僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

文字の大きさ
上 下
69 / 142

第69話「据え膳」

しおりを挟む




「ふふっ、メイくんてこんなに面白いんだ!私知らなかった!」
「そうなのかな。ありがとう」

VIPルームに入った2人はゆっくり酒を飲みながら話していた。
ホールの中の音楽も聞こえず、邪魔する人間も視線もなくて、リラックスできる空間だった。
冴はシャンパンが好きらしく、少しだけ顔を赤くしながら小さな口でひと口ずつ丁寧に飲んでいる。

「あ、いけない。私そろそろ帰らなきゃ、、」

左腕の手首に着けた華奢なシルバーの時計を見つめて彼女は言った。

「ん?」
「メイくん、あのっ、お願い連絡先教えて!」
「ん、いいけど、帰るの?送ろうか?」
「ええっ!?」

多分この子はそう言った事に慣れていないのだろう。
冴は連絡先の件を軽く承諾された事にも、「送ろうか?」と言う誘いの優しさにも、胸を痛い程高鳴らせて目を丸くしている。

(鼓動が聞こえてきそう)

芽依はアルコールが回っているせいもあり、目の前の明らかに自分にときめいてドギマギしている彼女と世界をふわふわと見つめながら、口の中で上機嫌に舌を回した。

「いやでもっ、あのっえっ!?」
「ブフッ、ふふ、、いや、何もしない。絶対何もしないから」

芽依はくつくつと笑い、彼女を安心させるように手を振って誤解を解こうとする。
何も、この出会いをそんなにすぐに進める気はない。

「や、そんな、それはそれで、と言うか、いや、あの、」

冴は顔を真っ赤にしている。

「お、送って欲しい、し、連絡先も、教えて、、下さい」
「うん。ふふ、あれ?また敬語に戻ったなあ」

じゃれるように伸びた芽依の手が、再び敬語で話し始めてしまった冴の長くくるりと巻かれた髪に触れる。

「わ、」

そんなひとつの動作にも、芽依の妖艶さは滲む。
長く太く骨張った指が髪を絡めて遊ぶと、広い手のひらに真っ黒で艶やかな絹糸のような髪がゆらゆらと乗った。
それを見つめる視線は不思議な色をしていて、長い睫毛はフサフサと瞬きをするたびに揺れている。

「メイくんて、、」
「ん?」
「綺麗で、格好いい、、ね」

そのむず痒いくらいの「恋の気配」に、冴はむせ返りそうになった。
堪らなく格好良く、女のツボを押さえて的確に口説いてくる芽依から目が離せない。
この男に狙われている自分に酔い、この男自身にも酔いしれている。
自分の手よりも遥かに大きい手のひらに触れたくなる。
自分を見つめる深い茶色の瞳を、視線すらも自分のものにしたい。
冴は初めて味わう「男への欲求」に胸を高鳴らせ、息が苦しくなるのを感じた。

「冴ちゃんは綺麗で可愛い」
「っ、本当ですか?」
「敬語、やめて」
「あ、、う、うん」

栞と付き合う前の自分が戻ってきたようだった。
芽依は自分の口からスルスルと冴を口説く言葉が出てくる事に驚きつつ、狼狽える事なく舌に乗せて吐き出している。

「冴ちゃん」
「は、い、」
「本当の名前も冴って言うの?」
「そうだよ」

弧を描いた黒い革張りのソファは動くとギュッとおかしな音が鳴る。
パンパンに張られた革が鳴るのだ。
丸いテーブルに肘をついて話していた2人は見つめ合い、視線を絡め、芽依から徐々に彼女に近づいた。

(キスしたい)

壁にひっついているソファの背もたれを掴み、背もたれに背中を押し付けた冴と距離を詰めていく。

「イヤじゃない?」

慣れていない冴に対して、芽依は優しくそう聞いた。

「イヤなわけ、ない」

鼻先が触れ、唇が触れ合う刹那、彼女はか細い声で返事をした。
ちゅ、と触れた唇は暖かくて柔らかくて、そして彼女からは良い匂いがする。

(可愛い、、良い匂い、)

1年ぶりの、自分と違う体温を持った人間とのキスだった。

「ん、んふ、、んっ」

熱い舌が絡まりだすと、冴は縋るように芽依のTシャツの裾を両手で掴んだ。
彼は空いている手で彼女の肩を優しく撫でてから掴み、背もたれに押しつけて動けなくしている。

「ん、、んぁ、ん、、」

芽依は満たされていくのを感じていた。
やはり、鷹夜に対して抱いていた気持ちはこの感覚の飢えのせいだったのだろう。
男にときめくなんて、男とキスがしたいなんて、普通は考えない筈なのだから。
彼はそう考えながら、小さくて柔らかい冴の舌を優しく吸い、彼女が肩をびくつかせた瞬間に、怖がっているなと察して唇を離してやった。

「大丈夫?ごめん、急ぎ過ぎた」
「はあっ、はあ、、大丈夫、あの、、びっくりしちゃって。ごめんね、こう言うの私、分からないの。あんまり経験がなくて」
「ふふ。そんなに説明しなくていいよ。大丈夫。ゆっくり冴ちゃんのペースでいこ」

芽依の手が頬を撫でると、冴は涙ぐみながら頷いた。

ブーッ

「ん?」
「あれ、、?」

ブーッ ブーッ ブーッ

芽依の尻ポッケに入れていた携帯電話が震えた音がVIPルームに響く。
時刻は午後23時41分を回っていた。

「誰だ?、、あ!鷹夜くんだ!ごめん一瞬電話出るね」
「うん。どぞどぞ」

冴が快く頷くと、芽依は急いで電話がかかって来ている画面の通話ボタンを押して携帯電話を耳に押し当てる。

「鷹夜くんっ?!」
《ヨッスー、ごめん遅くに。仕事終わったんだけど、芽依くん暇だったらうち来ないかなあって思って電話した。忙しいか。明日も仕事?》

少し疲れた声は、それでも楽しげにそう言った。

「今終わったの?また遅かったんだ。お疲れ。明日仕事はあるけど10時からだし、また鷹夜くん家からの方が近いなあ」
《あ、そうなの。来る?》
「んー、いこっか、、ん?」
《ん?》

ちょん、と膝の上に小さくて白い手が乗った。

(あ、)

恥ずかしそうに顔を赤く染めた冴が、もじもじしながらこちらを見つめている。

「ごめんちょっと待って」
《んー》

芽依はそう言って携帯電話を耳から離し、それを持っている手を伸ばして会話が聞こえないようにドアの方へ向けて彼女を見下ろした。

「ん?」
「、、っ、」

芽依が首を傾げると、冴はごくっと唾を飲んでから、彼の耳元に口元を寄せ、手で筒を作って小声で言った。

「この後私のお家で、あの、お茶でも飲みませんか?」
「、、、」

鷹夜か冴。
芽依は選択を迫られた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

トップアイドルのあいつと凡人の俺

にゃーつ
BL
アイドル それは歌・ダンス・演技・お笑いなど幅広いジャンルで芸能活動を展開しファンを笑顔にする存在。 そんなアイドルにとって1番のタブー それは恋愛スクープ たった一つのスクープでアイドル人生を失ってしまうほどの効力がある。 今この国でアイドルといえば100人中100人がこう答えるだろう。 『soleil』 ソレイユ、それはフランス語で太陽を意味する言葉。その意味のように太陽のようにこの国を明るくするほどの影響力があり、テレビで見ない日はない。 メンバー5人それぞれが映画にドラマと引っ張りだこで毎年のツアー動員数も国内トップを誇る。 そんなメンバーの中でも頭いくつも抜けるほど人気なメンバーがいる。 工藤蒼(くどう そう) アイドルでありながらアカデミー賞受賞歴もあり、年に何本ものドラマと映画出演を抱えアイドルとしてだけでなく芸能人としてトップといえるほどの人気を誇る男。 そんな彼には秘密があった。 なんと彼には付き合って約4年が経つ恋人、木村伊織(きむら いおり)がいた!!! 伊織はある事情から外に出ることができず蒼のマンションに引きこもってる引き篭もり!?!? 国内NO.1アイドル×引き篭もり男子 そんな2人の物語

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

推しをやめた日

西園寺 亜裕太
恋愛
アイドルになった親友のさおちゃんをわたしは推していた。けれど、さおちゃんが売れていくにつれてわたしはさおちゃんとの距離を感じてしまう。輝く彼女の姿を見るのが辛くなってしまい、こっそりと推しをやめてしまった。そんなさおちゃんにはわたしに対して特別な感情があり……。 カクヨムでも連載しています。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

処理中です...