僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

文字の大きさ
上 下
16 / 142

第16話「ピンクのバラとかすみ草」

しおりを挟む




速くして、と言っても、中谷は法定速度を厳守した。
当たり前の事ではあったが、芽依は握りしめたピンク色のバラを見つめながら車の後部座席に深く座り、携帯電話のアプリを起動させる。
午後21時48分。
もう既に2時間と少し、待ち合わせの時間を超過している。

(メッセ、何も来てない)

何度開き直しても、アプリには先程のメッセージから一言も来ていなかった。
新宿駅に着いたところで、もしかしたらもういないかもしれない。
そんな考えも確かにあるのだが、芽依はバラを見るたびに、「あの人なら多分待ってる」と根拠のない自信が芽生えていた。

「見えて来たよー、メイ。てか何で新宿駅?変なことしないでよ?女?」
「いや、友達」
「誰?泰清くん?荘次郎くん?」
「違うやつ、高校のときのやつ」

テキトーな答えだったが、中谷がそれ以上踏み込むことはなかった。
彼女が心配しているのは次なるスキャンダルを芽依が引き起こす事だ。
けれど彼の必死な表情の中にある冷静さを見極め、そう言った事ではないのだろうと踏んで大通りから新宿駅の近くの路地に曲がって入り、一旦車を停めた。

「メイ」
「なに!」
「あなた芸能人。俳優でアイドルよ。忘れないで」
「分かってるよ。送ってくれてありがとう。旦那さんに宜しく!」

それだけ確認した。
困ったように笑った芽依は、ガチャ、とドアを開けて外に出る。
彼女にバックミラー越しに手を振ると、そそくさと駅の方へ消えていってしまった。

「さて、帰るか」

ブォン、と車が動き出す。
芽依は新しい改札を目指して走っていた。

MEI[目印、白いブーツとピンクのバラです]

一か八か、芽依は短くそれだけを雨宮に送った。
履いている白いブーツの足先だけを写真に撮って送り付ける。
アプリのメッセージには既読や未読の通知機能は付いていない。ただ、きっとまだいるのだろうと思って芽依はメッセージを送った。
改札の周りをキョロキョロと見回したが、かすみ草の花束を持った人間はいない。
ただでさえ高身長で目立つ芽依は、人の目を避けるように着ているパーカーのフードを目深にかぶり、22時近い時間には絶対に必要がないサングラスを鞄から出して掛け、マスクをつけた。

「いない、、」

10分程歩き回ったが、雨宮らしき人影はなかった。
チラチラとこちらを見てくる会社帰りのOLや大学生らしき集団の目を避けて、芽依はアプリを確認する為に人が少ない通りへ歩いていく。

(もう帰ったのか、、流石に、10時だしな)

返事は来ているだろうか。
フラフラと携帯電話を見ながら歩き、改札からは少し離れた、街路樹や花壇のある通りへ出た。
街路樹を囲う枠は人が座れる高さになっていて、タイルが敷き詰められて夜でもツヤツヤと光を反射している。

(ここにもいない、、1回落ち着いてメッセ見る、か、、え?)

狭い通路を一つ挟んで隣の街路樹を囲う枠に、ポツンと人影があった。
革の平たい鞄を足元に置き、手には小さな花束を握り、何かの通知が来て枠に置いていた携帯電話がブブッと震えた事に驚いている。

「あ、MEIさんだ」

「ッ!!」

携帯電話の画面を見ながら、その小さな人影はニコ、と人の良い笑みを浮かべた。
期待と、安堵と、少し気恥ずかしそうな表情。

(雨宮、、さん、だ)

その優しく落ち着いた声に、何故か絶対にそうだと確信が湧いた。
電波が悪かったのか、芽依が送ったメッセージは、今やっと彼に届いたようだった。

(どうしよう、本物だ、、本物の雨宮さんだ)

嘘なんてついていなかった。
雨宮が送ってきた写真は紛いもなく今目の前にいてかすみ草の花束を握っている男そのものだ。
少し小柄で腕が細い。痩せている顔はスッキリした作りで、ぽわぽわと花でも出せそうな程に人の良い笑みを浮かべている。
雨宮本人だ。
芽依の心臓は壊れそうな程に荒々しく鼓動を始めた。

(話しかけなきゃ、、俺がMEIだって、ごめんなさいって言わなきゃ)

そう。
芽依はここに謝りに来たのだ。
ネカマをして1ヶ月も騙し続けてきたこのお人好しに、ひと言だけ言う為に。
自分が犯した罪の重さに向き合う為に。
一歩踏み出すと、ドコ、と重たいブーツの音が鳴る。

(謝れ、逃げるな)

ドコ、ドコ、ドコ。
近づいて行く芽依のイカつく大きいブーツの音に、雨宮は気が付かない。
嬉しそうに携帯電話でアプリを開き、彼が送ったブーツの写真を眺めて、返事を打とうとしていた。
雨宮の正面から当たっている街灯の灯りを遮って、マスクを外してパーカーのポケットに突っ込み、とうとう芽依は彼の前に立った。
ピンクのバラは勿論、右手にしっかりと握っている。
気を利かせた中谷が、切られた茎の先に濡らしたティッシュを巻き、その上から、スタジオの廊下の空の弁当箱が積まれた机にたまたま置いてあったアルミホイルを、小さく千切って巻き付けてくれたものだ。

「、、、?」

目の前が暗くなった事に気が付いて、雨宮はこちらに顔を上げる。
大きな目。整った顔立ち。
「お人好しですよ~、すぐ騙されますよ~!」と、そんな事が書いてありそうな顔だった。

「、え」

困惑した表情は弱々しくて、小学校時代は絶対にいじめられていただろうな、と考えてしまう。

「どうもこんにちは」

バクバクとうるさい心臓を誤魔化すように、芽依は低い声を捻り出した。
本当は口から心臓がポイッと出てしまいそうで、声も上擦ってしまいそうで恐ろしかった。
手汗を握り、震えそうになる拳や、膝を、どうにかまともに見せている。

「こんにちは、、?」

雨宮の眉間に皺が寄るのが見える。
当たり前だ。
こんな怪しく図体の大きい、声に愛想のない男に急に話しかけられて、不審に思わない奴はいないだろう。
芽依はサングラス越しに雨宮を見つめた。

(終わらせる)

もう一度そう強く心に決めて、口を開いた。

「メイです」
「、、、え?」

ぽかん、と雨宮の口が開いた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

必然ラヴァーズ

須藤慎弥
BL
ダンスアイドルグループ「CROWN」のリーダー・セナから熱烈求愛され、付き合う事になった卑屈ネガティブ男子高校生・葉璃(ハル)。 トップアイドルと新人アイドルの恋は前途多難…!? ※♡=葉璃目線 ❥=聖南目線 ★=恭也目線 ※いやんなシーンにはタイトルに「※」 ※表紙について。前半は町田様より頂きましたファンアート、後半より眠様(@nemu_chan1110)作のものに変更予定です♡ありがとうございます!

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...