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参拾陸章 ご両第親へ挨拶をしよう・魔女編

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「きゃー! 可愛い!!」

「むごっ?!」

 夕刻、腰を痛めたアルトゥルの為に貼り薬を調合していたゲルダであったが突如、何者かによって抱きしめられてくるくると回転されてしまう。
 エヴァ宅に入ってくる一人の気配は感じていたし“ただいま”という言葉も聞いていたのだが、全くといっていいほど反応が出来なかった。
 身を潜める隠密の気配すら察する武芸百般の達人がである。

「何、この! 誰、この娘! 小さい! 可愛い!」

 闇の中でゲルダは女性に抱きしめられていると察していた。
 云うまでもなく顔は大きな乳房に埋まってしまっている。
 しかも脱出しようにも鰻を掴むが如くゲルダの動きに合わせて巧みに逃がさないようにしているのだ。
 もう一度述べるが武芸百般の達人であるゲルダがである。

母様・・!! ゲルダが窒息しちゃうわよ!」

「あらヤだ。可愛いかったからつい…ごめんなさいね?」

 エヴァに窘められた事で女性はゲルダを解放する。
 養母である『塵塚』のセイラにも良く抱擁されるがここまで情熱的ではなかった。
 もっともセイラはセイラでねっとりと密着してくるのであるが…

「ゲルダ、大丈夫?」

「ああ、大事ない、大事ない。振り回されて少々目が回っておるくらいだ」

 ゲルダは軽く頭を振って気付けをすると改めて目の前の女性を見る。
 何というか肌色の多い・・・・・人だった。
 襟の付いたレオタードと表現すれば良いであろうか。
 しかも腹部に脇腹、背中、そして胸元部分が大きく切り抜かれており、その上、後ろに回れば尻が殆ど丸出しである。
 マントを纏っているが、そのように身を守るくらいなら普通の服を着れば良かろうにと思わなくもない。
 だがゲルダは魔女・・というものが得てして露出の多い衣装を着ているものだと知っているので今更ツッコミを入れても仕方が無いと思っている。
 聞いた話では森羅万象に宿る精霊から魔力を受け取りやすいのだという。
 そんなものかな、と一度だけ裸になって試した事があったが魔力の吸収率にこれといって違いというものを感じた事はない。
 結局は文化の違いなのだろうと納得したものである。

「ごめんなさい。こんな可愛いお客さんがいるとは思わなかったから、ついはしゃいじゃった」

 可愛らしく舌を出す魔女にゲルダは“良い良い”と手を振った。
 だが、ちょっと待てよ、と読者諸兄諸姉も疑問に思っておられる事だろう。
 そう、エヴァの両親であるが二人とも女性であるのだ。
 どちらかが女装しているのでもなく、両性具有という訳ではない。
 騎士アルトゥルと魔女ペルレは正真正銘レズビアンのカップルなのだ。
 ではエヴァはどうやって生まれたのかと問われれば、謎であると答えるよりない。
 それというのもエヴァは魔王の侵攻により滅ぼされた『水の都』で唯一保護された生存者であり孤児であったのである。
 滅ぼされた『水の都』の調査に訪れたシュタム達は街を汚染する強烈な瘴気に生存者は皆無であろうと諦めかけたが、そこへ赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 見れば修道服を来たシスターらしき・・・人物が歩いていた。
 何故、らしき・・・なのかと云えば彼女(?)は瘴気に晒されて肉体が腐り蕩けてしまっていたのだ。
 シスターは腕の中にあるものだけは守ろうと、守護結界を展開していた。
 彼女が自分を犠牲にしてまで守ろうとしていたのは赤ん坊であった。

「この……子を……お願い……しま……す……」

 やっとそれだけを告げると力尽きたのか、シスターの肉体は崩壊してしまう。
 赤ん坊が地に落ちる間一髪で何とかシュタムは受け止める事が出来た。
 その赤ん坊こそがエヴァであったのだ。
 後に同性結婚をしたアルトゥルとペルレに引き取られる事になるのだが、幼い頃から同性で仲睦まじくしている両親を見て育ったエヴァがレズビアンになるのも必然であったのかも知れない。
 両親に大切に育てられたエヴァは魔法の才能があると分かってからはペルレの英才教育によって立派な魔法遣いへと成長するのであった。
 やがてエヴァは独立して冒険者となるが、後に魔界の将軍と戦い、喉を斬られた傷が元で引退を余儀なくされて酒場の女主人となったのは前述した通りである。

「今が幸せなら云う事ないけど、まさか見捨てた元仲間の事を綺麗さっぱり忘れるとは思わなかったわね。手紙で“貴女を裏切った連中を見つけたけどどうする?”って手紙で打診したら返事はまさかの“誰、その人達?”ですものね」

「元々恨んでなかったし、ゲルダと過ごす毎日が楽し過ぎて細かい事なんて完全に忘れていたもの」

「娘があっけらかんとし過ぎているから、こちらも恨みようがなくってね。捕まえてやろうって気すら失せちゃったわよ」

「ちなみに元仲間って人達は今はどうしているの?」

「普通ね」

「普通?」

「元々エヴァがスカウトした子達で構成された貴女のパーティーだったじゃない。リーダーで主戦力のエヴァを追い出してからは可もなく不可もないそれなり・・・・のパーティーになったって事。貴女のコネで入る事ができた場所にも行けなくなったし、入る旨味も無いから新規のメンバーを募集しても応募する子はいないみたいよ」

 しかし、それは彼らが落ちぶれたという意味ではなく、エヴァがいなくなった事で身の丈に合った冒険をするようになっただけの話であるらしい。
 ペルレは応募する者はいないと云ったが、実は同等の冒険者は手を挙げている。
 更に云えば、魔王の呪いがかけられてしまったエヴァを見捨てたというよりは自分達の手に負えないと逃げてしまったというのが真相だ。
 決して褒められた事では無いが、エヴァにも落ち度が無い訳ではない。
 エヴァは守っているつもりであったがランクが数段低い彼らからすれば身の丈に合わぬ高難易度にして危険地帯に何度も連れ回されるので恐ろしかったそうな。
 その雲の上の存在であるエヴァが敗北したのだ。逃げ出してしまっても責めるのは酷というものだろう。
 “罰を与えない”“忘れた”というペルレ・エヴァ親子の言葉は慈悲深いとも云えるが、エヴァが助かっている事を知らない彼らは永遠に罪悪感と恐怖に縛られる事になるのだ。それを思えば決着をつけてやるべきであるのだが、許す側・・・である為、見逃す事で決着としてしまったのである。
 真相を知っていればゲルダも“それではいかん”と両者に和解の場を設けたであろうが、神ならぬ身ゆえに知る由も無く口を挟む事は無かった。
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