僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第83話「向き合う重さ」

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「ど、して、、?」

綺麗な涙がひと筋、はらりと彼女の目からこぼれ落ちて頬をつたった。
ソファから少し離れて深々と頭を下げた芽依は、床の上のラグの端を見つめながら話し始めた。

「ごめん、冴のこと、好きだと思った。でも違うんだ、俺のこれ。この気持ちはきっと」
「、、、」
「ジェンが、いなくなった穴を埋めようって頑張ってるんだ、ずっと、、寂しくて、1人じゃいやで、それを冴で埋めようとしてる」
「そ、それじゃだめなの?私はいいよ、だって、」

伸びた前髪を払い、芽依は顔を上げて彼女を見下ろした。
大きな栗色の目は涙で潤んで美しい。
冴は綺麗で可愛いくて、優しく純粋な女性だ。
芽依の好みで、性格も良く、まさに理想に近い。
けれど、ジェンの代わりにしていないか?と聞かれると、彼女といる理由は途端に分からなくなった。

「だめ、なんだ。この先絶対、冴を傷付けることになるから。良い子なのは分かってる。綺麗で優しくて。だから余計に、これ以上は傷付けたくない」
「じゃあッ、その穴が埋まったらまた付き合ってくれる?最後は戻って来てくれる?待ちたいの、芽依くんのこと」
「、、、」

今の芽依にはきちんと分かっていた。
ジェンの穴を埋められる鷹夜、鷹夜の好きなところを写したように持っている冴、そうやって誰かの代わり、誰かの代わりと求めただけで、彼女の本質を愛したわけではないこと。

『竹内メイだよって言ったら、皆んなにスゴイ!って言われちゃった』

そして、先程のこのひと言に自分が心底傷付いていること。

(冴が求めてるのは画面の中にいる俺だ。ジェンの隣にいた俺だ。小野田芽依じゃない)

下唇を噛むと、彼女はその姿を見てハッとしたような顔をした。

「、、私じゃ、ダメ、なんだね」

ぼたぼたと溢れる涙を拭おうと手を伸ばすと、冴の手でそれは叩き落とされてしまった。
痛む手の甲を見つめてから、芽依は彼女に視線を移す。

「っ、、分かってた、分かってたよ!だってずっと、私のこと見てなかったんだもん」

悔しそうな顔に胸が痛んだ。
何もかも、最近起こる嫌なことは自分が招いた結果で、誰かが傷付くのは全て自分のせいだったからだ。

「芽依くん、他に好きな人がいるんでしょ」

彼女が胸の前で重ねた手がフルフルと小刻みに震えている。
冴は傷付けられた女のプライドで苛立ち、そして憧れ続けていた芽依が再び遠のいて行く気配に涙を流した。

「、、好きな人?」

蘇るのは銀色の後ろ姿ではない。
いたずらに笑う誰かの笑顔だった。

(いや、好きって、そういう好きじゃないし、)

でもどうしてキスをしたんだろう。
芽依は冴の言葉にズクンズクンと痛むように胸の中が鼓動しているのを感じた。

「だって、初めて会ったとき私のこと知り合いに似てるって言ってたじゃん。ずっと私と誰かを重ねてる気がしたの。私を見てるようで見てなかったから」
「、、、」
「そう言うのが、1番傷付く!!」
「ッ、」

耳をつんざく声に芽依の肩はビクッと揺れた。
あまりにも真っ直ぐな目が自分の罪を見つめているようで心苦しい。

「好きだったのに、、好きなのに、想いが通じたと思った好きな人に見てもらえないのがどんなに惨めか、分からないでしょ?」
「ご、めん」
「酷いことをしてるって自覚がないの。芽依くんはそうやって色んな人を傷つけて来たんじゃない?」

見透かされた人間性に嗚咽が沸きそうになったが、何とか堪えた。
自分のテキトーさや無責任な立ち振る舞いに本当に嫌気がさす。
冴の言う通りだった。

(誰かを誰かの代わりにする癖も、自分のことしか考えてない色んな行動も、全部、人を傷つけて来たんだ)

彼はそれを言われてやっと気が付ける程度には、人の事を見れていない。
いつも自分の事ばかりだった。

「、、返す言葉も、ない、です」

握り締めた拳が震えている。

「ごめん。本当にごめん」

けれどどうしても、これだけはちゃんとしたいと思えた事がある。
不器用な彼なりに、それを貫き通す為に何もかも手放して、今、真っ直ぐ立ちたいのだ。

「ごめん。どうしても、向き合いたい人がいる」
「っ、」
「確かに、冴に似てるって言った人だ」
「、、そうなんだ」

彼女はもう泣いていなかった。
ソファの上で膝の上に手を置き、背筋を伸ばして芽依に向かって笑った。

「ごめんね、、ちょっと酷すぎる」
「、、、」
「でも別れてあげる」
「え、」

強い目をしていた。

「その人と幸せになってね、なんて言えない。酷いことされたから、叶わなければいいのにって思う。でも、、この悲しい気持ちを他の人が味わうのは、可哀想」

ソファからゆっくりと立ち上がった冴は、芽依の左手へ手を伸ばし、手首を握って力を込め、彼を見上げてしっかりと見つめた。

「もうこんな事しないで。軽率に人を傷付けないで。周りの人の世界の中心は貴方じゃないの」

ドン、と胸を殴られたような衝撃のある言葉だった。

「その人の世界はその人が軸なの。振り回していい気にならないで」
「、、はい」
「その世界を乱してしまう貴方じゃ、誰かを愛するなんて無理」

手首から熱が離れて行った。

「はい」

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