僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第70話「話しを聞け」

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《鷹夜くんごめん、明日はやめとく》
「、、ん、分かった。じゃあまたなー」

いつも通り、彼はすんなり通話終了のボタンを押した。

「うーん」

リモコンでエアコンの電源を入れると、羽が動き出してゴオオ、と勢いよく風が出る。
設定は25度にしておいた。
テレビ台の下を眺め、ため息をつく。
新しく買ったゲームソフトをどうしても2人でやりたくて、彼は開けずに取っておいている。
それはテレビ台の中にあるゲーム機の乗ったまま数日が過ぎていた。

『ただ単にめっちゃ嬉しかった。ありがとう。ごめんね、今日オフじゃなくて。次の休みは絶対来るから、ゲームしよ』

ゲーム機に接続したままのコントローラーを見るたびに、そのときの彼の言葉と笑顔が頭の中に蘇ってくる。
あんなに喜んでくれると思っていなかった。
だからこそ先程、勇気を出して自分から誘ってみたのだが見事に断られてしまった。
自分もまた休みを潰されて彼との予定をドタキャンしてしまった事は本当に申し訳ないなとも感じた。

(いつもなら、ってまだ何回かしか会ったことないけど。でもいつもなら飛んできそうなのに)

来れないにしても電話だけでも、と言い出すところなのに、今日の芽依はそんな事も言わずに鷹夜が言うままに通話を終わらせた。
過ごした時間は少ないものの、それが珍しい事なのは鷹夜は理解している。
彼は出会ってから、隙あらば自分に構ってくる男だったからだ。

(怒ったのかな)

ドタキャンしてしまうのは2回目だ。
嫌になったのかもしれない。

「んー、まあ待ってればいっか。そのうち会えるだろ」

帰ってきて5分も経っていない内にした電話を切り、鷹夜はもう一度ため息をついてゲーム機を見つめるのをやめた。
携帯電話をベッドに投げ出し、着ていたスーツを脱いでハンガーにかけ、いつも通り消臭芳香剤を吹きかけておく。
そう言えば、同じ製品を使っていると芽依が言っていた。

(いや待て、大丈夫だ。怒ってはなさそうだった。ドタキャンするときと違って)

3日前に「ごめん仕事になった」と電話で伝えたときは何ともやるせないと言う声色を出していたのに、先程はやたらと機嫌のいい声だった気がする。

(それにさっき女の子の声したよな?)

そう。
何なら通話の最後にチラリと女性の声が聞こえていたのだ。
高く、凛とした綺麗な声が。

(女といるのか)

すぐそこの天井を見上げた。

(え、女といるの?スキャンダルは?しかもこの後家に来ないかみたいなこと言われてなかった?そんで俺とのゲーム漬けの一夜を断ったのか?)

鷹夜の頭の上に延々と「?」が浮かんで並ぶ。
電話の向こうの話しなんてあまり聞いてはいけないと気を遣っていたのにバッチリ耳に入っていた声。
申し訳なくて忘れようとしていたが、やはりぶり返してきた。

(あいつ、女に騙されて傷付いてそれ引きずってて俺にアプリで嫌がらせしてたんだよな?え、なに?プレイボーイ復活祭?もういい子見つけた?俺の婚活の邪魔したくせに、、?)

何かがググッと込み上げてきて、右手に持っている消臭芳香剤の首を思い切り力を込めて握る。
カーテンレールにかけたスーツが、エアコンから激しく出てくる涼しい風に当たって揺れていた。

「あの野郎、人間不信どこ行った!!」

思わず叫ぶと、上の部屋からガタン!と何かを床に落とした音が聞こえた。




「何か運命感じてさあ、、あーもーどうしよう、ヤバい。久々にときめいてる」

ニヤついた顔の芽依を見ながらハンディ扇風機の風を顔に当て、松本は思い切り眉間に皺を寄せて顔を歪めた。

「え?」
「ん?」
「彼女みたいな人はどこいったんすか?」

近くには衣装のスタッフもメイクのスタッフもいない。
マネージャーも離れていて、芽依は上機嫌に口を滑らせている。
ロケ撮影の休憩中、2人は木陰に設置された折りたたみ式の椅子に腰掛けて日本茶のペットボトルを持ちながら、松本がマネージャーに買ってきてもらった唐揚げを2人でつついている。

「彼女とは遊びだったんすか?応援してたのに!」
「え」

松本の発言に、そう言えば、と芽依は鷹夜の事を「彼女みたいな人」として彼女に話していた事を思い出す。

(応援も何も、鷹夜くん男だし、、)

昨日の夜に出会った冴の話しを松本にしている最中だった。
撮影が進むにつれて仲良くなった2人は2人きりのときは警戒心を解いて色んな話しをするようになっていた。
松本はつい先日からこのドラマで彼女が演じる湖糸の婚約者役をしている片菊凪(かたぎくなぎ)と言う俳優と付き合い始めたらしい。
その流れで芽依も冴の事を話したのだが、それを聞くなり松本は「信じられない!」と言う顔をして彼を睨んできた。

「急に鈴野冴さんに乗り換えるって、、それあれっすよメイさん。トロフィーワイフ症候群!!」
「トロフィー?なんそれ」

彼はぽかんとして松本の手に持たれた紙の箱に入った唐揚げを指先で1つつまんで口に放り入れた。
松本は右手で持っていたハンディ扇風機を止めると膝の上に乗せる。
くすんだピンクの可愛らしい色をしている扇風機だ。

「有名なバンドの人とかが下積み時代に支えてくれた高校からの彼女捨てて芸能界で知り合ったモデルとかに乗り換えてさっさと結婚しちゃったりするじゃないすか。あれっすよ、ようは。有名で格好いい俺には有名で綺麗な女の方が似合う!乗り換えよう!ってこと」
「え、ちげーよそんなんじゃ、」
「そうじゃないっすか!!事実、メイさんは彼女みたいな一般人の人捨ててる!」
「ええっ!?」

言われのない罪に、芽依はゴクン、と唐揚げを飲み込んだ。

「待って違う、あの、あれ男の人なんだよ」
「思い出して下さいよ!会うの怖いくらい好きだったじゃないですか!!」
「だーかーらー!聞いて!!彼女みたいな、男の人で、」
「はあ?男もたぶらかしたのに捨てるって事ですか!?」
「ちーげーえーよ!!」

話がややこしくなってきた。
芽依はブンブンと両手を振りながら、唐揚げを頬張りつつ真剣な顔で自分を見つめる松本にどう説明すればいいのだろうかと悩んだ。
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