてる?ストレスにはチョコだよ。はいこれ」
「な、凪くんありがとう、、」

手渡されたチョコを、とりあえず一旦カウンターに乗せておく。
「僕たちはまだ人間のまま」の映画へ向けてのドラマの総集編が作られ、テレビで放映されると言う事で、今日はその総集編の特別映像を撮る為に久しぶりに芽依、松本、片菊が同じテレビ局に来ていた。
楽屋はもちろん別々なのだが、相変わらず仲が良い3人はメイクや衣装への着替えが始まる前に芽依の楽屋に集まっていたのだ。

「あ、分かった分かった。とうとう鷹夜さんに愛想尽かされたんじゃないですか?」

松本は「そんな事あるわけないか!」と冗談混じりに笑いながら言ったのだが、言われた芽依は彼女の方を向きながら、ドッと急に涙を流し始めた。

「え!?」
「はは、あはははは、そ、そな、わけ、ないじゃん」
「絶対何かあったじゃん!!どうしたんすか!?本当に捨てられたんすか!?」
「メイくん!?」

少し離れたところのソファに腰掛けていた松本と片菊は慌てて立ち上がり、移動して鏡の前の椅子に座っている芽依の元へと駆けつける。

「だって、鷹夜くんっ、いなくなったらやだなって、思っただけでっ」
「幼児化していて何を言ってるのか全然分からない!!」
「遥香、ちょっと静かにして」

場を明るくしようと慌てながらもふざける松本だが、即座に片菊からストップが入る。
芽依は松本の言うように幼児化してしまっており、普段からない語彙力が更にすり減って、事の全体が分かるような説明をまったくしてくれなかった。

「ちょっとだけいやなことしちゃっただけじゃんっ、すぐ怒る、何でっ、それで連絡しちゃだめとか、忙しいとか、絶対ウソじゃんかあッ」
「うーんと、、何して怒らせたの?別れてはいないの?」
「別れないッ!!鷹夜くん好き!!鷹夜くんとは絶対別れないぃい!!やだぁあ!!」
「うわ、ホントうっせぇ」
「遥香。」
「はいはい、ごめんなさい。メーイーさん!そんな落ち込んでても仕方ないですよ。別れてないんでしょ?鷹夜さんに何したんですか?一緒に仲直りの方法見つけましょうよ」

ほら、すぐにこれだ。
芽依は「良い人間」「優しい人間」を見抜けるのか、彼の周りにいる人間は大体こうして彼を助けてくれる。
落ち込んだり悩んだりすれば、親身になって相談に乗ってくれるし何だって一緒に考えてくれる。
泰清はこれが危ないと考えているのだ。
ジェンがいなくなった今、全体的に芽依の周りにいる人間たちは鷹夜も含めてお人好しとも言えるくらいには優しい人材が揃っている。
ジェンがいたらいたで問題はあるのだが、この状況では芽依が自分で考える力を失っていっているように思えていた。

「色々あって、、鷹夜くんがいなくなったら嫌だなって思うようなことがあって。それ自体は別に喧嘩の種になったりしてないし、鷹夜くんはほぼ関係なかったんだけど、でもそれで、鷹夜くんのこと考えたらいてもたってもいられなくなって、お酒も飲んじゃってて、鷹夜くん家に深夜に乗り込んでしまい、、」
「え、乗り込んだの?深夜にですか?もうその時点でキレますね、私なら」
「うーん、確かに。付き合っててもこっちの都合も考えて欲しいね」

親しき仲にも礼儀あり、とはよく言ったもので、常識的に考えても連絡なしに急に家に来られたら例え恋人でも普通に無理だな、と松本と片菊は考える。
彼らも付き合いが続くに連れて少しずつ気がついてきてはいるが、芽依は何だかんだ結局、自分を優先してしまいがちなのだ。

「う、、そ、それで。まあ、あの、、勢いに任せて襲ってしまい、、」
「普通に最低じゃないっすか」
「え」
「男だろうが女だろうか勝手に人の身体に触っちゃダメっすよ。恋人でも」
「抑えられなくて、、」
「それは言い訳ですよね?」
「、、、」

ただ、ジェンと、今いる芽依の周りの人間たちが違う点がある。
いくら一緒に考えると言っても、芽依のダメなところは徹底的に否定する人間も紛れていると言う事だ。
泰清は松本のように、ここまで強く芽依に言う事はできない。
彼の傷付きやすさも脆さも知っているからこそ、やたらと攻め込んで落ち込ませるまで追い込めないのだ。

「鷹夜さんにあと何回失礼なことするんすか?」
「っ、、俺はただ、鷹夜くんが好きで、、好き過ぎて、遠くに行って欲しくなくて、」

その言葉を聞いて、松本は目を丸くした。

「え。いつまでそんなこと言ってんすか?」
「ぇ、」

松本の言葉に、先日の泰清の言葉が重なった。

『それっていつまで続くの?』

芽依が逃げた言葉だ。
聞かれている事が本当は何か分かっているくせに、核に触れないよう分からないフリをしたて逃げた泰清からの質問だ。

『鷹夜くんも、いい加減にして欲しいんだと思うよ』

「、、、」

結局誰に話しても、そこに行き着く。
芽依は芽依なりに鷹夜を愛し、求めたつもりだったのに。
いなくならないで欲しいと言う愛情表現と、少しの甘えの結果だったのに。

(だって、不安になるじゃん。確約できないんだから)

1人、黙り込んで俯いた芽依を、松本は睨むように彼の目の前に立って見下ろしている。
片菊はそんな2人を少しハラハラしながらそばに立って見つめていた。

『今は思いやれない』

鷹夜の声が耳元に蘇る。
冷たくて低い、真剣に怒っている声だ。

(聞きたくない)

会いたいけど、話し合いたいけど、仲直りしたいけど、でも怒っている鷹夜と向き合いたくはない。
拒絶をされたくない。
機嫌の良い鷹夜と、「好きだよ」と言い合いたい。

(、、、ジェンなら)

それは悪い考えだった。

『芽依は悪くないよ』

銀色の髪が風に揺れている。
脳裏に蘇ったこれは、いつの記憶だろう。
ずっとそう言い続け、支え続けてくれた人は、今はもう芽依のそばにいない。

「ッ、、」

胸が痛かった。
どうやったら鷹夜と元に戻れるのだろうかと悩みながらも、怒る鷹夜を見ると嫌われたと感じてしまうから会いたくない。
いつの間にかそんな風に考えてしまっていた。
ただ芽依の都合の良いように、時間が解決してくれて、次会ったときには先日の事など綺麗さっぱり忘れて水に流してくれた鷹夜が目の前に現れないかな、なんて、思った。
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