81 / 142
第81話「ここまでおいで」
しおりを挟む「お前さあ、何かあった?」
「え?」
金曜日。
久しぶりに駒井と2人きりで飲みにきていた。
暗い照明の、雰囲気のあるバーの店内にいる。
瑠璃のお気に入りの店で、この後ここで合流する事になっているのだ。
「鷹夜さん、おかわりは?」
カウンター席に座った2人はどちらもバーテンダーの女性に顔を覚えられている。
中々の常連と認識されているらしく、先日名前を聞かれて喋るようになった。
「あ、お願いします」
鷹夜はオレンジを使ったカクテル。駒井は生姜のシロップを使ったものを飲んでいた。
空いたグラスを下げられ、同じものを作ってくれる彼女の手元を見ながら、鷹夜は口を開く。
「何かってなに?仕事?なーんもねえよ。忙しかったけどね」
「そうじゃなくて、プライベート?で、何かあったかって聞いてんだよ」
グラスに口をつけながら駒井がチラリと隣を見ると、鷹夜はカウンターの中に並んだ酒の瓶を見つめながらぼーっとしていた。
「んー」
「何かあったのね。はい、話せ」
明日、明後日と予定通りの休日になる。仕事が忙しかった最近からすると、これは久々の事だ。
鷹夜はゆったりとした金曜日を満喫していて、腹も満たされ、今は少し眠いなと思いながら酒を飲んでいる。
無論、芽依と会わなくなったあの日から彼を思わない日はなかった。
何をしていてもふと思い出される。
テレビでもよく見るようになってきた。もうそろそろドラマが始まるからだろう、バラエティ番組の出演も増えていた。
「あー、何かあったと言えばあったかなあ」
おかわりで来たオレンジを使ったオレンジ色のカクテルのグラスが目の前にスッと出される。
バーテンダー・漆原(うるしばら)が鷹夜に向かってニコ、と笑い掛けると、カウンター席の上の天井から垂れ下がっているペンダントライトの淡い光にその顔が照らされていた。
「鷹夜さん、悩みとか人に言わないこと多過ぎますよ。たまにはお話ししてみては?」
「あはは」
「だってよ。漆原さんも言ってることだし」
「あー、うん、、うん」
あの日から、鷹夜の世界はまた影ってしまったようだった。
柄にもなく毎日続けていたどうでもいい内容のメッセージのやり取りや、寝る前にかかってくる電話。あんなものでも、鬱陶しく思った日もあっても、それらが自分の生活に馴染み、日常の小さな癒しで幸せになっていたのだと今更ながらに理解した。
そしてそれがなくなったのだと実感していて、最近、どうにも気分が上がらない。
「アプリでさ、」
「あれまだやってんの?」
「聞けよとりあえず」
相変わらずよく喋るな、と鷹夜は迷惑そうに駒井を睨んだ。
向こうはいたずらな顔で笑っている。
「男だったって言っただろ、最初に会った子」
「あー、うんうん。覚えてる」
「黙ってたんだけどさ、その子と友達になったんだよ、あの後」
「はあ?」
ああ、やっぱり。
駒井は笑いはせず、表情を歪めて鷹夜を睨み返した。
彼の頭の中にはきっと、日和のことが蘇っている。それから多分、古市のこともだ。
「お前また、、そういうさあ、」
「きーけって!大丈夫だったんだよ、悪い子じゃなくて、何で騙したのかとかも聞いたし、めちゃくちゃ謝ってくれて、その上で友達になったの」
「はあ、、あー、まあな?うん」
納得はいっていなさそうだが、駒井は返事だけは返してくれた。
店内には小さな音でジャズが流れていて、周りの客達も静かにお喋りをしている。
コソコソ、クスクス、止めどなく店内の至る所から声が聞こえてきた。
「でも何か、結局似てきてさ、古市に」
「、、、」
駒井は正直、「やっぱり」と思っている。
鷹夜と言う人間は変な人間に絡まれる事が多いのだ。
変と言うより、異常な。
「でもさあ、何か違うんだよ」
「んー、何が」
「古市がいなくなったとき、あーやっと自由になれたって思った。やっとストレスが消えた。もう誰かに支配されるのは終わりだ、やったー!って感じ」
「実際そうだったからな。お前優しくし過ぎたんだよあいつには」
「わかってっからあ~、本当にそれは分かってっからあ~~」
カクテルグラスを避けながら、鷹夜はカウンターに腕を伸ばして突っ伏した。
「でもさあ、楽しかったなあ、しか思い出さないんだよ、その、、アプリの子」
一瞬だったとしても、鷹夜の世界を彩った人間のあの眩しい笑顔が蘇ってくる。
有名俳優のくせに、一般人の自分相手に緊張して震えていた姿。
本気で謝られたこと、本気で一緒にいたいと言われたこと。
合鍵を渡したときの嬉しそうな顔。
もう全てが遠くに行ってしまったと言うのに、鷹夜の中で、それは愛しい日常の断片でしかなかった。
比べるのすら申し訳ないが、古市と過ごしたときのように、常に影を孕んだような不安定さがあった楽しい時間とは違う。
確実だったのだ。
芽依と過ごした2ヶ月弱は、彼の眩しさと人の良さ、純粋さの上に成り立った、絶対的に陽の当たる眩しく愛しいものだった。
「古市と違うなら何が問題?友達なんだろ?」
「キスされましてね」
「ほあっ、、ほぁあッ、」
「え、なに、きもっ」
「キスされましてね」のひと言に、駒井は持ち上げていたグラスをカウンターテーブルに戻し、まん丸に目を見開いて「ほあっ」を連呼し始めた。
鯉のように口をバクバクさせている。
「バカ?バカ!?完全にやべえヤツじゃん!!」
「大丈夫。お前のキスは抜けなかったぜ」
「いやん、覚えててくれたの、、じゃなくてえッ!!」
パンッ!と鷹夜の肩にグーパンを入れ、駒井は2人の間に置いてある小皿に乗ったししゃものフライを頬張った。
洒落た店なのだが、つまみは少しおじさんぽいものが多い。
「何されてんだよお前、マジで笑えねえ。最初からそう言うヤツだったんじゃねーの?ほら、あっち系って言うか」
「んー、何かそう言うのじゃなくて、人との関わり方忘れちゃってる系なんだよなあ」
「問題大有りじゃん」
はあ、と駒井がため息を吐き、鷹夜はそれを聞いて「ごめん」と言いながら小さく笑った。
「違うんだって、何か、、何だろう」
何かはハッキリ分からない。
けれど何かが、古市とは違うのだ。
「変わりたいって意志は見えるんだ。こんな自分じゃなくなりたいって言うのは。でも俺がずっとそばにいても甘やかすだけで変われないだろうからと思って、今、距離置いてる」
「別れそうなカップルじゃねーんだぞ」
「分かってるって」
弱ったように鷹夜が笑うと、いやでも人の良さと優しさが顔に滲み出る。
駒井は会社に入社したばかりの頃、この弱々しさが嫌いで見ているとイライラした時期があった。
(でもあの頃のこいつとは違うもんな)
きちんと判断してこそ、話題になっている男のフォローをしているのだろう。
古市の一件で昔とは見違えるくらいきちんと自分を守り、傷付けてくる人間とは関わらないように戦える程に強くなった鷹夜。
駒井は1番近くで見てきた分、彼のその成長も知っている。
「ま、用心しろよ。何かあったら、飲み誘え」
「ん、ありがと。そうするわ」
鷹夜は「ふふ」と、優しく笑った。
0
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる