僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第140話「僕たちはまだ人間のまま」第1部終わり

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鷹夜に頬をぶたれて泣き止んだ芽依は滲んでいた涙を拭い、目の前にいる不機嫌そうな鷹夜を見つめた。

「来世は男と女に生まれて出会いたい」
「だから保証できないんだって」
「それでも。来世は俺が子供産むから、また俺と出会って欲しい」

芽依は甘えて鷹夜に抱きつき、胸元にグリグリと顔を埋める。
トクン、トクン、と静かな音が彼の内側から聞こえた。

「う、」
「?」

心臓の音が速くなって気がした。

「生まれ変わってから、なんて、無理だ。今の芽依と、今の俺で、あ、愛し合い、たい」

そして、その言葉に耳を疑った。

「、、、え、それ最後の台詞」
「返事は」
「え?あ、僕もですぅ、、?」
「ふはっ!締まらねえなあ」
「、、、」

正しくは、

「生まれ変わってからなんて無理だよ。今の貴方と、今の私で、愛し合いたいの」

だった。
「僕たちはまだ人間のまま」の最後の台詞だ。来世は違う生き物になって、家柄なんて関係なく、形なんてどうでもよく、貴方と愛し合いたい、と言う悠太郎の台詞の返事で、湖糸が愛を告げる台詞。
鷹夜の胸から顔をあげ、彼を見上げて芽依はまた涙ぐんでいた。

「だ、台本読んだの?」

ふっふっ、と楽しそうに笑う鷹夜とくっついていると、自然と芽依の身体も揺れる。

「違うよ小説。本棚にあったから、お前いないときに少しずつ読んでた」
「何だよもお、びっくりした。んー、もお、何でそう格好いいかなあ」

鷹夜に額にキスをされ、頭を撫でられて芽依はやっと落ち着いた。
周りと同じように家庭を持つ事を夢見ていた鷹夜を半ば無理矢理こちら側に連れ込んだ気がしていた彼は、飲み会での言葉で色んなものの張り詰めていた糸が切れてしまい、つい弱音が出たのだ。
そんなものまで包み込み、大丈夫、と言ってくれる鷹夜に縋りながら、もうこんな事を言うのはやめようと思った。
鷹夜だって初めからそれをずっと気にしていたのに、今、ここにいてくれるのだから、と。

「鷹夜くん好き。好きだよ、本当に好きだ」
「分かってるから寝ようよ」
「んー、、えっちしたい」
「ふざけんな」

またゆっくりになった心音を聞きながら、芽依は鷹夜に頭を抱えてもらってそのまま目を閉じた。
温かくて愛しい体温に包まれると、堪らなく安心する。

「、、好きだよ」
「俺も好きだよ。だからもう寝よ。芽依は明日早いんだから」

トン、トン、と背中をゆっくり、優しく叩かれる。
それは芽依を眠らせるにはあまりにもちょうど良く、すぐさま寝息が聞こえ始めた。

「おやすみ」

そう言って、鷹夜も目を閉じる。
カーテンが閉じられていて見えないが、星の出ている穏やかな夜だった。




「仕事嫌だ~~ッ!あ、鷹夜くんマスクと帽子取って!」
「はいはいはい、人間なんだから仕事すんのは仕方ないだろ。金なんてシステムを作ったご先祖様を恨め!取った!」

2人分の足音がうるさく家に響く。

「もう少し余裕ある時間に目覚ましかけろよ!起きたら家出る30分前って何だよ!」
「後で!お説教は後でお願いします帰って来てからで!」
「今日何時!」
「撮影と収録とボイトレだから、夜の12時過ぎるかも、、」
「分かった行ってこい!洗濯と掃除して飯作っとく」
「あっ、無理しないで休んでて!」

6時半には家を出て地下駐車場で待っている中谷の運転する車に乗り込まなくてはならない。
現在6時24分。
エレベーターで下に降りる時間を入れるともう玄関に向かわないと間に合わない。

「中谷が玄関まで迎えに来ちゃう~~!」
「それはダメ!早く!」
「はいー!!」

靴下を履きながら片足でけんけんをして進み、芽依は帽子とマスクを持って玄関で待機している鷹夜の元へ急いだ。
携帯電話、充電器、財布、鷹夜と自分の家の鍵、スケジュール帳、その他。
スカスカだが1番近くに置いてあったリュックにそれらを詰めた。

「はい帽子」
「はい」
「はいマスク」
「はい」

玄関で帽子を被り、マスクをつけ、靴を履き終わる。
トントン、とつま先を床にぶつけて靴を馴染ませると、ドアを開ける前に振り向いて、右手の人差し指でマスクをズラした。

「鷹夜くん」
「はいはい、行ってこい。頑張れ」
「んー」

馬鹿みたいだけれど、これが定番になっている。
ドアを開ける前のキス。
チュッと軽く済ませると、コツン、と額を合わせてからすぐに鷹夜に押され、芽依は身体を離してマスクを付け直した。

「いってきまーす!」
「いったっしゃーい」

ブンブンとふざけて大きく手を振り合い、芽依は仕事へと旅立って行った。

「さて。もう一回寝よ」

鷹夜はこう言う日は芽依を送り出してから昼まで二度寝するのがパターンになっている。
ドアの鍵を閉めて息をつくと、少し寂しがりながらもリビングへと戻った。

「早く帰ってこいよ」

こんな日常が、あとどれくらいか、続いていく。

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