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第35話「電話の向こう」
しおりを挟む(俺、人肌恋し過ぎじゃね?)
人の寝息でここまで安心するとは、と、芽依は自分を疑い始める。
もしや、ドラマの疲れと最近一緒に寝る存在がいないせいで、添い寝されたい願望でもあるのだろうか、と。
(しばらく彼女いないから?誰でもよくなっちゃった?鷹夜くん男だし、、え。ヤバ、俺)
そんな考えを追い出すように頭を左右に激しく降り、肩を回して身体を脱力させた。
ふう、と息をついてカフェオレを飲む。
事務所に入って中谷がマネージャーについてから、初めての誕生日にもらったプレゼントのマグカップ。
ネイビーの地に、メイのMが白く大きく印刷されている。
彼の手のサイズに合わせて見つけたもので、取手はやたらと大きめな曲線を形取っていた。
「彼女作ろうにも、そう言う雰囲気出してくる子と話すと気持ち悪くなるしな。困ったもんじゃ~」
全て独り言だが、芽依は自分に呆れながら天井に向かって語りかけた。
カップはテーブルの上に戻してある。
去年、それまで結婚を視野に入れて付き合っていた恋人から裏切られて以降、芽依は特定の女性はおろか、誰1人とも遊んでもいない。
泰清には「女は女で忘れろ」と何回かクラブに連れて行かれたり何だりと促されたが、そう言う事は一切できなかった。
『えー、メイくんの前の彼女さんほんとひどい。私なら絶対そんなことしないなぁ』
泰清が、あの話を知り合った女の子達にして、芽依に同情の目を向けさせる度、彼は言いようのない惨めさを味わった。
そんな事が何回かあり、その話題で女の子達が付け入る隙を見つけた、と狙いを定めてこちらを見上げてくる度に、胸を寄せる度に、彼女達の狡猾さや浅ましさが見えて、彼はまた嘆くのだ。
芽依は彼女達が自分を狙うあの妙な空気感に酔って、目眩がして、吐き気すら催す時もある程、恋愛ができなくなってしまっていた。
「鷹夜くんと行くご飯の店きーめよ。あ、何個か候補出して決めてもらうか!それがいい~ね!」
ふざけた口調で完成した文章を画像付きで投稿してSNSを更新すると、インターネットのブラウザを開いてまたカタカタとキーボードから文字を打ち込む。
ちなみにSNSの芽依のアカウントは、中谷の許可を取った画像や文章を使って撮影しているドラマの近況を投稿、更新している。
ドラマ等の宣伝するものがないときは、もっぱら泰清と遊んだ、荘次郎と会った、と場所が分からない程度に彼らの写真を撮って上げたり、自分の履いている靴を撮って「散歩」とひと言添えて投稿したりしている。
最近は「主演女優の今日の唐揚げ」と題して毎日違うコンビニの唐揚げを食べている松本の写真を上げたり、魚角の居眠り現場を盗撮していた。
これが中々好評で、代わりに松本には自分のボーッとしているときの顔を盗撮されて、彼女のSNSに投稿されている。
一度だけ、あまりにも締まりのない顔をしてい過ぎて中谷がNGを出した写真すら、彼女が撮っていた。
無論、向こうのマネージャーにもSNSに画像を上げる許可は毎度もらっている。
「中華?んー、や、鷹夜くんて和食とハンバーガーが好きだよなあ」
検索をかけた画面には、とりあえずで検索した新宿周辺の中華のレストランが表示されている。
初めて会ったのが新宿だった為、芽依は鷹夜の家が新宿周辺なのかと思っていた。
「やっぱ気取ったのじゃなくて、映えるハンバーガーの店探そうかな。でも個室でゆっくり話すなら和食、、天ぷらって和食だっけ?天ぷらなら仁に行くか。あそこのアナゴ美味しいし。蕎麦なら、、あー、創作蕎麦だけどあそこ美味かったな、あれ、名前なんだっけ?えっと、銀座?恵比寿、えーと、」
思い出せなくなった創作和食の店を探し、パソコンで検索を掛けていく。
電話の向こうから聞こえる寝息に耳を傾けながら、芽依は寝るのを忘れて楽しそうに様々な店を検索して、明日行くランチの候補を見つけ続けた。
「色んなとこ連れて行きたい。明日じゃ足んねーなあ。あーあ、明日以降、もう会わないとか言われたらどうしよう」
見つけた店のアドレスを全て自分の携帯電話に送り、そこから今度はLOOK/LOVEを通じてそれを鷹夜の携帯電話に送信しておく。
「んー、、でももっかい会えるのは、嬉しいなあ」
パソコンを閉じ、先程まで読み返していたドラマの台本をその上に重ねて置いた。
マグカップの中のカフェオレを飲み切ると、あまり音を立てないように歩いてカップをシンクに置き、洗面所で歯磨きを済ませてリビングに戻ってくる。
やはり、鷹夜の寝息はまだ聞こえていた。
(また、寝息聞きながら寝よ)
やばい性癖の人みたいになってきたな、と自己嫌悪しつつも、芽依は携帯電話を持って寝室に入り、ベッドに潜り込む。
鷹夜と話した後は不思議と芽依の身体から緊張が抜けていて、布団に入るとすぐに心地良い眠気に襲われた。
「ん、、鷹夜くん、おやすみ~」
恥ずかしそうに声を掛けると、パタンと目を閉じた。
電話の向こうのスー、スー、と言う小さな寝息だけが鼓膜を揺らしている。
それには、あまりにも心地の良いぬくもりがあった。
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