97 / 142
第97話「連れて行こうか」
しおりを挟むその日の夜に鷹夜が家に帰ってくると、「もう家?」と連絡が入った。
またコンビニで買ってきた弁当をテーブルに広げ、テレビをつけて動画配信サービスに接続したところで、彼は携帯電話のバイブ音だけで芽依からの連絡だろうなと予想ができていた。
「帰って来てるよ~、と」
「いただきます」と言う前にメッセージを送っておくと、食べ始めと同時にまたテーブルの上の携帯電話がブブッと震えた。
「、、ん」
箸を咥えて返信を打つ。
数秒後には電話がかかってきた。
鷹夜は通話ボタンを押すと素早くスピーカーモードに切り替え、テーブルの上に機体を寝かせる。
「どしたー」
《おかえり~》
「はは、ただいま」
呑気そうで眠そうな声に笑いが漏れた。
「何してんの?」
《まだ撮影~、今日あんまりスムーズじゃなかったから押しててさ》
「おーおー、頑張ってんなあ。お疲れ」
どうやら撮影現場から電話をかけて来ているようだ。
時刻は0時を過ぎている。
《鷹夜くんは少し早めに終わったの?》
「いつもよりはね」
《夕飯、またコンビニ弁当?》
「んー」
スイッチを入れておいたケトルのボタンがポコッと可愛い音を立てて跳ね戻った。
沸いたお湯を取りに立ち上がり、キッチンのワークトップに置いておいたケトルを持って帰ってくる。
テレビは好きな芸人が出ているバラエティ番組を垂れ流すことにした。
《身体壊すよー、鷹夜くん》
「じゃあ芽依くん作りに来てよ」
《いいんですか!?かっ、通妻!?》
「うるさっ」
機体を耳に押し当てていなくて良かったと思うくらいに芽依は大きな声を出した。
「あ、そう言えばさあ!今年はうちの会社、夏季休暇あるんだよ!」
それはさておき、と鷹夜は今日1番のビッグニュースを芽依にるんるんしながら報告する。
明らかに声が嬉しそうだった。
《マジ!?夏休み!?》
「お盆休みだな」
《えー!!じゃあ遊べるじゃん!!》
「あ、俺、実家帰る」
《えっ!?》
鷹夜の今日の夕飯は豚カツ弁当とサラダ、インスタントの味噌汁だ。
彼は細い割にはガッツリ食べる方で、好き嫌いはあまりない。
ちなみに割り箸を割るのが苦手で、大体が割った片方の持ち手辺りが裂けて細くなってしまう。
今日もそうだ。
《実家帰っちゃうの!?》
「芽依くんて帰らないの?」
《帰るとか考えてなかった、、鷹夜くんと旅行行けたら良いなあって、実は2日くらい無理矢理休みもらったけど、、》
「勝手にどこ連れてこうとしてたんだよ」
《草津、、裸の付き合い、、からの~?》
「からの~?じゃないッ!!」
明らかに不埒な思いが篭った台詞を蹴り飛ばすと、鷹夜は豚カツをひとつ頬張る。
サクサクの衣と少し湿気を吸った衣が実に弁当の豚カツと言う味わいだが、不味いわけではない。
(天仁屋の豚カツ食いて~)
不味いわけではないが、帰省話しで思い出した地元の揚げ物屋のカツの味にはやはり劣る。
《浴衣の鷹夜くんとまったりお泊まりの夢が、、》
「あ」
《あはんうふんな一夜が、、ん?ごめんなに?》
「芽依くんもうち来れば?」
《、、、え?》
ズルルル、と味噌汁を胃に流し込む。
無論まだまだ外は熱いが、冷房を効かせた部屋で飲む熱々の味噌汁はインスタントであっても最高に美味い。
ナスと油揚げが入っていると尚更に最高だった。
「俺の実家、一緒に来る?旅行したかったんだろ?」
鷹夜のそんな誘いに、芽依は撮影現場で動きを止めていた。
(鷹夜くんの、、ご実家、、ご両親に挨拶!?)
そして一気にいらぬところまで想像した。
《まだ早くない!?まだ付き合ってない!!》
「まだってなに」
《ご両親に挨拶かあ~~、待ってドキドキしてきた、深呼吸させて、》
「ふはっ!待て待て待て待て!あははっ!」
電話の向こうの芽依の様子に鷹夜は一旦箸を置き、落ち着くまでひたすらに笑う。
狼狽えるだろうと思ってはいたものの、テンションが上がっているのか下がっているのかよく分からなさが面白かった。
テレビの中の芸人の声はもう全然聞こえない。
「はあ~~、もうさあ、馬鹿じゃないの。友達として紹介するに決まってるじゃん」
《ええーー》
「ダメ。普通に友達として紹介する」
《えー》
ぶーたれる芽依の声に口元を緩める。
あまりにも穏やかで、男に迫られていると言うのに鷹夜には下手な落ち着きがあった。
「、、今はまだな」
ボソ、と聞こえるか聞こえないかの大きさで囁いた。
《、、絶対俺のこと好きにさす》
それに対して、芽依はハッキリと返事をした。
「ふふっ、はいはい。仕事は?電話もうそろそろ切る?」
《え、待ってもう少しだけ!》
切れることなく話してしまっていて、せっかく電子レンジで温めた豚カツ弁当が冷めていく。
鷹夜は電話が終わるまで箸を握らなかった。
何となくこの時間が大切に思えたのだ。
0
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
必然ラヴァーズ
須藤慎弥
BL
ダンスアイドルグループ「CROWN」のリーダー・セナから熱烈求愛され、付き合う事になった卑屈ネガティブ男子高校生・葉璃(ハル)。
トップアイドルと新人アイドルの恋は前途多難…!?
※♡=葉璃目線 ❥=聖南目線 ★=恭也目線
※いやんなシーンにはタイトルに「※」
※表紙について。前半は町田様より頂きましたファンアート、後半より眠様(@nemu_chan1110)作のものに変更予定です♡ありがとうございます!
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
はじまりの恋
葉月めいこ
BL
生徒×教師/僕らの出逢いはきっと必然だった。
あの日くれた好きという言葉
それがすべてのはじまりだった
好きになるのに理由も時間もいらない
僕たちのはじまりとそれから
高校教師の西岡佐樹は
生徒の藤堂優哉に告白をされる。
突然のことに驚き戸惑う佐樹だが
藤堂の真っ直ぐな想いに
少しずつ心を動かされていく。
どうしてこんなに
彼のことが気になるのだろう。
いままでになかった想いが胸に広がる。
これは二人の出会いと日常
それからを描く純愛ストーリー
優しさばかりではない、切なく苦しい困難がたくさん待ち受けています。
二人は二人の選んだ道を信じて前に進んでいく。
※作中にて視点変更されるシーンが多々あります。
※素敵な表紙、挿絵イラストは朔羽ゆきさんに描いていただきました。
※挿絵「想い03」「邂逅10」「邂逅12」「夏日13」「夏日48」「別離01」「別離34」「始まり06」

俺の推し♂が路頭に迷っていたので
木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです)
どこにでも居る冴えない男
左江内 巨輝(さえない おおき)は
地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。
しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった…
推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる