僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第67話「忍び寄る魔の手」

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「ご飯ありがと。ごちそうさま」
「はいはい、どうも」

結局、鷹夜がコンビニで買って来たおにぎりを2人で朝食にした。

「あー、俺も休みたい」
「ふはっ、流石にサボれないよな」
「そうなんだよなあ、、あ、鷹夜くん」
「ん?」

玄関で靴を履く芽依。
鷹夜はその背中を眺めながら腕組みをして彼を見送る体勢になっていた。
午前9時50分前。
芽依はここからタクシーに乗って、今日のロケ現場に直入りする事にしている。

「ゲーム、コントローラー増えてたじゃん」
「ん?うん」
「あれって、俺の?」

昨日聞こうとして聞けなかった質問をしながら立ち上がり、鷹夜へと振り返る。
20センチ程下にある彼の目を見つめると、昨夜の事が頭をよぎる。
罪悪感と申し訳なさで、朝は少しの間、まともに顔が見られなかった。

「そうだよ。何で?違う色が良かった?」

何も知らない鷹夜はニコ、と笑ってそう答えてくれた。
その曇りのない笑みに昨日しでかしそうになったキスや、ここ最近鷹夜に何か良からぬ感情を抱きそうになっている自分を殴りたくなったが、芽依は何とか堪える。
意志を持って完全に彼を傷付けたアプリでの一件からすれば、未遂に終わった今回は良かった方なのだ。

(もう迷惑掛けるのはやめよう)

芽依としては鷹夜に対してのこの感情の揺れは、1年と少しの間、まったく女性と交流していない事から生じた気の迷いに過ぎない。
また自分の不安定さが原因となって彼に迷惑を掛けるのだけは避けたかった。

(彼女作ろう。ちゃんといい子見つけて、社長にも中谷にも鷹夜くんにも迷惑かけない恋をしよう)

鷹夜の笑顔に笑い返しつつ、彼は決意をした。

「そうじゃなくて、何か、、何かって言うか、ただ単にめっちゃ嬉しかった。ありがとう。ごめんね、今日オフじゃなくて。次の休みは絶対来るから、ゲームしよ」

黒いキャップを被り、マスクをつければ現場に向かう準備が整った。

「ふはっ!いつでもいいよ、そんなに力入れんなよ。謝んなくていいし」

いつも通りこちらに伸びて来た右手が芽依の帽子を掴んで、グリグリと頭を撫でられる。
何も知らず、何もかもいつも通りの優しい鷹夜に、彼はどこか安堵して肩の力を抜いた。

「ほんと可愛いな、芽依くん」
「いや何でだよ。俺からすれば鷹夜くんの方が可愛いよ。小さくて」
「190くらいあるだろお前。そりゃ皆んな小さく見えるわ」

にひっと笑うと、困ったように笑い返された。

「いってきます」
「はい、いったっしゃい」

そうして部屋を出た。



「キッチン終わって、ペットボトルも終わってゴミも下に出したから、、あとトイレと風呂か」

鷹夜の午後は優雅に過ぎる、とは行かず、部屋の片付けで忙しく過ぎていた。

(風呂はさっさと終わったけど、やべえ。トイレめっちゃ汚かった。忘れてた、、昨日あいつトイレ使ったよなあ。絶対引かれた)

今週がいやに忙しかったせいもあるが、基本的に鷹夜の部屋に足場があるのは珍しい事だ。
彼はあまり部屋の掃除、整理整頓ができる方ではない。
ましてや平日は忙しくて部屋を気遣う余裕がなく、休日は2日ぶっ続けで寝倒す為、まったく家が片付かない。
今日は芽依がいてくれたからこそ起きれた。

(終わったら飯食って、来週の夕飯用の惣菜作るか。こないだ調子に乗って野菜とか買い過ぎたし使わんと。小松菜とか腐ってないといいな。それ終わったらゲームして、そしたら夕方になるかな。飯は、、たまには牛丼買いに行ってもいいなあ)

この間の芽依が来ていた日はたまたま洗濯物が散乱しているに留まっていただけでまだマシな、部屋が綺麗な日だったのだ。
芽依を見送ってから燃えるゴミをマンションの1階にあるゴミ集積場に置いて来て、手の付けやすい洗い物の溜まったキッチンから片付けに取り掛かる。
それが終わったら床に散乱しているペットボトルの中身を出して洗い、ラベルを取って全部袋に入れた。
これも後で集積場へ持って行く。
クローゼットの中の服をそれなりに畳み終わると整ったように見えたのでそこでやめて、次は会社から持って来てしまっていた書類を片してクリアファイルに入れ、革のカバンに突っ込んだ。
持っていって必要なものを会社のシュレッダーで粉々にするのだ。
それから風呂とトイレを掃除をしたところで、やっと普通の人間の家に戻った。

「はあー、、よく人を入れたもんだな」

押しかけて来たに近かったが、こんなに片付けが苦手なくせに芽依に合鍵を渡したのも、合鍵を交換しようと言い出したのも自分だ。
人が呼べる家ではないと考える事すらしなかった自分には少し笑えたが、けれど彼が来る事で「片付けよう」と思えるのはいい事だった。

(コントローラーも買っちゃったし)

ちらりと見下ろしたテレビ台の下のゲーム機に、鷹夜は思わず口元が緩んだ。

『何かって言うか、ただ単にめっちゃ嬉しかった。ありがとう。ごめんね、今日オフじゃなくて。次の休みは絶対来るから、ゲームしよ』

目の前に蘇った芽依の照れたような嬉しそうな顔に、ふ、と笑う。
これは月曜日に芽依の家から帰って来てから買おうと決めてネットで注文したものだった。
芽依の家のようにDVDや、テレビのリモコンのボタンを押せばすぐに繋がる動画配信サービスも勿論あるのだが、何と言っても鷹夜と芽依は2人揃ってゲーム好きだ。
実際に会って遊べるようになったのだから、ハマっているゲームのチームプレイも挑戦したい。

(次の休みは夜通しゲームがいいな。ポテチとコーラでキメながら)

考えるだけでたのしくなって、鷹夜はニヤニヤしながら惣菜作りを始めようと冷蔵庫に近づいて行く。

ブブッ

「ん?」

ベッドの前で足を止め、音のした方を向く。
枕の上に伏せて乗せた携帯電話だ。
充電器にさしたまま、今、音が出るまで忘れていた。

「芽依くんかな」

近づいてそれを拾い上げ、パタ、と充電器のコードがベッドの下まで垂れたのを視界の端で捉えながら画面に触ると、通知が1件入っていると表示された。

「え?」

それは、芽依からではない。
LOOK/LOVEからの、鷹夜に「気になるボタン」が押されたと言う通知だった。
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