最上恋愛

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第63話「ハルとユキと光瑠」

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「ハル、ごめんなさい、ハル、許して」
「ユキ、怒ってないよ。ほら、顔、ぐちゃぐちゃにしないで」

自分の着ているTシャツの裾を捲り上げ、膝立ちした晴也は泣きじゃくる智幸の顔をゴシゴシと拭いた。

「っん、」

いつもの事過ぎて、智幸は智幸でされるがままにする。
最後に鼻水を拭き取るため、小鼻を潰してグイ、とTシャツ越しに鼻を掴んでから、晴也は涙と鼻水が染みたそれを見下ろした。

(あとで着替えよ)

「ハル」
「ん?」
「俺はハルといたい」
「ん。知ってる」

あれだけ原田を煽ったくせに、晴也はケロッとした顔でそう答えた。
何があってもブレない彼の言動に智幸はほっと胸を撫で下ろし、弱々しく笑って返した。

「私、は、、私は、何だったの?」

ドサ、とソファに腰掛けて、身体から力の抜けてしまった原田は俯いた。
晴也と言う人間の底知れない強さと狂気を感じて絶望し、同時に、信じてやまなかった漢らしく強い智幸が本当はいないのだと知って脱力してしまったのだ。
自分は何に憧れて、何になりたくて人の家まで押し掛け、声を荒げて発狂して、恥ずかしい姿を晒したのか。
もう訳がわからない。

(何の為に、処女捨てたの、、何の為に、)

虚しかった。
女ではない「ハル」にここまで歯が立たないと言う事が腹立たしくも思えた。

(男のくせに、、男同士なんて気持ち悪い、犯罪じゃないの?法で罰せないの?日本は同性婚禁止でしょ?同性愛なんて病気じゃない、気持ち悪い、信じられない)

「原田さん」

智幸の手を握り、晴也は原田の方を向いた。
呼ばれた彼女も顔を上げてくれる。
2人は正面から向き合い、晴也がゆっくりと口を開く。

「巻き込んだのは本当に申し訳ないって思ってるんだ」
「、、、」
「俺が言えばユキは絶対俺を好きって言ってくれる。でも俺を選べって言いたくなかった。言わなくても俺を選べるようにならないと、俺のことだけは自分で掴んでいられるようにしないと、ユキは怖がりだからすぐ色んなところに逃げるんだ。俺と離れたくないからって言って。自分で自分に責任持って俺を好きだと言わないと、他の全てのことからも逃げる。俺に知られて嫌われるのを拒む」
「どう言う、こと?」

声には覇気がなかった。

「巻き込んでごめんね、原田さん。ユキがちゃんと自分から俺に告白してくるまで待つ間の支えになってくれてありがとう。殴って、苦しめてごめんね」

何故、智幸ではなく晴也が謝るのかは、もう何となく腑に落ちていた。

「トモくんてそんなに、、弱いの?」

虚な目が晴也を見つめている。

「、、弱くなっちゃった。小さい頃はまだ強かったけど、どんどん弱くなった。誰もそばにいないし、誰もユキを見ないから。だから俺が見るように、俺がそばにいるようにした。周りがそうしたのもあるけど」

コテ、と頭を晴也の肩に預けた智幸は、それを何とも思わず聞いている。
いや、聞いているようで聞いていないかもしれない。
その話しは聞きたくない、とただ少し寂しそうに晴也の腰に手を回して、時折り彼の首筋に鼻を埋めて肺いっぱいに彼の匂いを吸い込んでいる。
智幸は、自分が親に相手にされていないことを痛く理解していた。
だからこそ、この話しを聞く必要がないと言うのもある。

「ユキは俺がいないとダメなんだ」

どこか悲しそうに聞こえた。
実際、晴也は悲しくもあった。
本当なら彼の両親にたくさんの愛情をもらって、余るくらいに愛を両手に抱えて一緒に大きくなりたかったからだ。
途中から誰の愛も手元からなくなり震えていた智幸を、自分の歪みに引き摺り込んで愛情をその腕の中にねじ込み、それを見て、感じて、智幸に自分を信じ込ませたのは晴也自身だ。
悪い事をした、とたまに思ってしまうのだ。

「ハル」
「ん?なに」
「好きだ」
「、、うん」

歪んでいる。
光瑠から見てもそれは明らかだった。
常識の範囲を逸した2人の共依存が、絶妙な細工で成り立ち、ある種の完全体として目の前にある。

「原田、ごめんね」

ボソ、と小さな声が聞こえた。

「っ、、」

それが聞こえて、原田はぼろぼろと泣き出し、声を上げながら両手で顔を覆った。

「返してよ、処女だったのに、初めてだったのに、トモくんが全部だったのにい!!」

全員の胸が痛んだ。
泣いている本人も泣かせている本人も周りも。
悪役になり切れもしなかった智幸と言う存在を抱きしめて、晴也はただ泣き叫ぶ彼女を見つめて、落ち着くのを待った。

「原田さん」
「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!」
「ありがとう。ユキといてくれて、受け止めてくれてありがとう」

わんわんと泣く声が部屋中に響いている。

「うるさいぃ、うるさいいい!!」

嗚咽を巻き込みながら泣き出すと、鼻がつまって息が出来なくなった彼女はハアハアと必死に口から酸素を吸い込んだ。

「うるさっ、うっ、、うう、ううう」
「、、、」
「うるさい、死ね、みんな死ね、、気持ち悪い奴ら、うっうっ、死ねえ、みんなし、死ね、えっ、、死ね」

力のなくなった声は「死ね」と連呼して、まるでその場の男達を呪うようだった。

「死ね、死ね死ね死ね、死ね、死ね」
「原田さん」

光瑠は唖然として、怨霊のようになってしまった原田を恐れて言葉が出ない。
智幸は「死ね」と言われるのが当たり前過ぎて、彼女を見つめて黙っている。
ただ1人、晴也だけは口を開いた。
この長過ぎる復讐イベントがもう面倒になってしまって、トドメのひと言を口から滑らせた。

「智幸は貴女を傷付けたけど、智幸を選んだのは貴女だよ」

明らかに女癖が悪く、明らかに女であろうと殴る男だと分かっていた筈だ。
それだけ彼の近くで過ごしていた時間が確かに彼女にはあり、由依や光瑠、それ以外の人間達が彼が危ない男だと彼女に話さなかった訳がない。
離れるチャンスは何度でもあったのに、それを自ら見逃してきたのは彼女自身だ。

「ッッ!!」

原田もまた、智幸に幻想を抱き過ぎて、自ら「危ない男を飼い慣らす女」にどうしてもなってみたくて彼に手を出してしまった女の1人に過ぎなかった。

「わ、かってる、、分かってる、分かってる!!」

処女は自分から捨てた筈だ。
智幸の弱みに漬け込んだのは彼女だ。
それを理解できない女ではない筈だ。

「分かってるよそんなこと!!」

ソファに置いていた小さな白いバッグを掴むと、ふわふわしたワンピースの裾を翻して、原田はソファの後ろを通って猛スピードで玄関へ走っていく。

「原田!!」

光瑠は立ち上がったものの、彼女を追う事はできなかった。
もううんざりだったのだ。

「、、、」
「終わった、かな」

晴也の冷静な声に、バッと光瑠はそちらを見下ろす。

「なに?」

涼しい顔の晴也が、甘えてくる智幸の頭を撫でていた。

「、、狂ってるよ、ウシくん」

そう発した瞬間に、ギロリと智幸の目が光瑠を睨み上げた。

「あ?」
「ッ、、お前ら、」
「狂ってるよ。だから、光瑠くんにも理解してほしいとは思ってない」

光瑠を睨む智幸に「やめろ」と小さく囁き、晴也は彼の頭を自分の方に向ける。

「小さい頃からこうなんだ。俺が1番頭おかしくて、ユキを巻き込んだ」
「そんなこと思ってない」
「ん、ありがとう」

智幸は晴也の発言には悲しそうな顔をして、そばにいるよ、とでも言うように彼の首筋にキスをしていく。
ちゅ、ちゅ、と小さなリップ音が聞こえた。

(穏やかだ、、ウシくんといるときだけは)

それが智幸の「安定」なのだろうと光瑠は思った。
こんな優しい声は聞いたことがなかったからだ。
智幸の最近の目覚ましい変化もきっと、全て晴也がいてこそのものなのだろう。
聞かないといけないと思っていた2人の関係をやっと知った光瑠はどこかスッキリしていて、そしてこの狂気じみた共依存関係の2人を恐ろしいようにも思った。

「もう一回聞いとく。こんな関係の俺達でも、光瑠くんは友達でいてくれる?」

緑色の目がぐゆりと揺れた。
晴也は自分達が万人には受け入れられないことも、依存し合う歪さが気持ち悪い事も承知している。
全て分かって、それでも智幸を離そうとはしなかった。

(ウシくんに捨てられたら、トモは本当に死にそうだ、、)

何度見ても美しい男だった。
誰よりも男らしく勇ましく、智幸の分まで覚悟や責任を持っている。
彼が大人でいなければならなかった理由は智幸だったのだ。

「無理させたくないんだ。俺達と、友達でいてくれる?」
「、、友達でいるよ」

自分が友人としてそばにいるなら、いつも通りの事をしようと思った。
2人の関係を気にかけながら、また楽しくおかしく学生生活を送るだけだ。
智幸が下手な事をして晴也に愛想を尽かされないよう見張って、たまに晴也と遊びに行く。
2人を見ているとどうしてだか、少し寂しくて、心地の良い気持ちになってしまった。

「、、ごめんね。ありがとう」

弱々しく笑う晴也に緊張感が抜けた。

(そりゃあ好きになるよな。こんなに格好いいんだから)

騒動が収まると、光瑠は一応原田を追いかけると言って智幸の家を後にした。
予定通り、明日は午後から遊ぼうと言う話しをして。
無論、2人ではなく3人でだが。

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