My fair darling!

ヒャク

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第19話「想い」

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ブーッ ブーッ

「?」

ブーッ ブ、

ケータイのバイブ音を止めた藤崎は、来た筈の連絡を確認せずにテーブルに携帯電話の画面を伏せる。

(やっぱり、、見ないんだよなあ)

画面に「滝野」と見えたような気がした。そう思いながら、先程の店員が運んで来た品々を見る。
藤崎と里音のランチセットが初めに届き、次に麻子のサンドイッチ。飲み物はもう全員分来ており、義人の目の前にもセットのサラダだけは来ている。早々に「いただきまーす」と声を掛けたのは里音で、麻子も合わせて食べ始めていた。
しかし、義人だけはフォークの数が足りない事もあり食べるのを待っていた。

「藤崎」
「ん?」
「食べていいからな?」
「待ちますよ」

藤崎は義人が食べていない事を気にしてパスタにもサラダにも手をつけていない。
妙に律儀な奴だな、と義人は呆れたように、それでいて少し嬉しそうにテーブルに頬杖をついた。目の前の麻子は里音との会話に夢中になっている。「待たないでいいって。冷めるし」。そう言っても、藤崎はフォークを持とうとしなかった。

「りい、シャツ白いんだから汚すなよ」
「んー」

里音と藤崎が着ている詰襟の白シャツは同じ形をしている。

「ごゆっくりどうぞ」

やっと来た義人のパスタがテーブルに置かれた。ボロネーゼは太麺で、出来立ての湯気が立っている。

「いただきます」
「いただきまーす」

義人も藤崎も揃って手を合わせ、食べ始める。パスタと一緒に来たフォークは普通のカトラリーよりも大きい作りで、太麺でもぐるぐると良く巻き付いた。頬張ったボロネーゼは大きな塊で入っている肉が美味く、太麺も噛みごたえがあって腹に溜まりそうだ。

「私あの人好き!弥生さん!」
「ああ、くうの元カノ」
「え!?そうなの!?ごめん、全然知らなくて」
「ん?ああ、謝んないで良いよ」

水を飲みながら、藤崎はニコリと麻子に笑い掛ける。

「弥生はね、性格悪いよ」
「ん、ぐっ」
「佐藤くん大丈夫か?」

まさか自分の兄が付き合っていた相手に対してそんな事を言うなんて思いもよらず、義人は飲み込もうとしたボロネーゼを一瞬詰まらせる。フォークを持っていない右手で藤崎が背中をさすってくれた。

「あのさあ、りい。何回も言うけど、弥生に紹介したのりいだろ。そう言うこと言うなら近づけないでよ」
「付き合えとは言って無いじゃん。写真見せたら弥生が会いたいってうざかったんだもん」
「ああ、そういう」
「そしたら勝手に付き合ったんじゃん」
「まあ、別に友達って感じだったけどね。それはそうだ」

納得したように藤崎はまたサラダを食べ始める。同じように里音もサラダから食べていた。義人は「ううん」と咳払いをして喉のつかえを取ると、困ったような顔のまま隣を向く。

「何か、藤崎の付き合う、の基準が良くわからん」
「あー、いや、うーん。弥生の場合はたまたま、断り切れずって感じで」

さらりと答えてパスタを口に運ぶ藤崎。

「あ、うまそう」
「ひと口食べる?」
「え?」
「はい、」
「あ、どうも」

男同士でひと口食べる?なんて言う事をした事がなかった義人は一瞬目を丸くした。
恥ずかしげもなくひと口分のトマトパスタを義人の皿に盛り付けてくれた藤崎は、俺にもちょうだい、と更に義人のパスタをクルリと自分のフォークに巻いて持っていく。明らかに貰ったパスタの方が量が多かったうえ、大きなナスのかけらまで置いて行ってくれた。

「、、こう言うのってよくやる?」

女子達は女子達で話しに夢中になっている。
義人はコソ、と藤崎に聞いた。

「こう言うの?」
「ひと口あげたり、貰ったり。女の子と」

口に入れたトマトパスタは濃厚で、ナスはたっぷり脂を吸っていて美味しい。

「何で?」
「慣れてるなって。俺は少し、恥ずかしいくらいに思ったから」
「あー、女の子同士で良くやるもんね。慣れてるよ。りいと俺とで違うもの頼むと良くやるし、付き合ってた子に欲しいって言われる事多かったから。滝野にはたまに女子かよ、とか言われる」
「あはは。お前も滝野くんに結構言われてるんだ」

藤崎は淡々と答える。最近分かったことだが、この淡々と答える事の内容によっては答える相手次第で嫌味にも聞こえるのだが、藤崎が答えると何か納得するばかりで嫌味には聞こえない。
何もかもカバーしているのは彼の自信だろう。「慣れてなんかないよ」と謙遜したところで嫌味にしか聞こえない事を分かりきっている。だったら事実を事実のまま伝えようと言う姿勢が潔いのだ。

「えー、弥生さんて性格悪いんだ」

麻子の残念そうな声が聞こえた。

「本人無自覚だしね」
「なんだかガッカリだなぁ」

ごりごりと苺の入った苺ミルクをストローでかき回し、可愛らしいピンク色を飲み込んでいく麻子。その様子を見ながらレモンが何枚も入ったレモネードを飲みつつ、里音は視線を細めてニヤリと笑った。

「がっかり?モデルって普通の人間だし、可愛い子が性格悪いって、ありがちじゃない?」

少し意地の悪い笑みに対して、麻子は困ったように笑返す。

「それもそうかぁ」

コト、とテーブルの上に苺ミルクのグラスが置かれた。

「くう、あとサラダ全部食べて」
「ん」

野菜嫌いというわけでもなさそうだが、半分程食べたところで里音のサラダの皿が藤崎に手渡される。レモネードのレモンをストローでザクザク突き刺して潰しながら、里音は視線をグイと上げて斜め前に座っている義人を見た。

「2人って何で付き合ったの?」

射るように鋭い視線だった。

「、、え」

沈黙が流れた。
下手な事を言ってまた不機嫌になられても困る。義人は義人でちらりと麻子を見たが、あちらもあちらで固まっていた。そこでやっと、色々腑に落ちる。もうお互いに、本当に、釣り合っていた時間は崩れ去ったのだ。

「何でって、、なんとなくだよな?」
「まあ、そうだね」

そんなに自分の隣が居心地悪くなっていたのなら、もう何も考えなくていいだろう。義人はこのとき、「潮時」だと感じた。

「どっちが告ったの?」
「どっちも告ってないよ」
「ふーん。変なの」
「?」
「それってお互い好きなの?」

その質問は、義人から麻子にしたいものだった。けれど、自分自身にもしたいと思っていたものだった。藤崎の「付き合う感覚」が分からないと先程義人は言ったけれど、義人自信も自分の「付き合う感覚」が分からないでいる。それを分からないまま、自分の事が好きなのかも分からない麻子と付き合ってしまっている。お互いに間違えたなと思った。

「、、正直良く分かんない。ね?」
「、、そうだな」

ニコ、と笑う麻子はやはり少し不機嫌そうだった。それは義人に向けての愛情ゆえか、それ以外かは彼には分からない。

「すごいね。よく付き合ってられるわ」

馬鹿にするように里音が呟いた。

「里音。失礼だからやめろ」
「はーい」

いつの間にか、藤崎と義人の膝が離れていた。





「人を好きになるってよく分からねえんだよなぁ」

昼食を終え、再開した雑貨屋巡りに藤崎兄妹も同行する事になった。言い出したのは麻子で、先程の険悪な空気はどこへやら、随分機嫌がいい。
目の前を歩く女子2人。麻子の後ろ姿を眺めながら、義人は口を開いた。

「、、へえ」
「、、?」

考え事をしながらボソリと呟いた義人を横目で一瞬眺め、藤崎も前を歩く2人を無表情に眺めてそう言った。

「どんな感じ?」
「ん?」
「好きって、思うのって」

こんな質問をした事は誰にもなかったかもしれない。悩むべき事でもないだろうと思う反面、やはり分からないというのは何か釈然としないものがあり、昔から悩んでもいた。誰かの語る「好き」が、自分とはるかに違う事。それは恋人関係と言うものが身近になった頃から感じ始めた。

「、、よくわからんね」
「おいおい。経験多いお前がそれだと、俺もう一生わかんねえよ」

あはは、と軽く笑われる。

「うーん、、分かりやすいのはあれかな。今好きな子を見ると、」
「うん」
「ヤりたくなる」
「えっ、、!?」

義人の顔がみるみる内に真っ赤に染まり、藤崎はそれを見てニヤリと笑う。

「押し倒して、めちゃくちゃにしたいとか、思う」
「すげえな、お前。そういうこと、、うわあ、俺絶対言えないわ」
「、、へえ?」
「っ、」

挑発的な笑みにぐっ、と藤崎を睨み上げる。
5センチ上から降りてくる視線は、何かを見透かしているようなそれだった。

「早乙女さんとヤりたくないの?」
「えっ、、と、あー?」

いくら興味のない義人でも、考えた事はあった。だが何度考えても何だか良く分からない居心地の悪い心境になって、言うならば最後まで想像ができなかった。考えれば考えるほど、グロテスクに思えてしまうのだ。

「あんま、思わない」
「、、、佐藤くん」
「なんだよ」

わざとらしく立ち止まった藤崎を振り返って、義人も立ち止まる。どうせまた、「だから童貞なんだよ」とか言ってくるんだろうと身構えた。

「ちゃんとチンコついてる?」
「ほんっとにお前むかつく!!!」
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