僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第23話「見えているもの」

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「、、、そうです」
《え、》

正直に「芸能人」だと公表したのは、どうせ今から死ぬから、と言うのが大きかった。
それから、雨宮と言う人間に対して、少しだけでいいから自分、「竹内メイ」がこんな事をしていたのだと知ってほしかったのもある。
悲しくて仕方がないけれど、こんな馬鹿な事を芸能人がやるときもあるのだと彼には知られていたかった。
完全に私情で気持ちの悪い想いだったが、好きなタレントにジェンの名前も上げてくれているお人好しで優し過ぎる彼には、正直でいたかった。

(雨宮さんが全部バラして、また週刊誌に載ったりして、、でもまあ、その頃にはこの世にいないしね。中谷には悪いことするけど、、もう疲れた。嘘つくのも、仕事も、恋愛も、竹内メイでいるのも小野田芽依でいるのも)

台の上でしゃがみながら揺れる芽依の声は、暗く、不機嫌で、そして悲しそうだった。

《、、あのさ、》

少し考え込んでから口を開いた雨宮の声には、先程のような敵意はない。

「?」

芽依はその優しい声に顔を上げ、誰もいないのに首を傾げた。

《何か、やなことあったの?》

どうしてそんなに優しくできるのか。
芽依はその言葉に息を飲み、目の前の夜景がぐゆりと歪むのが分かった。
喉に迫り上がってくる苦しいものを吐き出したくて、けれど相手は自分が傷付けた筈の被害者で、と頭の中はまたぐちゃぐちゃになっていく。

(何でそんなに、優しくすんの)

ゴク、と飲み込めない何かを飲み下して、唇の震えを抑える。
芽依は溢れそうになった涙を瞬きで誤魔化すと、もう一度喉を鳴らしてから小さく口を開いた。

「、、仕事が、上手くいかなくて」

こんな事を言って何になるのだろう。
死ぬのに。
死ぬのに。

「ドラマ、始まるじゃないですか。あれ、周りの人達の演技力についていけてないんです、俺」
(何で喋っちゃうかな、俺)

もう死ぬのに。
なのにここ1ヶ月、ずっと下らない話しをしていただけの相手に縋るように、芽依はゆっくりと言葉を吐き出していく。
泣くのを堪えた顔は彼の売りである色気溢れる妖艶な表情など何処にもなく、1人で転んだ子供が泣くのを我慢しているような、不細工で大人気ない顔だった。
けれどそれでも聞いて欲しかった。
自分がどうして雨宮に、こんなに酷い真似をしたのかを。

「去年のスキャンダル、分かりますか?あの子と結婚しようとしてたんです。なのにフラれるわ、写真は売られるわ、週刊誌の特集飾るわ、その子はもっと大手の事務所に入り直して売れ始めてるわで事務所でも居場所なくなって、仕事もなくて」

いつも自分を笑顔で支えてくれていた筈の存在を思い出すと、やはり胸は痛かった。
こんな泣き言ばかりを聞かせてもきっと雨宮は納得しないだろうとも思ったが、泰清や荘次郎と違って「もう聞き飽きた」と言う顔も見えないせいか、芽依は喋る口を止める事もできずに自分が最も重たく抱えている悩みを打ち明ける。
去年から何度も何度も同じ話しをしていて、もう語り疲れた節もあるけれど、それでも何度も思い出される裏切りの瞬間は何度でも芽依の心を傷付けているのだ。
ジェンの事も確かにそうだが、何より危害を加えようと故意的に傷付けてきたのは彼女だった。
最近出始めたCMを見るのも辛く、テレビもあまりつけなくなった程には気にしている存在だった。

「今回のドラマはツテのあるプロデューサーにマネージャーと事務所の社長が頼み込んで取ってきてくれた仕事なのに、俺、、期待に応えられてなくて」

けれど何より辛いのは、そんな過去に邪魔されるばかりで誰の期待にも応えられない無力で無様な自分がいる事だ。
簡単に人を傷つけられる、余裕がなく、人間性が捻れて曲がった自分自身がいる事だ。

《ああ、、》

何か察したような雨宮は、小さく笑ったように思えた。
そしてやはり少し考えてから、穏やかな声で言う。

《うーんと。俺の会社の後輩は今年入ってきたばっかりで、仕事覚えるのは早いけど、最初はやっぱりミスばっかして大変だったよ》

住んでいる世界はまったく違うのだから、もしかしたら芽依がされて来た事は世の中では当たり前のよくある話しで、雨宮にとっては下らないと吐き捨ててもいいようなものかもしれない。
けれど彼は大人で、優しく、包み込むように穏やかにゆるゆると話している。

「、、、」

ほわん、ほわん、と胸が温かった。
頭の中の凝り固まった何かが解されていくような不思議な感じがしている。

(肩揉みされてる、、?)

下手な事まで錯覚する程、雨宮と言う男は角がない。
まん丸で、触れても多分弾かれない。
むにん、と柔らかく波が出来そうだ。

《でも、俺より若くてキラキラした子が、何かに一生懸命になってる姿見ると、やっぱ頑張れって思うよ。怒るより、嫌いになるより、背中押してやって、少しだけ助けて、そしたらできた!って良い顔で笑うんだ、あいつ》
「、、、」

多分言いたいのは、演技力で悩んでいる自分への慰めだ。

(魚角さんならそんな風に思ってくれてそう、、遥香ちゃんはめんどさいとか顔に出にくい子だけど、でも掛けてくれた言葉に嘘はない気がする。実際問題、今回のドラマは俺が主人公で俺中心のシーンが多い。何日も夜中まで頑張ってたのも事実だ)

雨宮の言葉にここ数ヶ月を思い出すと、久々の仕事に対して全力疾走を続けて、自分が蒔いた種とは言え、スキャンダルの事で落ちた好感度や信頼を上げる為に芽依は頑張り過ぎと言われる程、ずっと周りに気を遣ってニコニコしながら、自分の時間もあまり持たずに必死にやっていた。
100%の力で、ずっと前を向いていた。

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