17 / 24
第三章 バレンタインチョコ事件
第二話 カンナちゃんの怒り
しおりを挟む
駅前の信号を渡ってファッションビルの中通りを歩いていると、焼けた肉の芳ばしい匂いが漂ってきた。
あー、食欲が刺激される。改装して一階に出来たステーキ専門店、まだ行ったことないんだよね。
今度おじさんにご馳走してもらおう。などと考えながら、事務所のドアを開けた。
「ただいまー」
いつものように右奥の席でパソコンへ向いている背中に声を掛ける。
「おぅ、お帰り。今日は早かったな」
「そう? もう三時過ぎてるし」
「いつもは早くても四時半くらいじゃないか」
「今日は先生たちの研修会があるみたいで、短縮授業の五時間だったからね」
バッグを手前のソファーへ投げ出し、そのとなりに腰を下ろす。
「相変わらず暇そうね」
「暇な訳じゃないし」
おじさんは画面から目を離してこちらを向いた。
「だってネット見てるだけじゃん」
「こうして世の中の情報をいち早く入手しているんだよ」
「ふーん」
ま、そういうことにしておいてあげる。
それよりも、お肉の匂いのせいでお腹が減っちゃった。
「ねぇ、何かおやつない?」
「いきなりかよ。冷蔵庫にエンゼルパイが入ってるぞ」
「わぁ! わたし、あれ好き。チョコとマシュマロのバランスが最高だよね」
「俺が小学生の頃からあるし、王道を行くお菓子だよ。あれは」
冷蔵庫を開けて、エンゼルパイを三個持ってソファーへ戻ってきた。
「そんなに食べるの? また太――ぉぐっ!」
右手に一個握ったままの拳で腹パンしたあと、そのまま無言で差し出す。
食べるのは二個だけだから。
「あ、ありがとう」
右手でお腹をさすりながら、おじさんが左手を出した。
でも何でこの日にこのおやつを用意するかなぁ。
やっぱ男の人ってあまり気にしてないみたい。
食べ終わったタイミングで「あのさ、ちょっと話が――」と言いかけたところで、事務所のドアが再び開いた。
「おじさん、聞いてよぉ!」
座ったまま振り返ると、いきなり不満の声をあげたのはカンナちゃんだった。
ランドセルを背負ったまま、リンちゃんも一緒に来ている。
「どうしたの、いきなり。学校帰りにここへ来るなんて珍しいな」
入り口に立っていた二人が、おじさんに手招きされてわたしと向き合うように座った。
「朋華ちゃんも聞いて」「こんにちは」
カンナちゃんの方はかなりお怒りモードだ。
「こんにちは。何かあったの?」
ランドセルを下ろした二人が話してくれた事件とは――。
「今日はバレンタインデーでしょ。こっそり学校へチョコを持って行ったの。帰りに渡そうと思っていたのに、昼休みが終わったら箱がつぶされちゃってたんだよー!
これって、ひどくない?」
やっぱりカンナちゃんはチョコを持って行ったんだ。そんな感じだったもの。
「そりゃ、ひどいなぁ」
「でしょー!?」
「ランドセルに入れてたの?」
「ううん。補助バッグに入れて机の横に掛けてた」
おじさんの質問に口をとがらせるカンナちゃん。
「誰がやったか分からないのか」
「それがね、わたしが教室を出るときに男の子が六人いたからゼッタイあやしいと思って話を聞いたんだけど、みんなやってないって……」
まぁ正直に言わないよね、きっと。
「でね、おじさんに話せば誰がやったのか分かるかも、ってリンが言って」
カンナちゃんが隣に顔を向ける。
「いちおうおじぃは探偵だし」
「何だよ、一応って。それにおじぃって、ぃをつけるのは止めろって言ってるだろ」
おじさんのブーイングも彼女はニヤリとやり過ごす。
この前の理科室の一件を見てるからね、リンちゃんは。
「もぉ、そんなことはツッコまなくていいの!」
まだ何か言いたそうなおじさんをにらみつけた。
「カンナちゃん、詳しく話して」
「男の子たちはこう言ってるの」
リョウ「ボクはやってないよ。教室に一人でいたことなんてなかったし」
「そう言えば、タケシがカンナの机のそばで何かやってたよ。
あいつがやったんじゃないの?」
ハヤテ「校庭で遊んでたから、分からないな。もちろん、壊してなんかないよ」
「あぁ、階段でリンとすれ違ったっけ」
ケンタ「あの後、図書室にずっといたから。教室には三人が残ってたよ」
「リンちゃん? あぁ、何かを探してたみたいだったけど」
タケシ「オレはやってないぞぉ。カンナのものを壊すわけないじゃんかぁ」
「オレが教室を出るときはヒカルしかいなかったよ」
サワト「カンナちゃんの机の隣ってハヤテでしょ? あいつがあやしいね」
「ぼくはリョウのことを追いかけてすぐ出たから」
ヒカル「箱? 知らなーい。教室を出たのは最後だったけど何も見てないよ」
「その後は休み時間が終わるまでずっとハヤテと校庭で遊んでたもん」
「あれ、リンちゃんは二組じゃなかったっけ?」
確か学校公開のとき、カンナちゃんが三組でクラスが違ってた気が……。
「リンは短縄の練習もやろうと思って教室へ取りに行こうとしてたから、ついでに三組の長縄を取りに行ったんだ」
「今ね、休み時間に四年生で長縄の練習をしてるの」
カンナちゃんがリンちゃんをフォローする。
「二組の長縄を使ってたんだけど人数が増えたから、三組のも持ってきて二つに分かれて練習しようってことになって」
「へぇー。わたしのときもやったなぁ長縄」
懐かしい。中二の運動会でもクラス対抗でやったっけ。
「どのクラスも長縄は黒板の横に掛けてあるから、それを取ってすぐ校庭に戻ったんだ」
「そのときには教室に誰がいたの?」
「ヒカルとタケシがいた」
「うーん……これだけじゃ、誰がやったのか分からないよね。でしょ?」
さっきから黙って聞いているおじさんへ振ると――。
「あのぉ……たんなわ、って何?」
はぁ!? そこを聞くの?
「ながなわ? なげなわ?」
おじさんにも知らないことがあるのかと安心もするけれど……。
呆れているとリンちゃんが冷たく言い放つ。
「縄跳びのことだよ。みんなで飛ぶ長縄と、一人で飛ぶ短縄。おじぃ、そんなことも知らないの?」
さすがに「おじぃ」といわれても反発しないで、「なるほどぉ」と何度もうなずいていた。
それにしても、カンナちゃんたちの話だけでチョコの箱をつぶしちゃった犯人が分かるのかな。
あー、食欲が刺激される。改装して一階に出来たステーキ専門店、まだ行ったことないんだよね。
今度おじさんにご馳走してもらおう。などと考えながら、事務所のドアを開けた。
「ただいまー」
いつものように右奥の席でパソコンへ向いている背中に声を掛ける。
「おぅ、お帰り。今日は早かったな」
「そう? もう三時過ぎてるし」
「いつもは早くても四時半くらいじゃないか」
「今日は先生たちの研修会があるみたいで、短縮授業の五時間だったからね」
バッグを手前のソファーへ投げ出し、そのとなりに腰を下ろす。
「相変わらず暇そうね」
「暇な訳じゃないし」
おじさんは画面から目を離してこちらを向いた。
「だってネット見てるだけじゃん」
「こうして世の中の情報をいち早く入手しているんだよ」
「ふーん」
ま、そういうことにしておいてあげる。
それよりも、お肉の匂いのせいでお腹が減っちゃった。
「ねぇ、何かおやつない?」
「いきなりかよ。冷蔵庫にエンゼルパイが入ってるぞ」
「わぁ! わたし、あれ好き。チョコとマシュマロのバランスが最高だよね」
「俺が小学生の頃からあるし、王道を行くお菓子だよ。あれは」
冷蔵庫を開けて、エンゼルパイを三個持ってソファーへ戻ってきた。
「そんなに食べるの? また太――ぉぐっ!」
右手に一個握ったままの拳で腹パンしたあと、そのまま無言で差し出す。
食べるのは二個だけだから。
「あ、ありがとう」
右手でお腹をさすりながら、おじさんが左手を出した。
でも何でこの日にこのおやつを用意するかなぁ。
やっぱ男の人ってあまり気にしてないみたい。
食べ終わったタイミングで「あのさ、ちょっと話が――」と言いかけたところで、事務所のドアが再び開いた。
「おじさん、聞いてよぉ!」
座ったまま振り返ると、いきなり不満の声をあげたのはカンナちゃんだった。
ランドセルを背負ったまま、リンちゃんも一緒に来ている。
「どうしたの、いきなり。学校帰りにここへ来るなんて珍しいな」
入り口に立っていた二人が、おじさんに手招きされてわたしと向き合うように座った。
「朋華ちゃんも聞いて」「こんにちは」
カンナちゃんの方はかなりお怒りモードだ。
「こんにちは。何かあったの?」
ランドセルを下ろした二人が話してくれた事件とは――。
「今日はバレンタインデーでしょ。こっそり学校へチョコを持って行ったの。帰りに渡そうと思っていたのに、昼休みが終わったら箱がつぶされちゃってたんだよー!
これって、ひどくない?」
やっぱりカンナちゃんはチョコを持って行ったんだ。そんな感じだったもの。
「そりゃ、ひどいなぁ」
「でしょー!?」
「ランドセルに入れてたの?」
「ううん。補助バッグに入れて机の横に掛けてた」
おじさんの質問に口をとがらせるカンナちゃん。
「誰がやったか分からないのか」
「それがね、わたしが教室を出るときに男の子が六人いたからゼッタイあやしいと思って話を聞いたんだけど、みんなやってないって……」
まぁ正直に言わないよね、きっと。
「でね、おじさんに話せば誰がやったのか分かるかも、ってリンが言って」
カンナちゃんが隣に顔を向ける。
「いちおうおじぃは探偵だし」
「何だよ、一応って。それにおじぃって、ぃをつけるのは止めろって言ってるだろ」
おじさんのブーイングも彼女はニヤリとやり過ごす。
この前の理科室の一件を見てるからね、リンちゃんは。
「もぉ、そんなことはツッコまなくていいの!」
まだ何か言いたそうなおじさんをにらみつけた。
「カンナちゃん、詳しく話して」
「男の子たちはこう言ってるの」
リョウ「ボクはやってないよ。教室に一人でいたことなんてなかったし」
「そう言えば、タケシがカンナの机のそばで何かやってたよ。
あいつがやったんじゃないの?」
ハヤテ「校庭で遊んでたから、分からないな。もちろん、壊してなんかないよ」
「あぁ、階段でリンとすれ違ったっけ」
ケンタ「あの後、図書室にずっといたから。教室には三人が残ってたよ」
「リンちゃん? あぁ、何かを探してたみたいだったけど」
タケシ「オレはやってないぞぉ。カンナのものを壊すわけないじゃんかぁ」
「オレが教室を出るときはヒカルしかいなかったよ」
サワト「カンナちゃんの机の隣ってハヤテでしょ? あいつがあやしいね」
「ぼくはリョウのことを追いかけてすぐ出たから」
ヒカル「箱? 知らなーい。教室を出たのは最後だったけど何も見てないよ」
「その後は休み時間が終わるまでずっとハヤテと校庭で遊んでたもん」
「あれ、リンちゃんは二組じゃなかったっけ?」
確か学校公開のとき、カンナちゃんが三組でクラスが違ってた気が……。
「リンは短縄の練習もやろうと思って教室へ取りに行こうとしてたから、ついでに三組の長縄を取りに行ったんだ」
「今ね、休み時間に四年生で長縄の練習をしてるの」
カンナちゃんがリンちゃんをフォローする。
「二組の長縄を使ってたんだけど人数が増えたから、三組のも持ってきて二つに分かれて練習しようってことになって」
「へぇー。わたしのときもやったなぁ長縄」
懐かしい。中二の運動会でもクラス対抗でやったっけ。
「どのクラスも長縄は黒板の横に掛けてあるから、それを取ってすぐ校庭に戻ったんだ」
「そのときには教室に誰がいたの?」
「ヒカルとタケシがいた」
「うーん……これだけじゃ、誰がやったのか分からないよね。でしょ?」
さっきから黙って聞いているおじさんへ振ると――。
「あのぉ……たんなわ、って何?」
はぁ!? そこを聞くの?
「ながなわ? なげなわ?」
おじさんにも知らないことがあるのかと安心もするけれど……。
呆れているとリンちゃんが冷たく言い放つ。
「縄跳びのことだよ。みんなで飛ぶ長縄と、一人で飛ぶ短縄。おじぃ、そんなことも知らないの?」
さすがに「おじぃ」といわれても反発しないで、「なるほどぉ」と何度もうなずいていた。
それにしても、カンナちゃんたちの話だけでチョコの箱をつぶしちゃった犯人が分かるのかな。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
四次元残響の檻(おり)
葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。
影蝕の虚塔 - かげむしばみのきょとう -
葉羽
ミステリー
孤島に建つ天文台廃墟「虚塔」で相次ぐ怪死事件。被害者たちは皆一様に、存在しない「何か」に怯え、精神を蝕まれて死に至ったという。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に島を訪れ、事件の謎に挑む。だが、彼らを待ち受けていたのは、常識を覆す恐るべき真実だった。歪んだ視界、錯綜する時間、そして影のように忍び寄る「異形」の恐怖。葉羽は、科学と論理を武器に、目に見えない迷宮からの脱出を試みる。果たして彼は、虚塔に潜む戦慄の謎を解き明かし、彩由美を守り抜くことができるのか? 真実の扉が開かれた時、予測不能のホラーが読者を襲う。
ノンフィクション・アンチ
肥料
ミステリー
超絶大ヒットした小説、勿忘リン作「苦しみのレイラ」を読んだ25歳の会社員は、今は亡き妹の学校生活と一致することに気がつく。調べていくと、その小説の作者である勿忘リンは、妹の同級生なことが判明した。妹の死因、作者の正体、小説の登場人物を紐解いていくと、最悪な事実に気づいていく。新人、というより、小説家を夢見ている学生「肥料」の新作。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
はばたいたのは
HyperBrainProject
ミステリー
連続殺人事件発生――
担当は川村正義35歳、階級は警部補。必死の捜査にも関わらず中々犯人の足取りを掴む事が出来ず行き詰まっていた矢先、部下であり相棒が被害者に……。
それにより本腰を上げた上層部が取った行動は、警視庁からの人員の派遣だった――
今、この難事件を解決するが為に派遣された九条正美を新たに相棒に迎え、正義は事件解決に挑む。
「鏡像のイデア」 難解な推理小説
葉羽
ミステリー
豪邸に一人暮らしする天才高校生、神藤葉羽(しんどう はね)。幼馴染の望月彩由美との平穏な日常は、一枚の奇妙な鏡によって破られる。鏡に映る自分は、確かに自分自身なのに、どこか異質な存在感を放っていた。やがて葉羽は、鏡像と現実が融合する禁断の現象、「鏡像融合」に巻き込まれていく。時を同じくして街では異形の存在が目撃され、空間に歪みが生じ始める。鏡像、異次元、そして幼馴染の少女。複雑に絡み合う謎を解き明かそうとする葉羽の前に、想像を絶する恐怖が待ち受けていた。
自殺のち他殺
大北 猫草
ミステリー
【首吊り自殺した女性が刺殺体で見つかった!?】
モデルをしている花山香が、失踪から一ヶ月後に刺殺体で見つかった。
容疑者として逮捕された田中満は、花山香と交際していたと供述する。
また、彼女は首を吊って自殺をしていたとも主張しており、殺害に関しては否認していた。
不可解な状況はいったいどうして生まれたのか?
会社の後輩で田中に恋心を寄せる三船京子、取調べを行う刑事の草野周作を巻き込みながら事件は意外な結末を迎える。
Mello Yello ~Do not draw the Sea~
雪村穂高
ミステリー
「海は描いちゃダメ」
郷土の風景を描く夏休みの美術の宿題に付け足された、
美術教師・斎藤による意味深長な注文。
中学1年生のシャロと彩は、その言葉に隠された謎を探る。
暇つぶしのようにして始められた二人の推理。
しかし推理は徐々にきな臭い方向へと向かって行き――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる