僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第8話「嫌がらせの発端」

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話しは、鷹夜と芽依が出会うあの日から3ヶ月程前の3月の中頃。
梅の花が咲き出した、春の風の吹き始めまで遡る。


「若手人気俳優兼、永久活動停止を宣言した"BrightesT"の片割れ、竹内メイ。歳下グラドルとの熱愛発覚後にまさかの裏切りを受け、傷心の末に1年経った今でもバーでヤケ酒泥酔の日々。アルコール依存症の噂の真実は?懐かしきベッド写真をもう一度大公開。だってよ」
「泰清、それやめろ」

連れの男が行きつけの会員制クラブのVIPルームで、芸名・竹内メイ、本名・小野田芽依はテーブルに肘をつき、上半身をぐだりと前に項垂れながら握ったグラスを傾けた。

「メーイー。気にし過ぎじゃねえのー?もう1年前だよ?こんなん忘れろ、な?」
「忘れらるない」
「舌回ってないし。そんなに気にするならこんな飲むなよ。1年間毎日のように付き合ってる俺の身にもなれ?」
「まあまあ、泰清。そりゃ逆に1年も経ってるのにまたその写真出されたら流石に堪えるよ。やっと忘れて来てたのに」

テーブルに肘をついて、先程コンビニで購入した週刊誌を眺めている窪田泰清(くぼたたいせい)は、彼と同じ事務所に所属している同い年の若手俳優であり、彼の良き友人だった。
女子が好みそうな甘いカクテルばかりを注文している物静かそうな男は他事務所所属のタレント・宇野荘次郎(うのそうじろう)と言う。
2人より3つ歳上だ。
この3人は全員のデビュー作となった映画で共演してから仲良くなった悪友3人組。
BrightesTの解散時にも、独断で解散を決め、芸能活動を引退した元片割れである男に捨てられた芽依を何とか立ち直らせようと飲みに連れ歩き、休日も遊びに誘い、その結果知り合って付き合い、散々に芽依をフった歳下のグラビアアイドルとの件があった後も、こうしてずっとそばにいてくれている。

「楽しいことがひとつもない」
「俺達といるじゃん」
「それはそうなんだけど、そうじゃなくて、、」
「あー、その気持ち分かる。僕も楽しいことしたいよ」

ポンポン、とテーブルに突っ伏した芽依の背中を軽く叩き、荘次郎はニコリと笑って言った。

「あー、そう言うね。んー、確かに、またここで週刊誌に上げられたから事務所的に恋愛面も取り締まり厳しくなってるし、こう、ドキドキわくわくすることがないよな~」

役の為に染めている金色の髪をかき上げて、泰清も荘次郎と同じように芽依の背中をさすった。
たらふく酒を飲んだせいで、バックンバックンと忙しなく彼の心臓が動いているのが触れた背中から伝わって来る。

(いつまで続くのかな、こいつのヤケ酒。ずーっとこれだから、流石に可哀想だ)

何も言わなくなった芽依に視線を落とし、荘次郎は肩をすくめて泰清に目配せをする。
彼は「うーん」と短く唸った。

「あ。良いこと思いついた」

何か閃いたらしい泰清はニッと笑ってそう言うと、ぽんぽん、と芽依の背中を叩き、自分の携帯電話の画面を彼に向ける。

「なに」
「これ知ってる?LOOK/LOVE」

目の前の画面には白地に水色のリボンが乗ったアイコンが表示されていて、芽依がそれを見たと確認すると、泰清はポチ、と人差し指でアイコンを押してアプリを起動した。

「婚活アプリだよ」
「はあ?婚活?」

ニヤニヤ笑う泰清を不審に思いながらも気になるアプリの内容に目を通す。
まさか同じ事務所の俳優が婚活アプリをやっているなんて、と困惑しながら彼の指の動きを見つめていると、マイページと書かれたボタンが押され、画面がパッと泰清の自己紹介ページに切り替わった。

「、、は?」

芽依は目を丸くした。
そこにあったのは泰清の名前やプロフィール、写真などではなく、見たこともない女の子の自己紹介ページだった。

「え、なに?どゆこと?」
「ネカマしてんの」
「は???」
「これ俺の友達なんだけどさあ、写真使って良いって言うからこれで登録して、名前はテキトーにミミちゃんにしてる。こいつ美人だろ?釣れるんだよねー、ブッサイクな男がわんさかと」
「お前何してんの、本当に、、」
「馬鹿だな」

真ん中に芽依を挟んで、荘次郎も泰清の携帯電話の画面を覗き込んでくる。
呆れながらカクテルを飲んでいるが、それでも少し楽しそうだった。

(この悪友共は、、)

間に挟まれた芽依は飲んでいた酒の入ったグラスを一旦奥に置き、両手をテーブルの上で交差させると身体を倒して手の甲に顎を乗せた。

「それ何の意味があるんだ?」
「んー?特にないよ。テキトーに見つけた男とメッセでやりとりして、俺はとりあえず、俳優の窪田泰清をどう思う?って聞いてる。で、好印象だって言うやつはほっとくけど、悪口言うやつには制裁を下してる」
「はあ??」

素っ頓狂な声を出し、芽依は「くっだらな」と吐き捨てる。
しかし、やはり気になったらしい荘次郎は身を乗り出してニヤつきながら泰清の話しを聞き続けた。

「会ったこともないくせにぐちゃぐちゃ言って来るやつムカつくんだよ。まあそれ以外にも話し方ムカつく奴にもやってるけど。めちゃくちゃ優しくしてミミちゃんにハマらせてから、会おうって言って、待ち合わせの時間の5分前にアプリでブロックすんの」

その無意味な嫌がらせの内容に、芽依は初め、少し引き気味だった。

「誰も来ない待ち合わせ場所で永遠にミミちゃんを待ってる可哀想な男を憐れみながら酒を飲む、ってわーけ」

クックックッと笑う泰清を横目に見つめ、芽依はため息をつく。
荘次郎は面白がって、芽依の目の前にある画面を操作して、泰清が今やりとりしている男とのメッセージの画面を見つけて開いた。

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