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第62話「王子様の話し」
しおりを挟む「どうでも良いよ」
「、、、」
しばらくの沈黙の後、芽依は無表情にそう言った。
泰清は口を閉じて芽依を睨んでいる。
座敷席の外に広がる空間では数人の客が賑わっていて、陽気な女将の笑い声が響いていた。
「鷹夜くんに出会って色んなこと反省した。自分に対しての見方も変えなきゃダメだってわかった」
芽依は彼を睨む訳ではなく、フッと表情を緩める。
「すぐ心変わりして悪いけど、アプリ、もうやめたんだ。他人が俺を傷付ける可能性はそりゃあるけど、信じたいって気持ちが戻ってきちゃった。泰清につまんないって言われてもどうでもいい」
芽依は鷹夜の顔を思い浮かべていた。
ふわふわ笑うところ、いたずらにニッと微笑むところ。
「好きだよ」と容赦なく教えてくれる清々しい程正直で嘘が付けない彼を、芽依は心底信じていた。
「もうそういうのはやめる。拒否するより信用できる人を見分けられる目を養う」
「、、、」
「泰清、ごめんな。散々面倒見てくれてありがとう」
「、、ってなにお別れみたいなテンションになってんだよ」
「え」
バシッと軽めに頭を叩かれた。
呆れた泰清の声にキョトンとした顔をすると、彼は芽依のそのすっとぼけた顔にクックッと笑っている。
タバコを灰皿に押し付けて消すと、はあー、と大きく息を吐いた。
「いやあ、良かった良かった」
1人で勝手に「納得」と言う顔をしている。
「なに、え。泰清、なに」
「やあー、良かった。お前ずーっと人間不信だったんだもん。回復したじゃん」
消したタバコの代わりにビールジョッキを持ち上げる。
泰清は先程から、ビールと日本酒と緑茶をぐるぐると飲んでチャンポンしている。
見ている側としては心配なのだが、ここにくると彼はいつもこうだ。
ゴク、と喉が鳴る音が聞こえた。
「っん、、、荘次郎と2人で飲み行くたびに言ってたんだよ。お前がいつんなったら人間不信治るかな~って。ずーっと苦しそうだし、見てるこっちが辛かったわ。うん。良かった」
「え、さっきのは?」
「あ、さっきの本音は本音。ジェンがいたときのお前、クソ真面目でとっつきにくくて一緒にいづらいときあったよ」
「そうなの!?初めて知ったよ!?」
「初めて言ったもーん」
そこまで話すと「串焼き8本盛り持ってきましたあ~!」と襖の外から声が掛かった。
「あ、はーい、どうぞー!」
泰清はジョッキを置いて声がした襖へ向かってそう言った。
少しして木の枝とそこにとまっているメジロ、遠くに見える山が影だけで描かれた襖がゆっくりと開けられ、もこもこっと肉のついた丸顔でよく笑う店の女将さんが串の乗った黒く平たい皿を待って現れた。
「泰ちゃん飲み過ぎはダメよ~!!後で裏の豊川さん来るって!レバーたくさん焼くけど食べる?」
「え!豊川さんのレバー祭り?食べる食べる~!メイも食えるからいっぱい持ってきて!」
店の裏の住宅街に住んでいる豊川と言う老人はほぼ毎日この霧谷に飲みに来ては名物の串焼きのレバーを頼む。
「レバー豊川」と言う微妙な異名を持った人で、ここに来る常連とは大体顔見知りで仲が良いのだ。
無論、売れていない頃からここに飲みに来ていた泰清とも仲が良く、女将と店の主人が「泰ちゃん」と彼を愛称で呼ぶように、豊川も泰清を愛称で呼ぶ。
そして仲が良い人にはレバーを奢ってくれるのだ。
「はいこれね、出来立て美味しいからあったかいうちにね。七味唐辛子いる?」
「ん、大丈夫大丈夫。ありがとーね!」
「はいはい、じゃあ後でレバーね。メイくん、泰ちゃん潰れたら教えてね。奥の部屋開けるから」
「はい、いつもすんません」
「いいのよ~」
女将は上機嫌に手を振って、串の乗った皿をテーブルに乗せてまた襖の向こうへいなくなってしまった。
来た瞬間から息継ぎせずに話す様はいつ来ても変わらない。名物女将だ。
出来立ての熱い焼き鳥を2人の間に置いて、泰清は黒く平たい四角の皿からネギモモを取って噛み付いた。
2本ずつ同じ味にしてもらっている為、それぞれ4本ずつ違う味が食べられる。
2人は揃って塩味が好きだ。
「うまっ!ん、あれ?何の話ししてた?」
「うめえ~、、、あれ。何だっけ」
串焼きの美味さに感動して声を上げながら、2人はふと女将が来る前の話題が思い出せないことに気がついた。
芽依はハツに齧り付いている。
お互いに口をもごもごと動かしつつ、頭の中はぐるぐると回した。
女将と串焼きとさっきの話題が2人の頭の中であっちに行ったりこっちに行ったりしながら、1本ずつ串焼きを食べ終えた。
「んーと、あ、昔のお前がつまんなかったって言ってえ」
「あー。俺の人間不信はいつになったら治るのかって荘次郎と話してたんだよな」
「そうそう」
泰清もハツの串に手を伸ばす。
「何だっけ。タカヤくん?」
「鷹夜くん。鳥の鷹に、夜って書いて鷹夜」
「かっけー名前」
鷹夜の名前が話題に上がった瞬間の芽依の表情に、泰清は机に頬杖をついてにんまりと微笑み、ガブ、とハツに食い付いた。
「すごいなその人。メイの凍った心を溶かしちゃったわけだ」
口に広がる塩味とスッキリした鳥の脂。
歯応えが心地よく、噛めば噛むほど旨味がでてきて何とも美味しい。
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