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第四章 預金通帳はかく語りき

第二話 手渡された預金通帳

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 あの日から二日後、わたしは小林くんと一緒に見慣れた駅の改札を通った。
 にぎわいが戻ってきた駅ビルの中を通り抜け、大通りの信号を渡り、ファッションビルの中通路を歩いていく。小林くんは斜め後ろを黙ったままついてきている。
 ここを抜けてまっすぐ行けば近道だ。
 右にはまだ夕方なのに開いている居酒屋さん、左の先にはラブホも見える。

「行こう」

 いちど立ち止まって、彼の背中を押すように声をかけた。


 
 小林くんが理科室を出て行った後も、どうしていいか分からずに立ったままだった。
 そこへするするっと楓が寄ってくる。

「なになにぃ、やりますなぁ朋華さんも。それにしてもまさか、小林くんがねぇ。うーん、なるほどねぇ」

 わたしをひじで小突きながら見上げてくる。マスクの下ではにやにやしてるんでしょ、バレバレだからね。

「いや、ただ『話がある』って言われただけだから」
「何の話よ」
「うーん……。勉強を教えてくれ、とか?」
「小林くんの方が成績良いよね」
「……うん。じゃ、絵のこととか」
「それなら今の部活のときに話せばいいよね」
「……うん」

 えー、マジにどうしよう。
 こういうのって、もっと前フリがあるんじゃないの? 急に親しくなるきっかけがあったとか。
 もう突然すぎて、心の準備が。

「楓、一緒に来てよ」
「なに言ってんの! こういうことは一人で受け止めてこそ、女として成長していくのよ」
「なにそれ。もう他人事ひとごとだと思ってぇ」
「ま、頑張って。明日、ゆっくり話を聞かせてね」

 そう言うと「お先にぃ」と手を振りながら帰ってしまった。
 仕方ない。行くしかないか。
 小林くんの印象って、青いメタルフレームの眼鏡くらいなんだよなぁ。
 あとはまじめで頭も良くて、とぅるんとしたゆで卵みたいな顔、かな。
 正直、見た目的にはタイプじゃないし。

 そんなことを考えているうちに教室の前まで来た。
 立ち止まって深呼吸。
 なんでわたしの方がこんなに緊張しなきゃいけないんだ?
 思わず苦笑いを浮かべる。
 よし、入るか。

「あ、加納さん。ごめんね、残ってもらっちゃって」

 小林くんは教室の後ろの方で窓際に立っていた。

「なに、話って」
「うん……」

 彼の方へ近づいていくと、わたしから視線を外した。
 手には何か手帳くらいの大きさのものを持っている。

「あのさ……」

 意を決したように小林くんが顔を上げた。

「加納さん、知り合いに探偵がいるって言ってたよね」

 へ?
 どんがらがっしゃーんと、頭の中で思いっきりずっこけた。
 そ、そういうことだったのか。

「どうしたの?」
「う、うん、なんでもない。探偵ね、いるよ。といってもあまり探偵っぽいことしていない、ただの世話好きなおじさんだけど」
「僕に紹介して欲しいんだ」

 いったいなんで小林くんが探偵を?
 依頼するお金はどうするんだろう。
 まぁおじさんなら、話によっては無料ただで引き受けるんだろうけれど。

「いいけど、よかったら理由も聞かせてくれる?」
「紹介してもらうからには、加納さんには話そうと思ってた」

 小林くんは手に持っていたものをすっと差し出した。
 見ると預金通帳だ。

「なに、これ」
「中を見て」

 通帳の名義は小林くんになっている。

「うわっ、すごい。百万円もあるじゃない!」

 毎月五千円ずつ入金されているのがずらっと並んでいて、最後の残高は百万を超えていた。

「僕が貯めたわけじゃないよ。母さんが貯めてくれていたんだ」
「この通帳がどうかしたの?」

 またわたしから視線を外した。

「母さんが……急にこの通帳を渡してきたんだ。あなたのためのお金だから必要なときに使いなさい、って。いきなりだよ。おかしくない!?」

 おかしいといえばそうかもしれないけれど。

「百万円になったから、キリがいいと思ったのかも」
「最近は様子が変なんだ。何か考え込んでいることが多くて、一緒にテレビを見ていてもボーっとしていて話がかみ合わないし」

 家族だからこそわかる、微妙な違和感があるのかな。

「母さん……死ぬつもりなのかも」
「えぇっ!」
「昨日の夜、通帳のことを聞いてみたんだ。何で急に渡したのか、って。そうしたら『もし私がいなくてもご飯食べたりするのにお金がいるでしょ』って笑いながら言うんだよ。なんか無理して笑顔を作ってる気がして。そんなこと言うなんて絶対変だよ!」

 たしかに『』なんて、ちょっと変だ。

「お父さんには相談したの?」
「父さんは二年前から札幌へ単身赴任していて。帰ってくるのも月に一回くらいだし、このことはまだ話してない」
「それで探偵に……」

 黙ったまま、小林くんはうなずいた。

「わかった。おじさんを紹介するよ。大丈夫。こういうことなら絶対に力になってくれる人だから」
「ありがとう」
「きっとお母さんにも何か理由があるんだよ」
「いきなりこんな話をしてごめん。でも加納さんに話を聞いてもらえて、少し気持ちが楽になった」

 いやいや、こちらこそ早合点して勝手にドキドキしちゃったりしてゴメン。と心の中で謝っておいた。
 でもこれはこれで、楓には笑われるよ、きっと。
 それにしても小林くんのお母さん、なんで急に預金通帳なんか渡したんだろう。



「ここだよ」
 見馴れたビル、入り口のガラス扉には『水城みずき探偵事務所』と白い文字で書いてある。その文字越しに、パソコンに向かっているおじさんの背中が見えた。
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