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第三謎:怪盗ドキからの予告状 IQ120(全二話)

名探偵の仕事

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 無類の骨董こっとうマニアで、土器を中心として各地の博物館を狙う怪盗ドキ。あいつがついに百済菜市ここの宝を狙って現れたのか!

「これって、先輩が前にフラグ立てたからじゃないですか?」

 何気なく言った言葉で、四人の目が一斉に僕へ注がれた。御手洗さんが身を乗り出す。

「フラグってどういうことですか」
「いや、先輩が『この街で怪盗が予告状を出すなんて、聞いたことがない』って言ってたんです。自分のような名探偵がいるから犯罪への抑止力となっているんだ、って」
「そんなこと言ったっけ?」
「えぇー⁉ あんなに自信満々で言い切ってたじゃないですか」

 僕に責められた先輩は、右斜め上を見上げて口笛を吹く真似をしている。とぼける仕草がこどもかよ。
 その様子を見ていた伊集院刑事は小ばかにしたように鼻を鳴らした。
 それを気にするそぶりも見せずに、先輩は急に真剣な表情で身を乗り出す。

「いたずらではない、ということですね」
「ええ。過去の犯行予告に使われているものと紙質が一致しました。今回は市立博物館にある『王の土器』をターゲットにしたようです」
「なるほど」

 御手洗さんの話を聞いた先輩はソファへ体を預けて目を閉じた。
 みんなの視線が集まるのも気にしていない。すぐに目を開くと立ち上がり、お気に入りのマイセンのカップを手にミニキッチンへと向かう。

「おかわりが欲しい方、いますか」

 振り返った先輩へ、腰を浮かせた伊集院さんが怒気をはらんだ声を出す。

「そんなことは助手にでもやらせろよ」
「私が淹れた方が美味しいんですよ」

 この状況でも謙遜することなく言い切っている。その態度が伊集院さんの怒りに火をつけたらしい。

「こっちはわざわざ時間を作って来てるんだ。御手洗部長の知り合いだか何だか知らないが、何が探偵事務所だ! ふざけた名前つけやがって」
「うーん、でも事実ですからねぇ。それに探偵って書いておいた方が依頼する方たちも分かりやすいし」
「それなら、さっさとこの謎を解いてみろよ!」
「もう解けましたよ」

 フラスコにお湯を入れながら、先輩は当たり前のようにさらっと言った。
 御手洗さんも伊集院さんも、もちろん僕も一瞬言葉を失う。美咲さんだけが尊敬のまなざしで胸の前に両手を合わせて目をきらきらさせていた。

「本当かい、こうちゃん⁉」
「もちろんです。なにせ私はただの探偵ではなく、名探偵ですから」

 思わず知り合いのおじさんに戻った御手洗さんへ、いつものように先輩が答えた。
 伊集院さんはまだ口を開けている。

「予告の日まで一週間あるし、急がなくても大丈夫でしょう。コーヒーを淹れなおしている間に、鈴木くんも解いてみて」

 プロの刑事さんたちが解けなかったのに、僕へ無茶振りしてくるし。でも先輩が既に解けたなら、焦ることないし気楽にチャレンジしてみるか。

 時計の針がDからEって……。文字盤にアルファベットを使うことってあるのかな。スマホで調べてみよう。
 あぁ、KLONと言うメーカーが数字の頭文字を文字盤に使っているけれど、これだとE(Eight、Eleven)はあるけれどDがない。
 時、分、秒はH、M、Sだし、Dってなんだ?

「先輩、何かヒントをください」
「時計の針が動くことで変わるものって、何だい?」

 コーヒー豆を計る手を止めず、こちらを見ることもない。
 それでも先輩の言葉を聞いて刑事さんたちもテーブルの上の紙を見つめ直した。美咲さんは壁に掛かった時計と交互に見比べている。
 彼女が見つめる先にある時計の針は十一時半になろうとしていた。
 短針と長針が一直線になっている。
 ん……待てよ?
 針が動くことで変わるのは時刻だけじゃないぞ。

「角度……ですか?」
「おっ、いいところに気がついたようだね、鈴木くん」
「たしかに角度は変わりますけれど、それとアルファベットがどうかかわるのかしら」
「もったいぶらずに教えてくださいよ、先生」

 御手洗さんの声にも反応せず、伊集院さんは広げられたドキからの予告状をじっと見つめている。
 入れなおした珈琲を手にした先輩がソファへ戻ってきた。

「あの予告状には『時計の針』『変わるとき』って書いてあったでしょう。それを見たとき、すぐ角度に着目すればいいのかなと考えたんだ」
「でもDとかEって何のことですか?」

 美咲さんと同様、僕にはまだピンと来ていない。刑事さんたちも同じみたい。
 伊集院さんから溢れ出ていた敵意はすっかりなくなり、先輩の言葉を待っている。

「角度のことと分かれば、おのずと出てくるだろ?」
「角度に関連した言葉でDとE……まったく思いつきません」
「鈴木くん、中学生の数学で習うことだぞ」
「えー、そう言われても。数学は苦手だったし、まさか探偵事務所に就職して謎解きするなんて思ってもいなかったからなぁ」
「しょうがないなぁ。鈍角(Donkaku)のDと鋭角(Eikaku)のEだよ」

 そう言われてもまだ首をかしげていると、僕の代わりに伊集院さんが反応した。

「なるほど! DからEか……三時ですね!」
「さすが刑事さん。その通りです」
「あのぉ……なんで三時になるんですか?」

 間抜けな僕の質問に、今度は伊集院さんが説明してくれた。

「九十度より大きい角が鈍角、小さい角が鋭角。と言うことは、鈍角から鋭角に変わるとき、つまり時計の針が直角となる時刻を指しているんだよ」
「直角になるなら他にもありますわ。例えば九時とか」
「九時は鋭角から鈍角、つまりEからDに変わるので予告状には合致しません」
「例えば、一時五十四分三十三秒ごろや六時十六分二十二秒ごろもDからEに変わる直角となるけれど、わざわざ半端な時間を予告してはこないでしょう」

 伊集院さんの説明に先輩が付け足しをして、美咲さんも僕も納得をしたところで御手洗さんが頭を下げた。

「先生、ありがとうございました。これで警備を集中することが出来ます。怪盗ドキの思い通りにはさせません」
「三時といっても午前と午後、二回あるけれどおそらく博物館に客のいない午前三時を指しているとみて間違いないでしょう。もし、その時刻にドキが現れなくても、十二時間あれば警備体制を再度整えることも可能でしょうし、客に紛れて盗み出すというのはそもそも至難のわざですからね」
「本当にありがとうございました。この御礼は、あらためて」

 御手洗刑事が席を立った。後を追った伊集院さんは扉を出る前に振り返り、先輩へ向かって敬礼をしていった。
 僕もあらため先輩に対し、「流石です」と心の中で敬礼した。

「ところで先輩、博物館の警備はいつ見に行くんですか?」
「ん? 何で行く必要があるの?」
「え、だって予告状の謎を解いたんだし、ここは引き続き怪盗ドキを逮捕する協力をするのがお約束では……」
「それは警察の仕事だよ。私は名探偵だから、謎を解いて終わり」
「そうですわ、鈴木さま。耕助さまを危険な目に合わせるわけにはいきません」
「えー、それじゃつまらないじゃないですか」
「何言ってるんだよ、あとは御手洗さんたちに任せて、私たちはのんびりと珈琲でも飲んでいようよ」

 ホント、この人は謎解きが大好きなだけなんだよなぁ。



―第三謎:怪盗ドキからの予告状 終わり― 
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