僕たちはまだ人間のまま 2

ヒャク

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第24話「俺たちで」

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この芸能界において、多くの有名俳優を抱える1番大きな事務所、最大手と言われているのが高山芸能プロダクションだ。
元は人気の演歌歌手を何人も抱える事務所だったが、徐々に時代劇等の俳優が増え、トレンディドラマや青春劇へ。
そして現代の若手達、舞台でもテレビでも喋りでも通用するイケメンや美女、個性派達が増えて行った。
その中に、森沢幸穂がいる。

「占い師って言うのが怪しいらしいの」

カップについた口紅のヌーディな色を拭きながら、七菜香は悲しげに言った。
芽依は頭が追い付かずただ眉間に皺を寄せながら、荘次郎が何か良からぬ事に巻き込まれていると言う事だけは悟って黙り込んでいる。
今は静かに話しを聴く。
それしかできない。

「女か男かも分からないんだけど、」
「、、、」
「一時期うちの系列の事務所、そう言うのにハマっちゃう人が続出したらしいの。ひと世代前だからあんまり聞ける人いなくて確かではないんだけど、細田さんもその人達もその占い師と会わされて何かさせられてたんじゃないかって聞いた」

細田翔は確か高山芸能の所属ではなく、荘次郎と七菜香と同じドールオンズの筈だ。
だとすれば、七菜香の言う「うちの系列」と言う言葉の中には高山芸能周辺の、繋がりのある事務所のほとんどが含まれる事になる。
それは森沢幸穂が自宅に呼ぶ占い師や霊能者の集団の餌食なった人間が、本当に何人もいると言う話しになるのではないか。
そう考えた瞬間、ブルッと芽依の右手が震えた。

「熱愛じゃなくて、オカルト的な、もっとややこしいものに引き摺り込まれてたってこと?」

そこでやっと、芽依は唇を開いた。
七菜香が芽依を見つめ返す瞳には、いつものように色んなものをキラキラと反射する輝きがない。
この話しはきっと、彼女自身にも相当堪えたのだろう。

「うん、何か、オカルトとかスピリチュアルとか、そう言う方のこと」

こう言ったものにハマりこむ人間は途中で我に返るタイプが少ない。
ズブズブと足元から沼に沈まされて、気が付いたときには息をするのがやっとくらいの深さまで侵食されている可能性が高く、引き返せたとしても代償は大きいだろう。

「皆んなやたらと痩せてって、細田さん本人から同じ事務所の後輩とかに、その森沢さんの周りの占い師とかの売り込み?が凄くなっていって、何人かは信じちゃって、巻き込まれたんだって」

まさか、そこに今、荘次郎がいると言うのだろうか。
表情の移り変わりは少なくても、ノリが良くて話しているとユーモアがあって面白く、ここぞと言うときに芯は強く、自分と言うものをしっかりと持っている。
そんな男の筈なのに。

「実際何が起こってたの?」
「うんと、お金がないって皆んな言うようになって、乗ってた筈の高級車とかがどんどん消えていって、倒れちゃう人もいたとかで、、」
「うん」
「自分に降りかかった不幸を神様のせいして、それを占い師がこうしたら良くなりますよ~って占って、占い料として高いお金搾り取られるんだって」

何ともありがちだ。

「その占い料をずーっと払わされるみたいなの。それも、どんどん高くなっていくらしくて、皆んな払えなくなるって」

七菜香がコツ、と右手の人差し指の爪の先でコーヒーのカップを小突いた。
話していて、少し苛立ったのかもしれない。

「倒れるのは困るからって仕方なくお給料多くしてもすぐに占い料に消えちゃうの。その人たちはお金がないのも全部"今は神様がいないだけ"って言うんだって。不運は全部神様のせい。森沢さんのところに行けば、神様の声が聞こえてお金が入ってくるんだって」
「何だそれ」

椅子の背もたれに背中をつけると、芽依は真上の天井を見上げてハアー、と長く息を吐いた。

「森沢さんて業界でも権力ある人にばっかり好かれてるし、若手じゃ抵抗できないようなところにいるもの。一時期は騒がれたけどホントに一瞬で、細田さんとの問題も結局業界の人達が潰したんだって」

本当に人伝なのだろう。
七菜香は頭に入れてきたものをここで全部吐き出そうとしている。
今一度辺りを見回し、芽依は誰にも聞かれていないか再度確認をした。
視線だけ動かしたに過ぎないが、近くの席には誰もいない。
遠くにいた人影もいなくなった。
9時24分。
もうそろそろ楽屋に帰らないと、中谷に怒られそうではある。

「細田さん自身が未だに俳優として復帰できてないのは、最後の方は騙されてることに気がついて、森沢さんを訴えるとか何とか言ったせいで、その業界の人達からの圧力で干されてるかららしいの」
「、、七菜香ちゃんは、荘次郎が森沢さんのところにいるって思ってんだよね?」
「うん」

彼女はまた俯いて、グッと下唇を噛んだ。
思っている、と言うよりも、写真を撮られてしまった今、明らかにそうなのだろう。

「多分、お母さんの病気のことで、漬け込まれたんだと思う」
「、、、」

それはもう、あまり、芽依も否定できない。

「多分、洗脳されてる」
「っ、」

ドクン、と胸の奥が大きく波打ち、嫌な音を立てた。
ガラガラと何かが崩れていくような音すらしている。
芽依が思う荘次郎とは、決して、洗脳なんて言葉と結び付くような弱くて自我のない人間ではないからだ。

「洗脳って、、そんな簡単に、」
「できるよ?、できるものなんだよ」

否定しようとした芽依の言葉を、七菜香が力強く遮って行く。

「本当に、、洗脳されてないって思ってても、本人に意志があって抗ってるつもりでも、実は抗えてなくて、全部言いなりになってて、、」

声が震えていた。
いつも明るく元気な彼女らしくない、心細そうで、泣き出しそうな声色だ。
彼女がいかに荘次郎に対して真剣で、また、荘次郎も彼女に対して真剣だったかを伺わせる。
きっと芽依よりも、七菜香の方が荘次郎が洗脳されているなんて事は信じたくないだろう。

「荘次郎くんは、きっと1人で抱え込み過ぎたんだと思う」

だとしたら、俺のせいもきっとある。
芽依が荘次郎のすぐ隣でスキャンダルに嘆き、世間の冷たさにもがき苦しんで、荒れに荒れている姿をずっと見せてしまっていたからだ。
芽依はすぐにそう思って、グッと喉が詰まって苦しくなった。
そんなモノが隣にいたら、きっと「自分の悩みなんてまだまだ」と思わせてしまっただろう。
だとしたら荘次郎がこの問題を余計に1人で抱え込み、誰にも打ち明けられず、余裕のある大人に近づかれて「困ってない?」と囁かれたらどうだろう。

「困ってます」

そう答えてしまわないか?
大好きな、たった1人の家族が自分を忘れていく病にかかってしまって、治療薬もなく、徐々に悪くなっていく様子を傍で見ているのはどれだけ辛いだろう。

「、、荘次郎」
「私にも何も言ってくれなかった。お母さんの病気のことも社長から聞いた。そのくらいには、触れて欲しくない問題なのも分かるけど、でも、、」

恋人にも頼れない不器用な彼が、恐らく母親と同年代の女性に、母親の病と闘いながら出会ってしまったら、それはもう、切ないくらいに縋りたくなるのではないか。
親を求めてしまう瞬間があるのではないか。
ほんの一瞬の「安心」を下さいと、乞いたくなるのではないか。

「、、どうにかしなきゃ」
「え、?」
「どうにかしなきゃ。俺たちで、動かなきゃ」

彼が「細田翔」のようにこの芸能界から締め出される前に引き止めて、こちら側に戻さなければならない。
お前が頼るべき人間はここにいるのだと教えなければならない。

「そ、、そうだよね。そうだよね!?」

七菜香は縋るように芽依を見つめた。
その目には、やっと生気が戻ってきたように感じられた。

(写真撮られたってことは、荘次郎がそう言うのに関わってるってのがもう事務所にまでバレてるってことだよな)

9時28分だ。
芽依は七菜香に連絡を取り合おうと告げると、急いで席を立ち、楽屋まで走って戻って行った。

(荘次郎)

なあ、荘次郎。
俺がスキャンダルで苦しんで、初めて荘次郎と泰清の前で泣いたとき、お前言ってくれたよね。

『やっと泣いたな。無理しちゃってさ。似合わないよ、溜め込むの』

ねえ、頼むよ。
頼むから、頼ってよ。
こんなに弱くて、頼りないかもしれないけど、こんな俺を荘次郎が助けてくれたあの暖かさを、今度は俺が荘次郎に届けたいよ。

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