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第一章 魔闘技場の殺人
第八話 告白
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陽射しはますます強くなり、砂の照り返しも容赦なく射し込んでくる。
しかし、みなの心に漂っている黒いもやが晴れることはない。
「もう遅くなってしまったが、食事にしよう。クウア、すまないが暖め直してくれるかのぉ」
「……はい」
立ち上がった彼女は厨房へと向かう。
「食べる気も起きないのは分かるが、少しでも口にせねば。この暑さでは体が参ってしまうぞ」
ブリディフは三人に声を掛けた。
クウアは揚げた薄焼きパンに砂糖をまぶしたもの、茹で野菜と昨夜残ったシチュー、姫鱒の血合いを用意してくれた。
「ディカーン様は、シチューを美味しいと言ってくださったのに」
彼女がそっとつぶやいた。
ほかに口を開く者もなく、食器の触れ合う音だけが響いている。
静かな食事が終わろうとしていた頃、エクスが急に大きな声をあげた。
「そうか、あの時だ!」
一斉にみなが彼を見る。
「あの時に何者かが、ここへ入ったんですよ。そうだ、そうに違いない。
蠍王の封印を解こうとしている輩ですよ、きっと。奴らにとっては私たちが邪魔なんです。
そして、どこかに潜んでいてディカーン様を。と言うことは、今もどこかに隠れているはずだ。よーし、見つけ出してやる」
いきり立って出て行こうとするエクスの肩を、アーサが掴んだ。
「落ち着きなよ。どうしたって言うんだ」
「僕たちが魔闘技場で試しをしていた時なんですよ。あの時は全員が闘技場の中にいた。こっちには誰もいなかったから、それを見計らって入って来たに違いないんだ」
早口でまくし立てると、クウアの方を向いた。
「どこか隠れやすいところはありますか」
「二階に使っていないお部屋が二つありますが」
「そこだ!」
駆け出しそうなエクスを、今度はブリディフが止めた。
「もしお主の言う通りならば、一人で行っては危険じゃろう。今は、みなで揃って動く方が良い」
食事の手を止め、五人は二階へ向かう。
まずは廊下右奥の空いていた部屋へ、エクスとアーサが合図をして飛び込む。
しかし、誰もいない。
五人で中をくまなく探したが、そこに誰かがいた跡はない。
手前の部屋も同じだった。
その後、ウエン、エクス、アーサの部屋も順に確かめたが、そこにも探し求める者の姿はない。
一階の部屋もすべて覗いた後、ブリディフがエクスの背中に手を添え、優しく肩を叩く。
「僕、部屋へ戻ります」
それを合図に、みなが散っていった。
すでに陽もだいぶ傾いた頃、伝声管からくぐもった声が聞こえてきた。
「食堂に集まって頂きたいそうです」
誰からの頼みかも聞かず、ブリディフは身支度をして部屋を出る。
食堂へ入ると、もう四人が揃っていた。
「今回は儂が最後か」
クウアが老師へ茶を注ぐ。
彼も席に着くと、アーサが口を開いた。
「みなさまをお呼びしたのは私です」
「私がディカーン様を殺してしまいました」
若い二人は一様に驚いた表情を浮かべ、年長者たちは静かに耳を傾けた。
「昨夜、部屋へ戻った後にディカーン様がお見えになり、古来の詠唱について色々聞きたいとおっしゃられました。
私の部屋は本が散乱していたので、ディカーン様のお部屋で話をいたしました。
そこで、今研究している地の詠唱の話をすると、ぜひ聞かせて欲しいと。
それは土石流を起こす魔道です。
威力が大きいので、いったんはお断りしたのですが、ここならば軽減されるから大丈夫、すぐに魔力を収めればよいと言われて……」
「試してみたんですか」
エクスの問いにアーサはうなずいた。
「試してみたんだ。しかし、それが間違いだった。
私が唱えたのは、『地の溢れし激流、――
「言ってはならんっ!」
突然ブリディフが遮り、ふところから沙羅双樹の魔道杖を取り出すと、宙に印を切りながら何かを唱えた。
「驚かせて申し訳ありません、老師。結果を知ってしまったので、最後まで唱えることは致しません」
三人には、二人のやり取りの意味が分からない。
「いまアーサが唱えたのは、封印された禁忌、暗殺魔道じゃよ」
「なんと。古にそのようなものがあったと聞いたことはありましたが」
ウエンも驚きを見せた。
「誤った使用を防ぐために独特な言い回しじゃが、詠唱が短いのが特徴だ」
「相手に防御をさせないためでしょうか」
「その通りじゃよ。そして先程の詠唱、本当は地を意味していないのじゃ」
「まさか、血液のほう、ですか」
エクスの声に、ウエンも驚きの表情を深める。
ブリディフは無言で大きくうなづいた。
再びアーサが話し出した。
「私の調べた古文書には音が記されていたのみだったので、誤って大地のことだと思い込んでいたのです。
詠唱が終わるとすぐに、ディカーン様が大量の血を吹き出し倒れました。
私には何が起きたのか、一瞬分かりませんでした。
ようやく、自らの詠唱が原因であろう、地を誤ったのだと思い至った時には、すべてが手遅れでした」
「すぐにみなを呼べばよかったのでは」
「エクスの言う通りだよ。だけど気が動転していたんだ。禁忌の魔道を使ってしまったこともある」
「それで短剣を」ウエンが問いかけた。
「はい。外部の者の仕業に見せかけようと。
しかし、それも浅はかだったと今朝になって思い知らされました。
そのせいでウエン様やエクスにも迷惑をかけてしまった。
すぐに過ちを認めて、お話するべきでした。
本当に申し訳りません」
アーサは頭を下げると、そのままうなだれている。
「不幸な、事故だったんですね」
エクスはつらそうに言った。
「悪いのは私なんだ」
アーサの言葉もむなしく響く。
ブリディフはじっと彼を見つめていた。
しかし、みなの心に漂っている黒いもやが晴れることはない。
「もう遅くなってしまったが、食事にしよう。クウア、すまないが暖め直してくれるかのぉ」
「……はい」
立ち上がった彼女は厨房へと向かう。
「食べる気も起きないのは分かるが、少しでも口にせねば。この暑さでは体が参ってしまうぞ」
ブリディフは三人に声を掛けた。
クウアは揚げた薄焼きパンに砂糖をまぶしたもの、茹で野菜と昨夜残ったシチュー、姫鱒の血合いを用意してくれた。
「ディカーン様は、シチューを美味しいと言ってくださったのに」
彼女がそっとつぶやいた。
ほかに口を開く者もなく、食器の触れ合う音だけが響いている。
静かな食事が終わろうとしていた頃、エクスが急に大きな声をあげた。
「そうか、あの時だ!」
一斉にみなが彼を見る。
「あの時に何者かが、ここへ入ったんですよ。そうだ、そうに違いない。
蠍王の封印を解こうとしている輩ですよ、きっと。奴らにとっては私たちが邪魔なんです。
そして、どこかに潜んでいてディカーン様を。と言うことは、今もどこかに隠れているはずだ。よーし、見つけ出してやる」
いきり立って出て行こうとするエクスの肩を、アーサが掴んだ。
「落ち着きなよ。どうしたって言うんだ」
「僕たちが魔闘技場で試しをしていた時なんですよ。あの時は全員が闘技場の中にいた。こっちには誰もいなかったから、それを見計らって入って来たに違いないんだ」
早口でまくし立てると、クウアの方を向いた。
「どこか隠れやすいところはありますか」
「二階に使っていないお部屋が二つありますが」
「そこだ!」
駆け出しそうなエクスを、今度はブリディフが止めた。
「もしお主の言う通りならば、一人で行っては危険じゃろう。今は、みなで揃って動く方が良い」
食事の手を止め、五人は二階へ向かう。
まずは廊下右奥の空いていた部屋へ、エクスとアーサが合図をして飛び込む。
しかし、誰もいない。
五人で中をくまなく探したが、そこに誰かがいた跡はない。
手前の部屋も同じだった。
その後、ウエン、エクス、アーサの部屋も順に確かめたが、そこにも探し求める者の姿はない。
一階の部屋もすべて覗いた後、ブリディフがエクスの背中に手を添え、優しく肩を叩く。
「僕、部屋へ戻ります」
それを合図に、みなが散っていった。
すでに陽もだいぶ傾いた頃、伝声管からくぐもった声が聞こえてきた。
「食堂に集まって頂きたいそうです」
誰からの頼みかも聞かず、ブリディフは身支度をして部屋を出る。
食堂へ入ると、もう四人が揃っていた。
「今回は儂が最後か」
クウアが老師へ茶を注ぐ。
彼も席に着くと、アーサが口を開いた。
「みなさまをお呼びしたのは私です」
「私がディカーン様を殺してしまいました」
若い二人は一様に驚いた表情を浮かべ、年長者たちは静かに耳を傾けた。
「昨夜、部屋へ戻った後にディカーン様がお見えになり、古来の詠唱について色々聞きたいとおっしゃられました。
私の部屋は本が散乱していたので、ディカーン様のお部屋で話をいたしました。
そこで、今研究している地の詠唱の話をすると、ぜひ聞かせて欲しいと。
それは土石流を起こす魔道です。
威力が大きいので、いったんはお断りしたのですが、ここならば軽減されるから大丈夫、すぐに魔力を収めればよいと言われて……」
「試してみたんですか」
エクスの問いにアーサはうなずいた。
「試してみたんだ。しかし、それが間違いだった。
私が唱えたのは、『地の溢れし激流、――
「言ってはならんっ!」
突然ブリディフが遮り、ふところから沙羅双樹の魔道杖を取り出すと、宙に印を切りながら何かを唱えた。
「驚かせて申し訳ありません、老師。結果を知ってしまったので、最後まで唱えることは致しません」
三人には、二人のやり取りの意味が分からない。
「いまアーサが唱えたのは、封印された禁忌、暗殺魔道じゃよ」
「なんと。古にそのようなものがあったと聞いたことはありましたが」
ウエンも驚きを見せた。
「誤った使用を防ぐために独特な言い回しじゃが、詠唱が短いのが特徴だ」
「相手に防御をさせないためでしょうか」
「その通りじゃよ。そして先程の詠唱、本当は地を意味していないのじゃ」
「まさか、血液のほう、ですか」
エクスの声に、ウエンも驚きの表情を深める。
ブリディフは無言で大きくうなづいた。
再びアーサが話し出した。
「私の調べた古文書には音が記されていたのみだったので、誤って大地のことだと思い込んでいたのです。
詠唱が終わるとすぐに、ディカーン様が大量の血を吹き出し倒れました。
私には何が起きたのか、一瞬分かりませんでした。
ようやく、自らの詠唱が原因であろう、地を誤ったのだと思い至った時には、すべてが手遅れでした」
「すぐにみなを呼べばよかったのでは」
「エクスの言う通りだよ。だけど気が動転していたんだ。禁忌の魔道を使ってしまったこともある」
「それで短剣を」ウエンが問いかけた。
「はい。外部の者の仕業に見せかけようと。
しかし、それも浅はかだったと今朝になって思い知らされました。
そのせいでウエン様やエクスにも迷惑をかけてしまった。
すぐに過ちを認めて、お話するべきでした。
本当に申し訳りません」
アーサは頭を下げると、そのままうなだれている。
「不幸な、事故だったんですね」
エクスはつらそうに言った。
「悪いのは私なんだ」
アーサの言葉もむなしく響く。
ブリディフはじっと彼を見つめていた。
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