僕たちはまだ人間のまま 2

ヒャク

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第37話「危ない中の危ない」

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「今のところ分かってるのはそんな感じかな。どこの占い師が、とか、どの宗教が、って言う情報がなくて申し訳ない」

妻戸は一旦息をつくと、頼んでいた烏龍茶を半分程まで飲み進めた。

「あ、いや、それはこちらも分かりませんでしたから」

親しみ易さは分かっているものの、まだ彼との距離感を掴み切れていない芽依は困ったように笑って返す。
時刻は23時を優に超えており、段々と居酒屋の中が静かになり始めている。
流石に月曜日だ。
早く帰りたがる客が多いらしい。

「うん、、とにかく、安達さんが彼女の問題に口を出さず守り続けてるのは、自分の失態が公にならないようにってことだろうと思う。森沢さんくらいの女優が訴えを起こしたりしたら、安達さんの力を怖がって黙り込んでいた女性たちが一気に声を上げ始めるだろうからね」
「はい」
「だから、この問題は相当慎重に行かないといけないよ」
「、、はい」

妻戸の言葉に深く頷きながらも、嫌な感じのする鼓動が苦しくて、芽依は一瞬下を向いた。
座敷席の中は重たい空気が満ちていて、呼吸がしづらく感じる。
どうにか荘次郎を取り戻したいが、間違えれば自分達の立場が危ぶまれる状況だった。
やってやろうと立ち上がったは良いものの、妻戸も入れて話し始めた結果、やはりこの問題はただただ突っ走れば良いものではないのだと芽依も七菜香もよく分かったのだ。

「、、まずどうする」

口を開いたのは泰清で、酒を飲む手が止まっている。

「一回、とにかく荘次郎と会うのは。家も知ってるし」

黙り込み、溢れてしまった涙をおしぼりで拭く七菜香に喋らせないよう、芽依は食い気味でそう言った。
不穏な空気を拭う事ができない。
妻戸が言うように、この問題はかなり慎重にいかなければならないと全員が覚悟していた。

「帰って来てんのかな、アイツ」
「、、あの、妻戸さん」
「ん?」

妻戸を呼んだのは七菜香だ。
ようやく涙が収まった彼女は、擦り過ぎてアイシャドウが取れてしまった顔で妻戸を見上げた。
唇はまだ震えている。
隣り合わせの2人は、妻戸が身体ごと彼女の方を向いて見つめ合う形になった。

「私、あの、、荘次郎くんとは、お付き合いしてまして」
「え、、あっ、そうなの?」

そうだった。
この2人が付き合っている事を泰清までは知っているが、妻戸には知らせていなかった。
ここに来てやっと七菜香からそれが伝えられ、妻戸は少し驚いている。

「はい。それで、あの、家はね、メイくん」
「あ、うん?」

どうやら話しを進める為に必要な説明だったようだ。

「帰って来てないの、荘次郎くん、家には。何回か行ったし、中も確認したんだけど、埃かぶってた」
「あ、、そうか。分かった」

そう言われてみればそうだ。
七菜香は荘次郎と付き合っているのだから、家の合鍵はあるだろう。
これだけ心配していて、自分なりに色々調べていた彼女が荘次郎の家に訪ねて行っていないわけはないのだ。

「いるとすれば森沢さんのところってことか」
「うーん。となると自宅か、別荘とかか。それ以外ってなると少し見つけにくいかもなあ」

泰清は緑茶を飲み干して、ふぅ、と息をつく。
自宅に帰ってないとなれば、それはもう森沢の所にいるのだろうが、もしもそうでなかった場合非常に厄介だ。
姿を見せて来ない占い師や宗教関係の家や施設にいるとなると、場所の見当がつけづらい。
調べにくさも増すだろう。

「まあ、何とかなるか」
「いや、でもさ。分かったとしてもどうやって中に入る?」
「俺も占いしてほしいです~、みたいな」

芽依は「うーん」と泰清の意見に首を捻り、少し俯いて腕組みをした。
それは、多分、いや絶対に中に入れてもらえないだろう。

「絶対バレるよ、連れ戻しに来たんだって。3人は仲良いの世間でも有名だもん」

七菜香も困った顔をして泰清に言った。
芽依と泰清、荘次郎はそれぞれの事務所に許可を取ってSNS等にお互いの写真を上げるくらい仲が良い上、それがもう世間にも芸能界にも知れ渡っている。
七菜香の言う通り、芽依か泰清が動いてしまうと、荘次郎を連れ戻しに来たと相手方にバレる可能性の方が大きい。
相当芸能界に疎い相手ならば別だが。

「うわ、そうか。うーん」
「ごめんね。うちも、嫁巻き込みたくないから俺が行くのは無理だ」
「大丈夫ですよ、そんな」

妻戸は申し訳ない、と頭を下げてくれる。
4人共、芸能人と言う日常的にも動き回りにくい職業をしている為、誰かが動くと言うのはまた別の意味で危険とリスクを伴う。
芽依はそれを鷹夜に言われていたのを思い出し、引き際を、彼自身もよく考えなければならないのだと改めて実感した。

「んー、、ドールオンズが動かないなら、頼もうかなあ。便利屋的なところに」
「便利屋?」

悩んでも仕方ないな、とでも言いたげに、泰清はため息を漏らした。
彼から聞いた事のない「便利屋」と言うワードを不審がりながら、芽依は一応聞き返す。

「片桐組って言うね、極道さん」

それは、また、関わらない方が良さそうなところだ。

「ほらあの、、じじい繋がりの」
「その言い方やめな?」
「泰清くんのおじいちゃんて、あの?」
「はい、あの」

じじい、だとか、おじいちゃんだとか言っているのは、泰清の父方の祖父の事だ。
政治家だった為に顔が広く、また、日本の裏社会ともよく通じていた人物。
泰清は生前もあまり会っていなかったし、それ程その祖父に懐いてもいなかったと以前に言っていたが、どうやら今回の「便利屋」は生前の祖父と交流があり、その繋がりで知り合ったようだ。

「いやいやいや、ヤクザの方がヤバくない?大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。変な人達ばっかで面白い」
「えぇ、、」

ドン引きしている芽依と違い、泰清はさっさと連絡してしまおうと畳の上に置いていた携帯電話を手に取った。

「妻戸さんにも七菜香ちゃんにも迷惑はかけません。それに、危険はないです。祖父に大きな借りがあるとかで、簡単なことなら協力してくれるんです。手を出さない方がいいことなら、それはそれで助言をくれるので。とりあえず、話してみます」

とりあえずは手詰まりなので、全員、泰清の言う通りに進めてみようと言う事になった。

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