僕たちはまだ人間のまま 2

ヒャク

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第14話「入らねえ問題」

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「鷹夜くんの尻にメイのちんこが入らねえ?」
「おいバカ、デカい声で言うな」

週の始まりからそんな相談をされる身にもなれ。
窪田泰清(くぼたたいせい)はそう思いながら咥えていたタバコを指で挟んで口から外し、ぷはあ、と煙を吐き出した。

「そぉんなこと言われましてもぉ」

セックスを諦めていつも通り鷹夜と平和的な週末を過ごした芽依は、月曜日の朝に彼と別れ、仕事をこなし、夜の21時から同じ事務所の泰清がいる「酒処・霧谷」に赴き、この週末に起きたとんでもない失敗を彼に話していた。
知っているのは平成の初期の俳優達まで、と言う高齢の客ばかりが常連で通う霧谷は芽依と泰清にとっては自分達のファンが決して押しかけて来る事のない隠れ家で、注文されてからその場で炭火焼きにする焼き鳥が売りの居酒屋だ。
扉もランマも檜の細い格子が入った和風の引き戸玄関を入ると、中は炭火焼きの煙とタバコの煙が強く香る古い店内。
黄ばんだ壁に貼られた剥がれかけのメニューが歴史の長さを物語るような店で、その店内の奥にある一段上がった床と襖で囲まれた座敷席が泰清の指定席だった。

「っつぅかさあ、んふふ、どんだけちんこデカいの、メイ!」

灰皿にタバコを押し付けて潰すと、クツクツと笑いながら泰清はバカにしたようにそう言った。
2人は座敷席の中で座卓を挟んで向かい合って座り、芽依は生ビールをジョッキで、泰清はいつも通り、烏龍茶、日本酒、ハイボールをぐるぐるとチャンポンしながら飲んでいる。
泰清は謂わゆるザルで、どんな酒を何種類ちゃんぽんしようがまったく酔わない。
体調が悪いときだけ露骨に悪酔いすると言うある意味色々と分かりやすい人間だ。

「普通にXLに入るよ」
「うわマジでデカくない?いや、旅行の風呂のときとかにデカいなーとは思ってたけどさ」
「見んなよ」
「んははは、そこはすまん。でもさあ、いざ入らねーってショックだよな、割と」
「ショックだったよ、、痛い思いさせちゃったから」
「んー、でもお前がどうのってより、あのクソ真面目な鷹夜くんだよ?絶対責任感じて凹んでるよ今頃」

既に鷹夜とも何度か飲みに行ったり遊んだりして連絡先も交換している泰清は、彼の生真面目さや不器用さ、子供っぽさも大人っぽさも理解している。
あの性格なら絶対に落ち込んでるな、と鷹夜のしょぼくれた姿を想像しながらニヒッと笑い、テーブルに置かれた平たく黒い皿の上から焼き鳥のハツの串を取ってカプ、と咥えた。

「や、やっぱそうかな?鷹夜くん、俺にあんまそう言うの言ってくれないから、、」
「ぜーーったいに感じてんぜ。あ~あ、可哀想だなあ~?お前のちんこが、っふ、デカすぎるばかりに?ブフッ」
「おい笑ってんじゃねえよ真剣に困って相談してんのに!」
「お前さ、こう、縦にちんこ伸ばして細くしたら?」

串を小皿の上に置き、ハツを噛みながら、まるで小さい子が粘土で細長い棒を作るときのように両手のひらを向かい合わせ、少しだけ間を開けたまま擦り合わせるような動作を見せてくる泰清。

「馬鹿にすんのやめろや」
「だってちんこ、、ふふふ、フフッ」
「あーのーさーあ?本気で困ってんだっての」
「ぐふっ、んふふ、でもさあ?俺に相談されても困んのよ正直。だってどうすることもできなくね?それとも何、俺が鷹夜くん開発して良いの?」
「絶対ダメ!!っつかそんなこと言ってねえだろひと言も!」
「あっはっは!ホント好きな」

確かに泰清に相談したところでしょうがないのかもしれないが、彼は交友関係が広過ぎるくらい広いのだ。
同じような悩みを抱えた同じような性癖の人でも知らないだろうか、と思って芽依も悩みを打ち明けている。
今回ばかりは空振りのようだが。

「アレは?ディルド使ってさ、ちんこの形を受け入れる練習をしてもらうとか」
「それ考えはしたんだけどさ、、鷹夜くんの中に初めて入るちんこは俺がいい」
「ディルド相手に童貞かよめんどくせぇ~~~!!」

芽依の真剣な受け答えに大笑いしながら、泰清は座敷席の畳みに背中から倒れ込んだ。

(ハツ美味いなあ、、あ、レバー頼も)

そう思って口の中のハツを飲み込み、よっこらしょ、と起き上がる。
流石に一瞬、脳がぐわん、と揺れた気がした。

「よくよく考えると入らない子いたな。女の子でも」
「ん?そうだったの?」
「うん。初めての彼女、、七菜香ちゃんのときはマジで時間かかった」
「じゃあ今回も時間かけてやれよ。もうちょっとケツの穴拡げればいい話しだろ?」
「結構大変なの!!女の子みたいにいかないの!!あと鷹夜くんにばっか負担かけるから色々考えてんの!!」
「あっそう」

呆れる程にこの芽依と言う男は「鷹夜くんバカ」になったな、と泰清は内心呆れつつ、どことなく安心している。
昨年の1月のスキャンダル以来、彼がここまで人間味を取り戻して騒げるようになるまでにかなり時間がかかった。
その期間荒れに荒れて自暴自棄だった竹内メイを全て見てきた彼としては、雨宮鷹夜の登場により、芽依が良く笑うようになって、本気で人を愛している姿が見られるのはとてつもなくホッとするのだ。

「七菜香ちゃんと言えばさ。荘次郎、まだ連絡取れないわ、俺」

そんな安心と共に脳裏に蘇ったもう1人の男の顔。
泰清はスッと声のトーンを落とし、少し呆れたように言った。

「ぁ、、俺もダメ。先週、どっかで会えない?って送ったんだけど、既読だけついて返信ない」
「んー、やっぱしんどいんだろうなぁ、、何で頼ってくんねーのかなあ」

宇野荘次郎(うのそうじろう)。
2人にとって高校時代に経験した映画デビュー作「星降る丘の」において、彼らと共に主演を務めたもう1人の若手俳優の名前だった。
デビュー作以来、数ヶ月前まで毎日のように共に飲み歩き、どんな馬鹿な事でも一緒にやってきた3つ歳上の線の細い薄命そうな儚げな印象が残る男で、彼らとはかなり仲が良い。
そんな荘次郎の話しが何故今出たかと言うと、真城七菜香(ましろななか)と言う女優の話しが出たからだ。
彼女は芽依が事務所に入ってすぐにできた彼女であり、人生で初めて付き合った相手で、荘次郎と同じ事務所に在籍している。
別れた今も険悪な仲ではない。
芽依、泰清は同じ株式会社黒田エンタテインメントの所属で、荘次郎と七菜香は株式会社ドールオンズの所属だ。
最近になって荘次郎と連絡が取れなくなり疑問を抱いていた芽依の前にたまたま同じ番組に出演する事になっていた七菜香が現れ、荘次郎の話しになったのが1か月半と少し前の話しで、そこから色んな情報を集め、やっと泰清が掴んだ情報が、荘次郎の母親が認知症になった事で彼が芸能活動を休みがちになり、誰とも連絡を取っていないと言う事実だった。

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