上 下
20 / 24
第三章 バレンタインチョコ事件

第五話 変わらないもの

しおりを挟む
 ウォーターサーバーからコップにお水を入れて、もう一度ソファーに座りなおした。一口飲んでからおじさんを見る。

「先週の日曜日の夜、ママとご飯を食べに行ったの」

 おじさんは軽くうなずいて黙ったままわたしを見てる。


「それがね……男の人も一緒に」

 えっ、ていう口の形になったけれどおじさんは何も言わなかった。

「ママの彼氏さん。最近になって彼氏さんが出来たみたいで、出張の後もまっすぐ家に帰ってこないことも増えてきて。それは別にいいの。ママにも好きな人が出来るのは悪いことじゃないと思うし、わたしも一人でいるのは慣れてるし。彼氏さん、初めて会ったけれどいい人だし」

 途中から自分でも何を言いたいのかわからなくなって、おじさんの顔も見れなくなって。
 テーブルの上に置いたコップを見ていた。

「彼氏さん……若いんだよね」

 コップの中にはまだ半分くらい水が残ってる。

「三十三歳って言ってた。ママより十歳若いの。それがね、嫌だとかダメだって言ってるわけじゃないの。ママも彼氏さんと話しているときは楽しそうだし。応援したいと思う。でもね……」

 続く言葉が出てこない。
 頭ではわかっているけれど、もうここまで出かかっているけれど。
 おじさんはわたしの言葉を待ってくれている。


「おとう、さん……とは呼べないよ」
 小さな、小さな声でつぶやいた。

「だって、わたしと十七歳しか違わないんだよ!」


 顔を上げると、おじさんは穏やかな表情でわたしを見ていた。

「そう呼べって言われたわけじゃないけどさ、まだママと結婚するのかも決まってないみたいだけれど、でもそういうことでしょ?、一緒にご飯を食べに行くって。わたし……どうすればいいのか分からなくて……」

 ずっとモヤモヤしていた思いを一気に吐き出して、少し落ち着いた。

「それで、いいんじゃないかな」

 えっ、と今度はわたしが言いかけた。
 こうした方がいい、とか言われるかもしれないと思っていたから。

「ちゃんと朋華は今の状況と自分なりに向き合ってる、そう思うよ。いい人だし、お母さんのことも応援したい、その気持ちのままでいいんだよ。無理に合わせることもない。お母さんだって、その人だって、いきなりお父さんと呼んでくれとは思っていないさ」
「そう……かな?」
「朋華は相手のことを考え過ぎるところがあるでしょ? 自分がこうしなきゃいけないんじゃないか、って。それは朋華のいいところでもあるけれど、もう少し肩の力を抜いて、自分一人で背負いこまずに相手に任せてもいいと思う」


 おじさんの言いたいことは分かる。
 でも、簡単には出来ないよ。
 どうしてもパパのことを考えちゃう。わたしがもっといい子でいたら、ママと離婚しなかったかもしれないって……。


「きっと朋華にも色々な思いがあってすぐには変えられないだろうけれど、少しずつ意識して相手に任せたり、頼ることをしていけばいい。とりあえず、どう呼ぶかなんてさ、相手のことは考えずただ名前で呼べばいいんじゃない?」
「大丈夫かな……」
「そんな遠慮することなんてないさ。俺になんて、遠慮せずに腹パンしてくるじゃないか」

 そう言ってにっこりと笑ったおじさんに釣られて、わたしも笑顔になった。

「もう少し遠慮してくれてもいいんだけどな」
「えー、それは無理。だってパンチしやすいんだもん」
「なんだよ、それ」

 二人で顔を見合わせて声を出して笑った。
 そうか、遠慮しないってこういうことか。


「実はね、もう一つ心配があるんだ」

 今ならどんな返事が来ても大丈夫な気がする。

「もしこのまま、ママと彼氏さんが一緒に暮らすってことになったら、わたしも引っ越すかもしれないよね」

 すぐにってことにはならないだろうけれど、可能性はある。
 せっかくユウキちゃんやみんなとも仲良くなったのに。それに……。

「その人はどこに住んでるの?」
「渋谷って言ってた」
「なーんだ」

 おじさんはまた笑ってる。

「心配事だなんていうから、てっきりどこか地方なのかと思っちゃったじゃないか。お母さんが出張先で知り合ったのかなぁって」

 椅子のキャスターを滑らせて少しこっちへ近づいた。

「どうなるか分からないなら、今から心配しなくてもいいんじゃない? 引っ越したとしても近いんだし」
「そうだけど……」
「それにさ、朋華のマンション、新築で買ったばかりだろ。引っ越す可能性は低いんじゃないかな。その人が引っ越してくるかもしれないけれど」
「……そうかな」
「もし引っ越したって、いつでも遊びに来ればいい」
「来てもいいの?」
「当たり前だろ。毎朝会えなくなるのは寂しいけれど、朋華のことは娘のように思っているんだから。むしろ会いに来て欲しいくらいだよ」

 いつもの笑顔が目の前にあった。
 ありがとう……おじさん。
 下を向くと涙がこぼれそうなので、勢いよく立ち上がった。


「そうそう、おじさんに渡すものがあったんだ」

 本当はこれが今日の目的。

「はい、これ」

 ラッピングしたチョコチップクッキーをバッグから取り出して手渡す。

「え、俺に!? 何だよ朋華まで……。今日は嬉しいねぇ、ありがとう」
「ちゃんと手作りだからね」
「すごいなぁ。でも他にあげる人はいなかった――ぁがっ!」

 ほんっと、ひとこと余計なのよね。
 腹パンして欲しくてわざと言ってるんじゃないかっていうくらい。

「それにしてもさ。何でこういう日にチョコ菓子を買っておくかなぁ」
「いや、こんなふうに二つももらえるなんて思ってなかったから」
「それぐらい先を読まなくちゃ。探偵なんだから、ね」
 


 後日、ケンタ君がカンナちゃんに謝った話を聞いた。
 どうやらリンちゃんがこっそり彼に話して仕向けたらしい。
 リンちゃん、グッジョブ!



―バレンタインチョコ事件  終わり―
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時を喰らう館:天才高校生探偵、神藤葉羽の難解推理

葉羽
ミステリー
豪奢な洋館で発見された、富豪の不可解な死。密室、完璧なアリバイ、そして奇妙な遺言。現場に残されたのは、甘美な香りと、歪んだ時間だけだった。天才高校生探偵・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、この迷宮事件に挑む。しかし、それは葉羽の想像を絶する悪夢の始まりだった。時間、視覚、嗅覚、そして仮想現実が絡み合う、前代未聞の猟奇的殺人ゲーム。葉羽は、五感を蝕む恐怖と、迫りくる時間の牢獄から、真実を導き出すことができるのか? どんでん返しの連続、そして予想だにしない結末があなたを待つ。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

白薔薇のキミ

土方かなこ
ミステリー
雰囲気 百合ミステリー エロ グロ なんでもあり ♡モモ子 Hカップの女子高校生  超絶貧乏&不器用&馬鹿力 頭が悪い まあまあ可愛い ♢シロ子 車いすユーザー 謎の貫禄がある麗人 トレードマークは白髪のストレートヘアー 大きいお屋敷の主人 □カヲル とても器用な雑用係 屋敷のすべてを握ってる 底抜けにあかるい性格 仕事が早い ▽バラ子 あるイミ有名デザイナー 屋敷の衣装係 シロ子の美貌に狂わされたオンナ 家には大量のシロ子トルソーがあふれかえっている

思惑

ぴんぺ
ミステリー
はじめまして、ぴんぺと申します。 以前から執筆に興味があり、この度挑戦してみることにしました。 さて、僕の処女作の紹介に移らせていただきます。 主人公の荒木康二(あらきこうじ)は塾講師を生業としているフツーの男 妻の沙奈(さな)とはこれまたフツーの生活を送っています。 そんなある日、2人は思いもよらない事件に巻き込まれてしまいます。その事件によりあらわになる2人の秘密… 紹介はこの辺にしますね 上にも書きましたが初めて取り組む作品なので見苦しい点が多々あると思います。 でも、最後まで読んでいただけるとうれしいです。 皆さんのご指導ご指摘よろしくお願いします あ、そうだ 僕、WEARでコーディネート投稿してます。 よかったらそちらも遊びに来てください^^ 「ぴんぺ」で検索です^^

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

イグニッション

佐藤遼空
ミステリー
所轄の刑事、佐水和真は武道『十六段の男』。ある朝、和真はひったくりを制圧するが、その時、警察を名乗る娘が現れる。その娘は中条今日子。実はキャリアで、配属後に和真とのペアを希望した。二人はマンションからの飛び降り事件の捜査に向かうが、そこで和真は幼馴染である国枝佑一と再会する。佑一は和真の高校の剣道仲間であったが、大学卒業後はアメリカに留学し、帰国後は公安に所属していた。 ただの自殺に見える事件に公安がからむ。不審に思いながらも、和真と今日子、そして佑一は事件の真相に迫る。そこには防衛システムを巡る国際的な陰謀が潜んでいた…… 武道バカと公安エリートの、バディもの警察小説。 ※ミステリー要素低し 月・水・金更新

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

処理中です...